第44話 モブキャラ、対峙する
「それでさ!! 設置罠にもなる投網とか面白そうだと思って……」
「あぁ」
腕を上下に振りながら、キラキラした瞳で話し続けるサーシャ。
どうやら俺は彼女の心に火を点けてしまったらしい。
気づけば日は傾き、周囲の人影もまばらになっている。
楽しそうなのはいいが……暗くなると帰り道が危ない。
俺が申し訳なさそうに声をかけようとした、その時。
ドガガガガガッ!!
「「っ!?」」
何の前触れもなく、俺たちの周囲にいくつもの黒い棘が突き刺さった。
気配を感じなかった? いや、違う。
ほんのわずかに漂っていた不穏な空気。
戦闘時のように集中しなければ掴めない、この気配は……
「なーんで前を向いてるの? 弱いままでよかったのにー」
生意気な声と共に、近くの木の幹から黒い影が浮き出る。
池のように広がった影の中から波紋が走り、小さな人影が現れた。
「デストレーダーだろ? こんな時に姿を現してどうした?」
「えっ!? こいつが!?」
「あったりー!! ボク達も有名になったね〜」
くふふ、とぶかぶかの袖で口元を隠しながら笑う。
黒ずくめの服装だが、全身を覆う動物じみたパーカーがどこか可愛らしい。
だが、その愛らしさを吹き飛ばすほど……視線にはドス黒い闇が宿っていた。
蛇に睨まれたカエルのように、背筋が凍りつく。
(遂に来たか……)
珍しく冷や汗が額を伝った。
原作のメインストーリーよりも早い登場。
警戒心すら抱かせずに接近してきた腕前。
まさに“規格外”という言葉が相応しい。
だが俺が最も恐れているのは、その点ではない。
「……お前は誰だ」
威圧するように声を低く落とす。
ネームドキャラを思わせる特徴的な口調と外見。
それなのに……記憶というデータベースに、こいつの存在はない。
呼吸を整え、喉を鳴らす。
その緊張を見透かすように、見知らぬデストレーダーは不敵な笑みを浮かべた。
「へぇ……やっぱりボクのことは知らないか」
腰のナイフに手をかける。
視線を逸らさずにゆっくりと握り込み、いつでも殺せるぞとアピールを込める。
「ボクはジャババ。幹部にちかーい存在だね。やってることは下っ端と大差ないけど」
幹部に近い……?
なるほど、別口の人間が送り込まれたか。
原作でもデストレーダーを壊滅することはできなかった。
奴らは全世界に小隊のように潜伏し、主人公たちが潰したのはその一つにすぎない。
だからこそ……
ジャババは、原作とは違うグループに属している可能性が高い。
「やってる事?」
「弱いやつに強い力を与える。これを使ってね」
お気に入りのおもちゃのように弄ぶように、懐から禍々しい結晶を取り出す。
魔装結晶……だが、俺が持っている物とは少し形が違う。
「最近、試作品を色々試してるんだよ〜。もっと巨大で、手がつけられない力が欲しくてさ」
「試作品……S型とかか?」
「わぉ、なんで知ってるの?」
目をまん丸にして驚くジャババ。
魔装結晶にはいくつもの種類がある。
ザクネスが使った量産型のE型、幹部専用のX型など。
どれも魔力暴走を引き起こす点は同じだが、細部に違いがある。
「クラウン家の次女なら魔装結晶を理解してくれると思ったんだけどねぇ。今さら頑張ってどうしたの?」
「頑張って何が悪いんだ?」
「お姉ちゃんにあんだけボコボコにされて惨めな姿を晒したんだよ? 勝ちたいならさっさとぶっ刺して暴れちゃえばいいのに!!」
気にしている部分を容赦なく突き刺し、しかも無自覚にけなしてくる。
サーシャは恐ろしさと悔しさを飲み込み、ただ黙って見守るしかなかった。
「アハハハ!! 魔装結晶は最高だよ? ザコでも最強になれちゃうんだから!!」
こいつに悪意はない。ただ人を結晶で変えるという“好奇心”しかない。
人が壊れようと、暴れようと、ジャババは楽しむだけ。
純粋すぎて底が知れない。正直、一番タチが悪いタイプだ。
「……俺から離れるなよ」
「……わかってる」
俺はナイフの柄を強く握り、針の穴を通すようにゆっくりと鞘から抜く。
サーシャもシールドを構え、ビットに魔力を込めて淡い光を走らせた。
「で? サーシャちゃんから魔装結晶を奪って何がしたい?」
「預かってるだけだ。必要なら返すつもりだが?」
「ふーん……」
俺が持っていることまで知ってるのか……どこまで情報を握ってやがる?
「サーシャちゃんも意地張っちゃって。そーんな男より、ボクの方が力を引き出せるのに?」
パーカーをバッと広げ、大股で踏みしめるジャババ。
戦闘体勢ともとれるその動きに合わせ、俺もナイフを両手に構え直す。
どんな武器を? どんな魔法を?
一瞬も目を離さず、意識を一点に集中させる。
外の雑音など一切耳に入らない。
緊張感で張り詰めたグラウンド。
わずかな呼吸すら、十秒にも感じられる。
「……ア、タシは」
その静寂を破るように、か細い声が入り込んだ。
「ゼクスが期待してくれた……いっぱい褒めてくれた……」
消え入りそうな声。けれど確かめるように、一言ひとこと噛みしめるように。
ピリついた世界に、真っ直ぐな思いが響き渡る。
「だから……まだ頑張りたいっ!! ゼクスがいてくれるから!!」
その覚悟は、張り詰めた空気にひと筋の風穴を開けた。
「よく言ってくれた。惚れ直したぞ」
「また冗談を……」
冗談なんかじゃない。
緊張で縮み上がっていた筋肉が一瞬でほどけ、俺は余裕を取り戻した。
それは間違いなく、サーシャの言葉があったからだ。
鼓動のリズムに背中を押されるように、俺はサーシャの頭を優しく撫でる。
「ふーん、つまんないの」
せっかくの好機に水を差されたからか、ジャババは小石を蹴って暇つぶしを始める。
「ま、どっちが勝っても同じだけど。またね〜」
「待ちやが……」
足元に魔力を充填すると、意味深な一言を残してジャババは影に包まれるように消えた。
「なんだったんだろうね……」
「さぁな」
俺は深く息を吐き、ナイフを鞘に収める。
(どっちが勝っても同じ、か)
原作だとサーシャが魔装結晶を使い、姉への嫉妬が悲しい暴走を生む。
俺はそのBADルートを回避するため、サーシャを鍛えてきた。
だがジャババの言葉が妙に引っかかる。
どれだけ鍛えてもアリーシャには勝てないのか?
サーシャは結局、闇に落ちてしまうのか。
それとも……何か別の理由が?
「ご主人様ぁああああああ!!」
「きゃあっ!? だ、誰だい!」
「俺のメイドだ。どうした?」
元気いっぱいの声に、俺は現実に引き戻された。
「大変です! レア様が得体のしれないバケモノと戦っていて……!!」
「何だと!?」
次々と問題が湧いてくる。
今日は一体どうなってるんだ!?
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