第60話 モブキャラ、新しい悪役ヒロインに出会う
「……ふわぁ」
差し込む朝日と共に目を覚ます。
同時に、手のひらに柔らかい感触が伝わってきた。
無意識のまま揉み続けていると、長い赤髪に隠れた顔がこちらを覗き込んでくる。
「ダーリン、おはよ♡」
「ん? あぁ、サーシャか……」
一糸まとわぬ姿。
彼女は布団をめくり、自慢のスタイルを惜しげもなく晒す。
相変わらず綺麗だな……前世の世界ならモデルでもやっていそうだ。
軽くキスを交わした後、俺は上体を起こした。
「アタシ、まだちょっと眠いなぁ……」
「あぁ、わかった」
サーシャはお尻を突き出して、くねくねと身体を動かす。
一見意味のない仕草だが俺にはその意図がわかる。
手を振り上げて、
「っ!! あぁ、いい……♡」
パチン、と乾いた音が響く。
サーシャの白い尻には真っ赤な手形が刻まれた。
時々こうして叩かれたいらしい。
しかも魔力充填で傷跡を消さないでと頼んでくる始末。
最初こそ少し戸惑ったが、段々俺もノリノリになってきている。
「わたくし達を相手にしたのに、随分と元気そうですわね」
「魔力充填があるからな。精力もすぐ回復する」
「……こっちの身体が持ちませんわよ」
声の主はレア。
彼女もまた、何も身につけていない。
寮に戻った俺たちは、やることをやってそのまま眠り込んでいた。
二人を相手にするのはさすがに体力を削られる。
だが魔力充填さえあれば、何度でも立ち上がれる。
魔力の続く限り無限に。
そんな俺を見て、レアは小さくため息をつきながら自室へ戻っていった。
◇◇◇
(一応、主人公の様子でも見ておくか)
アリーシャの件もあって原作キャラの動向が気になる。
全ヒロインを追う余裕はないが、せめて主人公だけは道を外れてほしくない。
……まぁ、ルートによってはデストレーダーと手を組む展開もあるんだけど。
「お、いたいた」
Sクラスの一つ下、Aクラスの教室。
人だかりの中に、目的の青年……ライトがいた。
俺が軽く手を振ると、驚いたようにこちらへ歩いてくる。
「久しぶりだな、ライト。入学試験以来か?」
「え? 君は……あの時の……?」
お、覚えてたか。
あの時話しかけておいて正解だったな。
「学園生活、慣れてきたか?」
「う、うん……周りの圧がすごいけど、なんとか……」
「そうか」
ライトの顔からは疲労が浮かんでいる。
瞳もぼんやりしていて、まともに寝ていないのが見て取れる。
……やっぱり苦労してるな。
Aクラスは蹴落とし合いが日常だ。
勉強も実技も、奇襲や闇討ちも当たり前。
Bクラスから喧嘩を売られることすらある。
「まぁ、気にすんな。ライトはライトの道を行け」
「俺の……道?」
心が折れかけてるな。
才能の塊なのに、もったいない。
「結局どうなろうと、自分で選んだ道が将来に繋がる。だから、迷っても自分のやることを信じて突き進め」
「……なるほど」
他人は他人。自分は自分。
芯さえ折れなきゃ、何度でも立ち上がれる。
(主人公には頑張ってもらわないとな……)
ライトは本当に優秀だ。
伸びしろも戦術理解も抜群。
自信がなさげな雰囲気の中に、何でも受け入れるおおらかさも持ち合わせている。
そこに惹かれるヒロインも多いわけだ。
「ライトー!! 早く行くよー!!」
「待ってよユイ!! それじゃ!!」
元気な声に呼ばれて、ライトは教室の奥へ飲み込まれていく。
(あれは……)
ユイ・ナビーユ。
主人公の幼馴染で、原作ヒロインの一人。
まさかAクラスにいるとは思わなかったな。
「あの人ってSクラスのゼクスだよね? 変なこと言われなかった?」
「ううん? “俺の道を行け”ってアドバイスしてくれた」
「えー!? それ期待されてるんだよー!!」
「そうなのかなぁ?」
少し安心した。
全員闇落ちルートに行くのかと思ってたが、ユイは変わらず彼を気にかけている。
あの子がいるなら、しばらくは大丈夫だろう。
(……俺も戻るか)
微笑ましい二人を見送り、俺はSクラスの教室へ向かった。
とりあえず最低限のアドバイスはできたし、また時間を見て様子を見に来よう。
——ただ、その言葉がライトを“妙な方向”に導くのは先の話。
「ん?」
人の少ない広場に出たとき、俺はふと立ち止まった。
(今の気配……)
背後に“誰か”の存在を感じる。
振り返っても、そこには誰もいない。
風で木々が揺れただけ……そう思いたいが、胸の奥がザワザワする。
何気ない日常に何かが紛れている。
まるで、俺を監視しているような……
ビュンッ!
