第62話 モブキャラ、呪いに触れる
「なんだいそれ……まるで汚染されてるみたい」
「これがウチの身体。触れたものを全部傷つける」
腕の周囲を包む不自然な魔力の流れ。
本能が「触れるな」と警告を鳴らす。
ゲームよりも遥かにリアルなこの世界では、その恐ろしさが生々しく伝わってきた。
「うわっ! 気色悪っ!!」
「やってられねぇよ!!」
「飯時にそんなもん見せんな!!」
周囲の生徒たちが文句を言いながら立ち去る。
リーンも気まずそうに長手袋をはめ直した。
俺は何とも思わないが、この異様さに嫌悪感を覚えるのは無理もない。
「……別の場所、行かない?」
「構わんぞ」
続きを話したいらしい。俺も興味がある。
ただ、場所をどうするか。できれば人目のないところがいい。
「サーシャの研究所、使えるか?」
「いつでもいいよ♡ ダーリンのためだもん♡」
「助かる」
サーシャの頭を軽く撫でると、お返しにキスが返ってきた。
更に腰に腕を回して抱きついてくるが……
こっちの方がTPOをわきまえていない気がする。
「ラブラブだね」
「あー、ラブラブ……ねぇ……」
これでもサーシャはまだ抑えているほうだ。
寮に戻れば「椅子になりたい」とか「叩かれたい」とか言い出す。
そんなアングラなところも嫌いじゃないけどな。
◇◇◇
「で? それは一体なんなんだい?」
サーシャの研究所へ移動。
リーンは両腕と脚をさらけ出し、真紅に染まった肌を見せた。
「魔力暴走による呪い。正確にはウチの魔法が常時発動してる状態」
「常時発動? どんな魔法なのかしら」
「見てて」
リーンは胸ポケットから小さなネズミを取り出した。
いつの間に入れてたんだ、と内心ツッコミを入れながら見ていると、
「ね、ネズミがボロボロになっていくぅ!?」
「これが呪いの力か……」
「なるほど……」
掴まれたネズミの身体がみるみるやせ細り、五秒も経たず灰のように崩れ落ちた。
あまりの異様さに三人が同時に息を呑む。
「もしかして、小さい頃に魔法を間違った使い方したの?」
「いえす。平民のウチには教えてくれる人、いなかった」
「平民出身……そりゃ環境が悪いね」
リーンの言葉に、レアとサーシャが納得したように頷く。
「どういうことです?」
「魔法は使いすぎると暴走するんだ。耐性がないまま無理をすれば、こうなる」
「あぁ!! そういえばおばあ様が言ってましたね!」
魔力暴走。それは過剰な魔法行使によって起こる副作用。
体調不良で済めばマシ。最悪、魔法の制御不能に至ることもある。
だが正しい指導と訓練があれば防げる……
「ウチの手足は呪われた。誰も触れられない。聖職者でも……治せなかった」
リーンの生まれはスラム。平民の中でも最底辺。
教える者もいない環境で独学で魔法を使えば、暴走して当然だ。
「ですけど……これはこれでアリですよねぇ」
「へ?」
メディが感心したように頷き、リーンはぽかんと口を開けるのだった。
「この異質さが、逆に美しい。メディもわかってるな」
「えへへっ!! ご主人様とお揃いですね!!」
「えぇ……変わってる……」
「残念だったわね。あの二人は可愛い子が大好きなのよ」
まるで海外のクリーチャーデザインみたいだ。
不気味さと色っぽさが同居した雰囲気に、俺の心は強く惹きつけられていた。
こういうの、好きな人には結構刺さると思う。
ホラゲーとかに出てくる、女性型クリーチャーみたい。
「……どれどれ」
「へっ?」
気づけば、俺は何も考えずにリーンの手を握っていた。
「ダーリン!? 何してるの!?」
「ちょっと、試してみたくてな」
触れただけで生物を灰に変える。
だが俺なら……
「おぉ……やべぇな」
右腕から生気が抜けていく。
皮膚がみるみる痩せ細り、額からは汗が伝う。呼吸も乱れてきた。
思った以上にヤバい。
「離して。それ以上は死ぬ」
「いやぁ? 俺は死なないぜ?」
強がりながら全身へ魔力を一気に巡らせる。
「……肉体が元に? どうして?」
「魔力を流し続けてるからな。衰弱以上の回復力でゴリ押してみた」
「ほんと力技が好きねぇ。汎用性高すぎでしょ」
魔力充填の回復能力。
それがリーンの呪いを上回った。
これなら少しの間だけ、彼女に触れることができる。
「どうだ? にぎにぎの感触は」
パッと手を離すと、リーンは自分の手をじっと見つめた。
「……ごめん。手の感覚は、ない」
「「「えぇ……」」」
まぁ、そうだろう。
魔力暴走で汚染された身体なら、感覚がなくなっていても不思議じゃない。
「でも、あったかい気持ちにはなれた」
リーンが小さく微笑む。
その笑みに、俺の胸もふっと温かくなった。
「で? 呪いってどうにかできるのよね?」
「えーと、神秘の聖水が必要で……」
「神秘の聖水!? もう少し現実的な話をしなさいよ!!」
もっともな言い分。
リーンに“いつか”と伝えたのも、必要素材の入手難易度が高すぎるせいだ。
「あの、そんなに珍しいものなんですか?」
「ここグランヴァルで豪邸が建ちますわ」
「えぇ!? 超レアじゃないですか!!」
原作でも、高難度エンドコンテンツを攻略してようやく手に入るアイテム。
しかもランダムドロップ。
方法は知っていても、今はフラグすら立っていない。
「……しょぼん」
「ダーリン、もう少し現実的な手はないのかい?」
「ある……はずなんだがなぁ……」
この世界では、どんな呪いにも必ず解除法がある。
けど、リーンの手足を治すイベントなんて存在しなかった。
それでも、直感が告げている。
“治せる気がする”と。
「この呪いって、付与魔法みたいなもの?」
「多分」
「だったら、付与魔法の効果を弱められればいいのにねぇ……」
付与魔法? 効果を減らす?
頭の中で過去のサブイベントの記憶が一気に繋がっていく。
そして……ひとつの答えが閃いた。
「サーシャ!! それだ!!」
「きゃっ!?」
これなら、治せるかもしれない。
思わずサーシャに抱きつくと、彼女は顔を真っ赤にして慌てふためく。
当のリーンは、きょとんと首をかしげていた。
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