第66話 モブキャラ、見守る
「今日のスペシャルマッチはどっちに賭ける?」
「十人が相手だろ? 勝てるわけねぇって」
「だよなぁ」
ガラの悪い男たちがぞろぞろと入場する。
人数差がありすぎるため、観客たちはリーンが不利だと見ていた。
正体を隠しているせいで、彼女の実力に気づいていないのだろう。
選ばれた十人もそこそこ強いが、苦戦は間違いない。
「どうなるかな」
「リーンの圧勝に終わると思いますよ。賭けてみます?」
ミホークの手元に金貨と賭けチケット、ペンを差し出す。
それを見てふっと笑ったミホークは、チケットに記されたリーンの名前に〇をつけた。
「チケットを回収しまーす」
チケット回収係のお姉さんが場内を回り、ミホークの分も含めてすべて回収し終える。
そして、いよいよ試合の幕が上がった。
「それではぁああああ!! 試合スタートぉおおおお!!」
威勢のいい声と共に、試合開始のゴングが鳴り響く。
その瞬間、
「は……?」
リーンの姿がフィールドから消えた。
「どこ行きやがった!?」
「逃げたのか!? 腰抜け女め!!」
十人の男たちが焦って辺りを探す。
微かに気配はあるが……ヤツらは気づいていないのか?
リーンの影魔法による隠密は非常に精度が高い。
隠れるだけなら、あのジャババを上回るほどだ。
高精度かつ迅速な隠密により、戦場は一瞬で静寂に包まれる。
グサッ!!
「ガッ……!!」
一人の胸元に弓矢が突き刺さった。
「ア、アアアアアアア……!」
「うわぁ!?」
「なんだ!? いきなり矢が飛んできたぞ!?」
矢から黒いもやが噴き出し、男の身体を徐々に蝕んでいく。
突然の出来事に残りの九人は動揺し、必死にリーンの姿を探し続ける。
しかし、見つからない。
確かに“そこにいる”はずなのに。
「ガァアアアアッ!!」
「うわああああああっ!!」
「いっ……ぁああああああ……!!」
それでも攻撃は止まらない。
一人、また一人と急所を正確に射抜かれ、次々と戦闘不能になっていく。
「ヤバくね……」
「何が起きてるのかさっぱりわからん……」
「化け物かよ……」
あまりにも一方的な試合。
観客は歓声すら上げず黙って見守るしかなかった。
(強すぎたか……)
もう少し撃ち合いなどの駆け引きを期待していたのだが、リーンが想像以上だった。
人数差でバランスを取ったつもりが、隠密の精度が高すぎて話にならない。
……隠密は禁止だな。
これでは的当てを見せられているようなものだ。
「左奥に微かな気配。これに気づかないなんて」
「所詮はCクラスってことですよ」
「上手く隠してるけど、彼女の実力は生徒会長も認めてるからね」
へぇ、会長のお墨付きか。
そういえば、彼女は会長の命令で風紀委員になったんだったな。
その経緯をもう少し詳しく聞いてみたい。
「リーンはなぜ風紀委員に?」
「彼女が持つ“呪い”の存在。それを制御するためさ」
ミホークは懐からコインを取り出し、宙にはじく。
手のひらで握りしめもう一度開くと、そこには死神のマークが刻まれた裏面があった。
「リーンちゃんは触れただけで人を殺せる。才能は確かにあるけど、そんな人間が自由に歩き回れば学園内で大量殺人が起きてしまう」
「だから、力を使う場面を限定するために風紀委員にしたわけか……」
風紀委員。それは本当に危険なときしか動かない組織。
実力者も多く、リーンのような存在を管理するには最適だったのだろう。
実際、彼女はSランクでもある。
適材適所、というわけだ。
「俺は触りましたよ。ひんやりしてて気持ちよかったです」
「彼女の手に? なぜ生きている?」
ミホークの目が今日一番に見開かれた。
「俺も少し特殊でね。そろそろリーンの呪いも治そうと思っています」
「会長ですら匙を投げた案件だ。それほどの自信の根拠は?」
俺はミホークの方へ向き直り、静かに笑う。
「俺は生徒会長じゃない、ゼクス・バーザムだ」
誰よりも原作をやり込んだ俺がいる。
理由なんて、それで十分だ。
「はははははっ!! ゼクスくんは面白いねぇ……!!」
腹を抱えて笑うミホーク。そんなにツボだったのか?
別に面白いことを言ったつもりはないのだが……
「勝者!! 謎の少女X!!」
実況の声に顔を向けると、試合はすでに終わっていた。
結果は……全員死亡。
矢が的確に心臓を貫いている。
「ふふ……いいね……」
リーンは倒れた男たちの死体をツンツンと突き、服を脱がせて肉体を撫で始めた。
その異様な光景に、会場の空気が一層冷え込む。
……本当に死体好きだったのか。
観客がドン引きしている。
今後は裏でやってもらおう。
「今年の一年生は実に見応えがある。特に君がね」
「ありがとうございます」
ミホークの視線はイベントそのものより、俺に向けられていた。
想定外のところで評価されてしまったらしい。
「期待してるよ。公女好きの怪物くん」
満足したように俺へ背を向け、手を振りながら会場を去っていった。
「……やっぱ有名なのか」
“公女好き”って、もうそんなに広まっていたのか。
悪いあだ名ではないけど、もう少し強さや恐ろしさを感じる呼び名が欲しい。
例えば、“氷結姫”みたいな。
今度、レアに考えてもらおう。
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m(_ _)m




