第53話 モブキャラ、変化を知る
「「すっごく美味しい~!! さすがゼクス様のメイドさん!!」」
「遠慮せずどんどん食べてくださいねー!! 私が何でも作りますから!!」
「「はーい!!」」
テーブルいっぱいに並べられた料理を、伯爵娘たちがモグモグと頬張る。
相変わらず仲がいい。
どこか庶民的な感性が、メディと相性抜群だ。
「しかし豪華な部屋を……いくらかけましたの?」
「パーッと派手に、という予定だったが……突然空きが出てな。意外と安かった」
「空き? あぁ……あの方ですわね」
俺たちが来た時には、すでに部屋は派手な装飾で彩られていた。
おそらくアリーシャが勝つ前提で準備していたのだろう。
サーシャに圧勝し、大観衆に賞賛されながら、煌びやかなパーティで一日を終える。
そんな計画を。
だがその優雅なプランを、俺とサーシャが粉々に打ち砕いたわけだが。
「で? サーシャのお祝いに他の人間を招いてよかったの?」
「盛り上げ役はいた方がいいだろ。それに……本命はもうすぐ来る」
「ふぅん?」
レアは制服ではなく、黒を基調にした豪華なドレス姿。
シルクのスカートの隙間から、色気のある生足がちらちら覗く。
本能的に視線を奪われる俺に対し、レアはわざとらしく前に踏み出して挑発してきた。
性的なものに弱いとわかっていての行動か。
欲のままにレアへ手を伸ばしかけたその時、
「ど、どうだい……?」
コツン、とヒールの音。
振り返ると、そこには真っ赤なドレスに身を包んだサーシャが立っていた。
「最高だ。やはりサーシャは美しい」
「わたくしより背が高いから、より映えますわねー」
「うぅ……」
褒め言葉を浴びながら囲まれると、サーシャはわかりやすく頬を染めて顔を逸らす。
社交界には慣れているはずなのに、緊張しているということは……
親しい人間に見せるのが、かえって恥ずかしいのだろう。
「ゼ、ゼクス……」
「ん?」
「その……えっと……」
口を開きかけては閉じ、言葉を探すサーシャ。
「実はプレゼントがあるんだ」
「えっ」
その緊張をほぐそうと、俺は近くに置いていた箱を開け、中の品をサーシャへ手渡した。
「くまさん……」
「欲しかっただろ? 模擬戦を頑張ったご褒美だ」
ほろ酔いしたようにボーっとぬいぐるみを見つめ、サーシャは無言でギュッと抱きしめる。
乙女になった彼女の頭を、俺は優しく撫でた。
撫でるたびに小さく声を漏らすのが、とても可愛らしい。
……と、もう一つのプレゼントも渡しておかないとな。
「レアにはこれだ」
「あら、綺麗なネックレス。悪くないセンスね」
「ベタ褒めされると思ってたんだけどなぁ」
「アクセサリー選びは奥が深いのよ。今度たっぷり教えてあげる♪」
サーシャだけに渡すのは婚約者に失礼だと思った。
とはいえ、レアが手放しで絶賛する姿は未だ見たことがない。
何だかんだ喜んではくれるが、ハードルは高い。
「ゼクスは、アタシのこと好き?」
「好きとか通り越してる。愛してるぞ」
「っ……」
サーシャは本当に素直で可愛らしい。
比べるつもりはないが、やっぱり素直に喜んでくれるのは嬉しい。
胸がぽかぽかする。
「……アタシも、プレゼントある」
「ほぉ」
ついにサーシャから俺へのプレゼントか。
最初は俺を避けていたのに、ここまで進展するとは。
「モテモテねぇ。頑張った甲斐がありましたわね」
「だな。今までの努力が報われたってもんだ」
サーシャの懐から横長の箱が出てくる。
武器ではない。純粋にサーシャからの感謝がこもった贈り物だ。
(かなり進展したな……)
珍しく心臓が早鐘を打つ。
熱っぽい視線で俺を見ながら、ゆっくりと包装を解いていくサーシャ。
俺は盛大に喜ぶ準備をしていた。
「ど、どうぞ」
「「えっ」」
だが、俺は思わず固まった。
手渡されたのは……革製のゴツゴツした首輪。
「……どういう事かしら?」
「アタシの人生を変えてくれた……だから、アタシの全てを”ダーリン”に預けたいって……」
「ダ、ダーリン?」
レアが引きつった顔をする。
わかるぞ。情報量が多すぎて、俺ですら思考が止まっている。
首輪? ダーリン? 全てを預けたい?
