第70話 モブキャラ、新たに遭遇する
「んん……?」
呪いのアクが少しずつ減ってきた。
お湯を取り替える頻度も減って、少し楽になった。
「効果が出てきたのかしら?」
「みたいだな。もう少し頑張ろう」
レアと協力してお湯の入れ替えを続ける。
相変わらずリーンは、のんびりとお風呂を楽しんでいる。
溜めては出して、また溜めては出して。
徐々に減っていく呪いのアクを眺めながら作業を続けていると、
「出……ない……?」
とうとう呪いのアクが出なくなった。
十秒……二十秒……いくら待ってもお湯は透明なまま。
「リーン、手と足をバタバタ動かしてみてくれ」
「ばたばたー」
赤く染まった手足で水しぶきを上げるリーン。
しかし、お湯は黒く濁ることなく澄んだまま。
「これで呪いが消えたの? 手足は赤いままよ」
「正確に言えば、呪いの効果をゼロにしたんだ。発動しても“ゼロ”なら意味がないだろ?」
「あぁ、なるほど。そういう原理でしたか」
付与魔法には常にパーセンテージが存在する。
炎症二十パーセント、毒五十パーセント……状態異常の強さによって数値が変わる。
今回の対処法は、そのパーセンテージをゼロにしたのだ。
これは、原作で登場した“触れるだけで麻痺状態になる石像”を解除するサブクエストから発想を得た方法だった。
当時は「そんな強引な解決ありかよ」と思っていたが、まさか自分が実践することになるとは。
「本当に消えたかどうかは、アタシが確かめるよ」
「うわっ、ようやく目が覚めましたのね」
「うわって何さ。ただ気持ちよくなってただけだよ」
サーシャがポケットから小さな棒状の道具を取り出す。
「リーン、この棒に触れてごらん」
「ん」
伸縮する棒の先端には、小さな宝石が埋め込まれている。
どうやらこれもサーシャの手製らしい。
「それは?」
「魔力量を測る装置さ。武器や汚染区域の魔力量を調べられるんだよ」
「へぇー、そんな便利なものが」
原作ではステータス画面で一瞬で確認できたが、そんなシステムは存在しない。
だから今の世界だとかなりありがたい。
「どうやって判断する?」
「宝石の色でね。濃い色が出るほど、強い魔力反応を示すんだ」
言われるままに、リーンが棒の先端を握る。
そのまま少し、時間が経つが――
「……何も変わらない?」
「すごいねぇ。本当にゼロになった」
宝石は何の反応も示さない。
これでリーンの呪いは完全に解けたと見ていいだろう。
「一応こっちも……うわぁ」
「真っ赤に光ったわね」
試しに地面に捨てた呪いのアクへ棒を刺すと、宝石が一瞬で赤く染まった。
まるでリトマス試験紙のようだ。
「嘘……」
「嘘じゃないぞ」
「わっ」
信じがたい現実を確かめるように、俺はリーンの手をギュッと握る。
もちろん手袋はしていない。
「俺は魔力を込めていない。でも、手はこの通りピカピカだ」
「いやらしい手つきですわね」
「失礼な。テクニシャンと言え」
この手でレアを含めたいろんな美少女を――
……すっげえ睨まれた。ごめんなさい。
「柔ら……かい?」
「お、感触も戻ったか」
「もう戻らないと思ってたのに……」
何度も何度も確かめるように、俺の手を握るリーン。
ようやく現実を受け入れた彼女の頬に、自然な笑みが浮かんだ。
「すごい……すごい……!!」
そのまま岩や地面、服までぺたぺた触り始める。
まるで初めて遊園地に来た子供のようだ。
未知の感覚に、彼女の好奇心が刺激されている。
「これで一件落着、かしら?」
「あぁ、やっと終わったな」
本当に疲れたけど報われた。
「ちなみに、元に戻ったりしないのかしら?」
「大丈夫だ。呪いをゼロにしただけで、魔法の使用には影響ない。副作用もないはずだ」
「妙に自信満々ですわね……」
原作でも異常は起きなかった。
俺の特性液も永続的な効果を持つはずだ。
「“漆黒の矢”」
「うわっ!? ちょ、ちょっと!?」
「大丈夫。何も問題ない」
「魔法を使うときは先に言いなさい! びっくりするわよ!」
「ごめん」
レアが激怒する中、黒い矢は空気を切って消えた。
魔法も問題なく使えるようだ。
これなら風紀委員としての実力も十分発揮できる。
「……ん?」
スライムたちが、地面の呪いのアクを吸収している。
特にレッドの食いつきがすごい。
……大丈夫か、それ。
最近、簡単なコミュニケーションが取れるようになったので尋ねてみる。
「平気」「おいしい」と言わんばかりにぷるぷると震えた。
まぁ、本人たち(?)がいいならいいか。
◇◇◇
「ふふっ……♪」
学園に戻ると、リーンは長手袋をつけたまま、その感触を楽しんでいた。
「手袋のラバーの感触が気持ちいい」らしい。
……変な性癖に目覚めてないよな?
「生徒会や風紀委員会!! ヤツら権力者を自由にしていいのか!?」
「ん?」
楽しげな空気を切り裂くように、男の怒号が廊下に響く。
「何故ヤツらがのびのび生きていける!? 何故力を行使できる!? それはヤツらが偉いからじゃない!! ここにいる虐げられた生徒たちが必死に支えているからじゃないのか!!」
声の方を見ると、簡易な壇上で大勢の生徒を前に演説する青年の姿があった。
その表情は自信に満ちており、言葉には力がある。
だが、うさんくささも漂っている。
……誰だこいつ?
「我々、聖教委員会は支える人々と繋がり、十分な幸せを与えたい!! 将来も、地位も、今日の晩御飯だって気にせずに生きられる世界を!!」
「そうだそうだー!!」
「ヤツらばっかり自由にさせるなー!!」
賛同の声が次々と上がる。
まるで選挙演説のような光景だ。
これだけの群衆を集めるとは、相当なカリスマの持ち主らしい。
「あれは?」
「聖教委員会の代表、バルカン・ミレイユ」
「……ははーん」
こいつがバルカンか。
原作ではナターシアが率いていた聖教委員会の現代表……
どうやら、また一波乱ありそうだ。
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