第51話 モブキャラ、勝者を労わる
「しょ、勝者……サーシャ・クラウン!!」
予想外の結末。
審判が慌てて勝者の名を叫ぶと、フィールド内はさらに盛り上がった。
力強い戦士の姿に、惜しみない拍手と歓声が降り注ぐ。
だが、サーシャはもう限界だった。
「ゲボッ……ウェッ……!!」
「お疲れ様だ」
「ゼ……クス……」
再び血を吐き、地面にうつ伏せに倒れ込む。
俺は急いで駆け寄り、虚ろな目を浮かべるサーシャの手を優しく握った。
同時に淡い光が彼女の身体を包み込む。
「いい根性してるじゃない。前よりずっと輝いてますわ」
「はは……必死だったからね……」
光に癒されながら、レアからのエールにぎこちない笑みを返すサーシャ。
(予想以上だ……)
俺が与えたのは、勝つためのコツと、ほんの少しの希望だけ。
そこから立ち上がり、限界を超えて勝ち取った。
サーシャ自身の執念と成長の証だ。
今のサーシャを相手にしたら、俺でも苦戦する。
シールドビットで飛び回られたら、さすがにキツい。
「メディ、アリーシャもこっちに」
「かしこまりましたー♪」
この際ついでだ。
目配せすると、メディがうんしょとアリーシャを抱え、俺の前にゆっくり降ろした。
俺は彼女の手に触れ、魔力を少しずつ注いでいく。
「治すの?」
「勝負はついたんだ。もう変な気は起こさないだろ」
仮に暴れても、俺とレアで抑え込める。
完治させるつもりはない。最低限、動ければ十分だ。
「ほい、終わり」
「血まで吐いてたのに……相変わらずゼクスの治癒力はバケモノね」
俺なんて、まだヒヨッ子だ。
自信はあるが、自惚れる気はない。
上級生や先生、そしてデストレーダー。
この学園には、バケモノと呼んでも生ぬるい存在がゴロゴロしている。
「けど……大好きだよ」
囁かれた愛の言葉に振り向くと、
桜色に染まったサーシャの顔が迫ってきた。
「んっ……」
そして、艶を取り戻した唇が俺のものと重なる。
「わぉ!! 大胆ですねぇ……!!」
「お返しだ。ありがと」
「ひゃっ……」
何気ない仕草で、今度は俺がサーシャの額に口づけをする。
思わぬ反撃に、サーシャは顔を隠すように俺の胸元へと身を倒した。
「愛してる、じゃないのね?」
「そ、それは! 愛も込めたつもりだよ……」
「わかってますわ。本当に可愛らしい♪」
「やーめーろっ……」
うーん、可愛い。
背が高いからか、大型犬を相手にしてるみたいだ。
このままお持ち帰りしても……なんてやらしい考えが浮かんだ、その時。
「はっ!?」
「お、こっちのお姫様もお目覚めか」
アリーシャが目をかっぴらき、勢いよく起き上がった。
「私は……戦いはどうなって……!?」
「お前の負けだ。アリーシャ」
「う、そ……」
その場にぺたんと座り込み、震えながら首を横に振る。痛々しい姿だった。
「残念だよなぁ」
「アリーシャ様がAクラスに負けるなんてね」
「散々見下してたくせに……情けない」
失望の声が次々と飛ぶ。
かつてサーシャが浴びていた視線を、今は姉が受け止める。
立場は完全に逆転した。
「すーっごい手のひら返しですねぇ」
「人間なんてそんなもんだ」
誰もが強い方につく。結果しか信じない。
大観衆はサーシャの勝利を証明し、絶対に勝つと思っていたアリーシャを切り捨てた。
「……ありえない」
「ん?」
非情な現実を前に、アリーシャはさらに震える。
「私がサーシャに負けるなんてありえない! 努力で劣るわけがない!」
「おいおい……」
「負け惜しみが過ぎますわよ」
現実から逃げるように荒声を張り上げる。
ここまで脆いとは。
今までが順調すぎたのだろう。
成功しか知らない公爵令嬢は、初めての挫折に耐えられなかった。
「お姉様……いい加減、認めて」
「何を……」
サーシャが鋭く睨みつける。
「アタシはお姉様に勝った! それでいいじゃないか!」
威圧感のある声にアリーシャは一瞬怯む。
サーシャの瞳には、どこか失望がにじんでいた。
「うるさいですね……!」
それでも剣を抜こうとするが……
パキンッ!
「がっ……!?」
「やっぱり治すべきじゃなかったわね。変なプライドを持つからこうなるんですのよ」
レアの氷が、アリーシャを瞬時に凍りつかせた。
完全に回復させなかったのは正解。
少しはサーシャを見直すと思ったが……無駄だったようだ。
「頭を冷やせ。足掻いても見苦しいだけだ」
「っ……!! わ、かり……ました……」
俺はアリーシャの顎をグイッと持ち上げ、鋭い視線をぶつける。
敵わないと悟ったのだろう。
アリーシャは驚いたような顔のまま、硬直した。
レアが氷を解いた頃には、もう剣を抜く気力すらない。
力のない背を向け、フィールドを後にする。
「……あんなお姉様、見たくなかった」
「ほう? 嫌ってたんじゃないのか?」
「苦手だよ……でも、何事にも堂々としてた姿は嫌いじゃないから」
なるほど、それが失望の理由か。
嫌っていても“お姉様”と呼び続けるのは、サーシャなりに尊敬していた部分があったからだ。
「落ち着いた時にまた話せばいい」
「……わかった」
やけになる姉の姿。
原作でも、あそこまで追い詰められてはいなかったのに。
……少々、未来を変えすぎたか?
「とりあえずここを……って、まだ傷があるぞ」
「え?」
サーシャの右手を引き上げると、指先に斬り傷が残っていた。
魔力充填で治しきれなかったのか?
これはいけない。急いで治療を……
「だ、大丈夫だよ。これくらい、貴重な魔力を使うこともないって」
「そうか? 気になるならいつでも言えよ」
「う、うん……」
別に大した消費じゃないんだがな。
気遣いのいたちごっこになるのも面倒だ、ここは甘えるとしよう。
それより、一瞬だけ妙な雰囲気を感じたような。
「……いい傷♡」
サーシャの声?
振り返っても、ただ手を見つめているだけだった。
……気のせいだよな?
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