第36話 モブキャラ、場をおさめる
「一体どこで手に入れたの!? 答えなさいっ!!」
「落ち着け、レア」
「これが落ち着いていられますの!? 彼女はデストレーダーと関わりがあるかもしれませんのよ!?」
レアは素早く剣を抜き、サーシャの喉元に突きつけた。
穏やかに見守っていた雰囲気から一転。
歯ぎしりと共に殺気を放ち、鋭い目つきで場を威圧する。
答え次第では本気で斬るつもりだな。
レアはやる時はやる。相手が故郷を滅ぼしかけた魔装結晶を持っているのだから。
「ア、アタシは……」
「全部聞いてからだ。脅されたら話もできないだろ?」
「っ……わかりましたわ」
刃を突きつけられたサーシャは震えながら固まっていた。
そんな彼女の姿を見て、レアは苦虫を噛み潰したような顔で、ゆっくり剣を下ろす。
「大丈夫だ。いざとなったら俺がなんとかする……話してくれ」
「……」
俺はサーシャの肩に手をポンと置く。
原作の知識が正しければ、彼女は無実だ。レアの疑念は当然だが、俺には確信があった。
「……ある日、机の上に置かれてたんだ」
サーシャは視線を逸らし、一言ずつ気を使いながら話す。
やっぱり、原作通りだ。
「サーシャの作業場か?」
「あぁ……なぜあったのかはわからない。でも調べたらわかったよ。あのアイテムが存在してはならない物だって」
「デストレーダーだな。あいつらは自分らの考えに賛同しそうなヤツを狙っている」
「……また物騒な名前を聞いたね」
原作でもサーシャはデストレーダーに利用された。
姉に勝てず、負の感情を抱え続けた彼女に近づき、悪魔の力で心を揺さぶったんだ。
「で? デストレーダーが求めてる人間って何だい?」
「弱さを抱えた人間だ。ヤツらは“救済”と称して虐げられた者に暴走する力を与える」
弱さ、と聞いたサーシャは自分の手を見つめ、苦笑を浮かべる。
「スカーレット領の前の当主もそこを突かれたのよ」
「スカーレット領? そういえば何か月か前に騒動があったって……」
デストレーダーの目的は「弱さを抱えた人間を救済し、真の幸福をもたらす」こと。
強者が支配する世界を壊す、という建前は聞こえがいい。
だが実際は、利用できそうな者に身に余る力を与えて暴れさせているだけだ。
救済ではなく、ただ自分たちに都合のいい世界に変えたいだけ。
「学園の教師に渡さなかったのは何故? 自分で使おうと思ってましたの?」
「……悩んでた」
サーシャは指を強く絡め、祈るように顔を伏せる。
「使っちゃいけない。だけど力は手に入る。お姉様に勝てなくて、どうしようもない時は……って」
「ふぅん……」
レアの視線は冷たいままだ。
強さと誇りを信念とする彼女には、弱さに迷うサーシャの気持ちは理解できないのだろう。
「一か月後、お前はアリーシャと戦うことになっている」
「えっ!? な、なんで勝手に……」
「勝てるからだ」
状況が呑み込めず口をポカンと開けるサーシャに、俺は確信を込めて話し続ける。
「まだ諦めるには早い。今回は俺という最高のアドバイザーがいるからな」
「だけどたった一ヶ月で……お姉様に勝てるわけがない」
「負けたら対策すればいい。それだけの話だ」
俺は白いカーテンを開け、周りの物をどかしてスペースを作る。
レアとサーシャが不思議そうにこちらを見ていた。
「例えば……」
「っ!? その動きは……!!」
俺は演武を始めた。パワーに任せて突っ込み、目の前の盾を粉砕するイメージ。
ナイフだから完全再現はできないが、大体は伝わるだろう。
今のはアリーシャの動きだ。ゲームで見たモーションの真似でもある。
「なぜアンタがお姉様の動きを……正確すぎる……」
「アリーシャの動きを再現したの!? どんな記憶力してんのよ……」
「俺は生まれ変わったんだ。これくらい楽勝」
脳裏に嫌というほど焼き付いたアリーシャの姿。
それが俺を通して再現されたことに、二人は信じられないという顔をする。
「流石に魔法の完全再現は無理だが、アリーシャのパワーなら魔力充填で再現できる。盾の使い方も含めて、俺と実戦的な訓練を積めばいけるはずだ」
「……約束は取り消せないんだろう?」
「アリーシャもびっくりしてたぜ。サーシャが努力できるわけないって、余裕そうだった」
俺がアリーシャを再現し、思考や癖までトレースして戦う。
負ければ改善点を指摘し、いい所は褒める。
サーシャにとって最高の環境を整えたつもりだが……
(選ぶのはサーシャ次第だ)
どれだけ良い道があっても歩くかどうかは本人次第。
サーシャはシーツを握りしめ、布のこすれる音だけが医務室に響く。
やがて顔を上げ、ゆっくりと言った。
「最後の悪あがきだ……アンタの訓練に付き合うよ」
俺は思わず彼女の手を握った。
驚いた様子を見せたが、すぐに意図を理解し優しく握り返してくれる。
「これは俺が預かっておく。どうしようもない時は俺の所に来い」
「へっ? 教員に渡さないのかい?」
「選択肢は多い方がいいだろ。仮に暴走しても俺が止めてやるから安心しな」
「……変わってるね」
サーシャの逃げ道を敢えて残したのは、俺にとっても奥の手になるからだ。
レアは複雑な顔をしていたが、察したのか何も言わなかった。
話は一段落した。
俺は軽く手を振り、医務室を後にする。
「ちょっと城下町から外れた場所に美味しいケーキ屋さんがあってー」
「えー!! あそこケーキ屋さんだったんですねぇ……あ、ご主人様おかえりなさーい」
「相変わらずマイペースね……」
外では三人が女子トークに花を咲かせていた。
真剣な話をしていた身からすると、少し拍子抜けする。
「話は終わった。メイ、メル」
「「はい?」」
「学園で変わったやつを見たら俺に教えろ。些細なことでもいい」
「「わかりましたー♪」」
「よし、いい子だ」
伯爵娘二人の頭を撫でると、彼女たちはスキップしながら医務室を去っていった。
「メディもだ。学園内にデストレーダーが潜伏してる」
「えぇっ!? それってヤバいんじゃないですか!?」
「激ヤバだ」
俺としても動きが早いと感じる。
原作ではもう少し後だったのに……俺が色々改変したせいか?
「一応マヤ先生に話は通すが……教師は何も動かないだろうな」
「動かない? どういうことよ?」
「自分のトラブルは自分で解決しろ。戦争レベルじゃなきゃ動かないらしい」
「呆れた……どこまでも実力主義なのね」
教師たちは生徒を守るより、強い生徒を育てることを優先している。
卒業後に名を上げれば、自分たちの立場も上がるからだ。
学園というより研究場に近い。
もちろん、度が過ぎれば処罰はあるし、最低限のことはしてくれるが。
「レアも調べるのはいいが、感づかれないようにな」
「わかってますわ」
さて、俺もデストレーダーについて調べたいが……今は餌を撒いている段階か。
なら、生徒が暴走するのを待った方がいい。
少々気の毒だが、魔装結晶が使われた場所には必ずヤツらが現れる。
問題は、いつどこで起きるかだ。
修行しながら、気長に待つとしよう。
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