……待て。少し時間をくれ。
「アタシ、こんなに愛された事なかったんだ。皆、お姉様ばかり見てた。アタシに興味を持ってくれる人なんて一人もいなかった……」
一方、サーシャは喜々として語り続ける。
犬に付けるような首輪を、宝石のように優しく撫でながら。
「だから……」
「うおっ!?」
未だ呆然と立ち尽くす俺を、サーシャが押し倒した。
「この人に全部変えられたい……ぐちゃぐちゃにされたい……♡」
「んっ……!?」
襲いかかるように、深い口づけを交わす。
「はふっ……んんっ……じゅぱっ……♡」
舌を絡ませ、
激しい水音を響かせ、
呼吸すら忘れるほど熱いキスが続く。
気づけば、サーシャの瞳から光が消え、狂気を帯びた表情に変わっていた。
「……ナイフ」
「ん? これか?」
吐息混じりに呟かれた単語。
思考はぼんやりしたまま、深く考えずに腰の鞘からナイフを引き抜いた……
その瞬間。
「は?」
まるで大好物を前にしたかのように、サーシャの手がナイフへ伸びる。
「んっ!! あ、あぁ……♡」
「サーシャ!? 何をしているのですの!?」
そして彼女は、ためらいもなくその刃を胸元へ突き立てた。
「ダーリンのナイフが、アタシの奥に……あはははっ♡」
ドス黒い血が溢れ出す。
呼吸は荒く、瞳は虚ろ……だが、その口元は笑っていた。
「……え、えーと?」
「ダメだよ……ダーリンからの痛み、もっと味わいたいのに……んんっ♡」
ナイフを引き抜こうとすれば、逆に押し込もうとする始末。
ヒロインの幸せを第一にしている俺でも、流石に受け入れきれなかった。
「……とりあえず治す」
「軽くでいいよ。アタシはダーリンの下僕だから♡」
「お酒も薬もやってない……これはどういう状況だ……」
一旦、整理しよう。
サーシャは俺が好き。
とにかく愛されたい。
ここまでは理解できる。
だが首輪はなんだ?
ダーリンって?
あの自傷行為は……
(……まぁ、ヤンデレってやつだな)
狂うほど愛してやまないがゆえ、感情が爆発している。
そう解釈すれば……大体納得できる。
とりあえずナイフを抜いて、傷口を塞ぐ。
「いいだろう……サーシャが望むなら、俺が叶えてやる」
「わぁっ……♪」
軽く咳払いしたあと、例の首輪を彼女の首に取り付けた。
「えへへ……ダーリンの物になっちゃった」
「あぁ。これでサーシャは一生一緒だ」
「ん~~~~♡ すっごく幸せ……♡」
首元を撫でたあと、勢いよく抱きついてくる。
愛されたいと願ったのは俺の方だ。
多少の驚きはあれど、これも形のひとつ。
そう思った矢先、
「アタシを捨てないでね。じゃないと……」
「ぐっ!?」
突然、サーシャが俺の首を絞め始めた。
「ダーリンのこと……ぐちゃぐちゃに潰すから」
さっきまでの幸せそうな声色から一転、低いトーンで威圧する。
殺意のこもった瞳でじっと見据えられ、数十秒が過ぎる。
「「「サーシャ様が怖い……!!」」」
奥で会食していた三人が震え上がっている。
まぁ、傍から見れば当然か……情緒不安定すぎる。
「クラウン家に、どう説明するのよ……」
「姉もメンタル壊れてるしな……やっべー……」
レアですら顔を覆い、頭を抱える。
原作ファンでも予想できなかっただろう。
悪役ヒロインのサーシャが、こんな形で恐怖を振りまくなんてな。
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