「っ!?」
足元に突き刺さる矢。
やはり敵か!
俺はすぐさま飛び退き、近くの木陰へ身を潜めて周囲を観察する。
敵影は見えない。矢以外に異変もない。
デストレーダーの仕業か? あいつら、厄介な魔法をいくつも持ってるしな。
まぁ、恨まれても仕方ないことをしてる自覚はある。
「ん?」
矢の周囲に黒い”もや”が。
粒子状の黒煙が矢を包み、地面をじわじわと黒く染めていく。
ははーん。
こいつの正体がわかったぞ。
「リーンだろ! 姿を見せてくれ!!」
まさか三人目の悪役ヒロインと出会えるとはな。
少し早い気もするが……まぁいい。
「……霊装・三連撃」
「っとぉ!」
小さく呟かれた瞬間、虚空から黒い矢が三本、一直線に飛んできた。
正体がバレてもなお、隠れる気はないらしい。
らしいといえばらしい。
俺は襲いかかる矢をギリギリまで引きつけ、前へと飛び出して回避する。
「まだ来るか……間違いないな」
直線に飛んだ矢が、空中で軌道を変えて再び俺を狙う。
魔力による誘導操作。
逃がさないという執念を感じる。
いいね。こういう厄介なタイプ、大好物だ。
「ふんっ!」
ブゥンッ!
俺は空中で光装剣を展開し、飛来する三本の矢を斬り払う。
さて、問題は彼女の位置だ。
矢の軌道から見て、俺の死角にいるのは間違いない。
背後は校舎の壁。正面も違う。
残るは左右のどちらか。
右は開けたベンチエリア、左は木々の生い茂る森側。
隠れるなら当然左だ。
もし俺がスナイパーなら、どこに潜む?
視界と遮蔽のバランスを考えれば——
「そこだっ!!」
「っ!?」
俺は狙いを定め、左の木々に向けてクラッシュビーンズを投げ放つ。
小さな弾が炸裂し、木々をまとめて吹き飛ばした。
爆風が俺のいる場所まで押し寄せるほどの威力だ。
「……よくわかったね」
空気が歪み、揺らめいた光の中に人影が現れる。
黒いフードの少女が、地面に膝をついたまま姿を露わにした。
太陽光に照らされた銀の髪が淡く輝く。
小柄な体にフリルをあしらった衣装。
無表情だが、くりっとした瞳はまるで人形のように愛らしい。
リーン。
この学園でも数少ない平民出身。
そして風紀委員にして、悪役ヒロイン。
「狙われても逃げやすい場所は多い方がいい。だから真ん中にある三本の木……そのどれかに隠れてると思った」
「……でも、正確な位置まではわからない」
「簡単な話だ。全部爆破すればいい」
指に挟んだクラッシュビーンズを軽く弾いてみせる。
わずかに開いた口。驚いてるな。
「戦いこそがコミュニケーション。この奇襲も、リーンにとっては“挨拶”みたいなもんだろ?」
「そこまで知ってるの……何者?」
「生まれ変わった伯爵貴族だ」
「え?」
お馴染みの反応。逆に安心する。
「風紀委員として、ゼクス・バーザムを見極めに来た」
「どうだ? 中々厄介だろ?」
「……面白い人」
彼女も何かを抱えている。
その厄介さが、後にデストレーダーと手を組む要因になるわけだが……
ま、今はいい。
「そうだな。時間ができたら、お前の“呪い”も何とかしてやる」
「……どこまで知ってる?」
リーンの瞳がわずかに揺れた。
やっぱり面白い。
この世界はまだまだ退屈しそうにない。
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m(_ _)m




