第69話 モブキャラ、お風呂を作る
「必要な素材は全部集まった……合成も完了した……ふふふ……」
朦朧とする意識の中、ぼやけた視界に映るのは山のように積まれた瓶。
ここに至るまで、何時間……いや、何日かかっただろう。
知識のあるサーシャも手伝ってくれたが、後半はほぼ無心で合成し続けていた。
魔力の充填も必要だから、俺がサボるわけにはいかない。
疲れた。単純作業はもうしばらくやりたくない。
けど、これがリーンを救う光になると思えば、やりがいも感じる。
「……どんだけあるのよ」
「リーンの呪いは強力だからな。だから物量でゴリ押すことにした」
「相変わらずですわね」
スライム液+聖なるハーブ+リザードマンのコアを組み合わせた特製デバフ液。
とはいえ、一つで打ち消せるほど、彼女の呪いは甘くない。
だから数が必要だった。
その結果が、空き倉庫に詰め込まれた瓶の山というわけだ。これだけあれば足りるだろう。
「これ、どうする?」
「そうだなぁ……ぶっかければ何でもいいが……」
一番手っ取り早くリーンの肌に触れさせる方法。
できれば効率よく、シンプルな方がいい。
常に全身に触れさせて、リーンもリラックスした気持ちで施術できるような環境は……
「……お風呂にしよう」
「え?」
リーンが目を丸くする。
ふふふ、ちょっとしたご褒美にぴったりだな。
◇◇◇
「よーし、この辺でいいぞー」
場所は変わって、スライム達が暮らす隠し部屋の中。
俺はスライム達に指示を出して、浴槽をゆっくりと地面に下ろさせた。
「ここでいいのかしら?」
「何があるかわからんからな。お湯を捨てられる場所といえば、ここしかなかった」
「確かにここはうってつけだねぇ……」
感心したように頷くサーシャ。
絶対安全とは言いきれないが、ここなら多少のことが起きても対処できるだろう。
(しかしシュールだ……)
開けた部屋にポツンと置かれた浴槽。
露天風呂にしては、少し開放的すぎるな。
「まずは液を入れて……」
瓶に詰めた液体を遠慮なく浴槽へドバドバと注ぎ込んでいく。
少しドロッとしているが、肌触りは悪くない。
匂いもハーブのように爽やかで、まるで入浴剤を入れた時みたいだ。
一通り注ぎ終わったあと、俺は手を突っ込んだまま魔力を注ぎ込む。
「何してるの?」
「お風呂なら暖かくないとな」
「なるほど……」
便利だよなー。
液体の温度も変えられるなら炎魔法とかいらないじゃん。
適度に温度を高めつつ、混ぜながら温度を調整する。
湯気も出てきた。この辺でいいだろう。
「で、着替える場所は……」
「ここでいい」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!?」
リーンは迷わず上着に手をかけ脱ごうとするが、レアの手がそれを止めた。
「何故止める?」
「ゼクスが見てますわよ!? というかお風呂にするなら、脱衣場くらい用意しなさい!」
「思いつきでやってるんだから、仕方ないだろ」
行き当たりばったりで計画したんだ。
着替える場所とか、細かい配慮までは思いつかなかった。
一応、建物らしい場所もあるが……
あそこはスライム達がゴミを溜めていて不衛生だ。
ちなみに匂いはしない。スライム液には防臭効果でもあるのか?
「大丈夫。ウチは下着くらい見られても……」
と、再び服を脱ごうとするリーンだったが、何故かピタリと止まる。
「……ごめん。裸は恥ずかしい」
「ほら見なさい」
顔を赤らめながらゆっくり服を着直す。
下着はよくて裸はダメなのか。不思議な羞恥心だ。
「アタシが水着持ってきたから、これを着な」
「助かる」
気の利いたサーシャの助けで一応解決。
これで安心して着替えられる……と思いきや、レアの鋭い視線が突き刺さる。
「で? ゼクスはいつまで見てますの?」
「水着になるまで」
「後ろ向きなさい、ほら」
顔をがしっと掴まれ、リーンの方を向けないように無理やり反対を向かされる。
美少女の着替えなんて貴重なのに。
リーンのそういう姿は見たことがないから残念だ。
「その間はアタシとイチャイチャしよ♡」
「んむっ……非常に助かる」
忘れていた俺の元へ、喜々としてサーシャがやってくる。
ぴょんっとペットのように俺の胸元へ飛びつき、同時に唇まで奪う。
ラブラブのスペシャリストだ。
「ねぇ、ストレスたまってるよね? 思う存分アタシにぶつけてよっ♡」
「……いいぜ」
そして、俺達しかいないからドMモードも発揮と。
段々、抑えが効かなくなったのか、こうしておねだりする機会も増えた。
サーシャのお望みだ。遠慮なくやらせてもらう!!
「ぐおっ♡ あぁ……気持ちいい……」
腹を思いっきり殴ると、艶やかな声を周囲に響かせる。
この苦痛を快楽に変換してしまうサーシャは、本当に凄い。
「……わぉ」
「この光景を微笑ましく感じるわたくしも、変ですわね」
そんな俺達に冷ややかな視線を送る二人。
混沌とした状況が五分ほど続いた後、レアから「もういいわよ」と着替え終わりの合図が届いた。
「……はぁ、はぁ♡」
ちなみにサーシャは満足げな顔で倒れている。
しばらく休ませよう。
「おぉ……素晴らしい」
俺の目の前に現れたのは、リーンの黒いビキニ姿。
幼い体形に際どい水着がフィットしていて、妙にエロい。
これはこれでご褒美だな……単純作業を頑張った甲斐があったかも。
「入ればいいの?」
「あぁ」
ジロジロ見られることを気にせず、リーンは風呂の中へと入っていく。
やっぱ裸が恥ずかしいだけか? リーンの感性はよくわからん。
「……あ」
「どうした?」
「気持ちいい」
「普通に楽しんでるじゃない」
治療ということを忘れて、すっかりリラックスモードに入ったリーン。
湯加減を調整しておいて正解だった。
お湯の温度は少し低めにしてある。
で、問題はその効果。
リラックス以上に、呪いに対するデバフはちゃんと働いているのだろうか。
「ん?」
数十秒が経過した頃。
お湯の表面に黒いもやが浮かびはじめた。
まるでアクのようにぷかぷかと漂っている。
「リーンの呪いかしら?」
「とりあえず取り除くか」
浮き上がった呪いのアクを桶ですくう。
持ってきてよかった。
不気味な液体をその辺に捨てたあと、減った分の水量を瓶から再び足しはじめる。
「いっぱい出てきた」
「ちょ、ちょっと? これ大丈夫なの?」
「できるだけやってみよう」
すくっては捨ててを繰り返す。
呪いのアクは止まることを知らず、浴槽の中を汚染していく。
なに、デバフ液はまだまだ残っている。
全部使い切る勢いでやってやる。
再び始まった単純作業。
俺は根気との戦いに挑むのだった。
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