第35話 モブキャラ、メンタルケアをする
「サーシャが私に勝つ? 夢物語もいいとこですね」
「夢だって現実になる時があるだろ? お前が大好きな“努力”をすれば」
「っ……サーシャに努力なんかできませんよ」
視線を逸らすアリーシャからは、諦めを含んだ雰囲気が漂っていた。
サーシャは変わらない。そして俺も折れることはない。
姉としてずっと見てきた立場から、彼女は強い確信を持っていたのだ。
「……あんな大口叩いて大丈夫なの?」
「自信はある。後はサーシャ次第だ」
彼女にも素質はある。
アリーシャとの戦い方がわからず、自分一人で迷走しているだけだ。
俺がうまく導ければ、勝つことだって夢じゃない。
抱えたサーシャを魔力充填で癒しながら、俺たちは医務室へと向かった。
「あー……すまないが、席を外してくれないか?」
「はい?」
「身体だけじゃなく心も深く傷ついている。知り合いが傍にいる方が刺激しなくていいと思ってな」
「そういうことでしたか。わかりました」
事情を察した医療スタッフはその場を離れる。
ついでに伯爵娘二人組も、「また遊んでねー」と元気に手を振って出て行った。
可愛らしい。
俺はサーシャをベッドに横たえ、再び手を握って魔力充填による回復を続けた。
さて、そろそろ目を覚ます頃だろうか。
「……っ!? ア、アタシは一体……」
「おはよう。まだ完治してないから、ゆっくり休め」
「ゼクス? それに侯爵家の娘も……」
「レアよ。一応、覚えておいてほしいですわね」
目を覚ましたサーシャは勢いよく飛び起き、俺とレアの姿を見て目を丸くする。
ここがフィールドではないことにも戸惑っているようだった。
「アンタが治したのかい……?」
「あぁ。治療は得意分野でな」
「そ、そうか」
彼女は手足を確かめるように動かし、痛みがないことに呆然としていた。
かなり酷い怪我だった。血まみれで、骨も何本か折れていた。
治すのは簡単だが……やりすぎだ。
「そうか、アタシは負けたのか……」
「一方的だったな。盾を張ってもアリーシャの魔法が全部ぶち壊してた」
「……」
非情な現実を前に、サーシャは沈黙する。
僅かな物音だけが響く中で、彼女の中に負の感情をどんどん溜めていく。
動く手を固く握り、歯をギリギリと鳴らす。
そして、
「ああ、クソッ!!」
ガンッ!! ガシャン!!
怒りに任せて、器具や道具に当たり散らした。
「アタシに力はない……お姉様にも勝てない……アタシは何にもできない、弱いままなんだよっ!!」
叫びと共に感情を爆発させるサーシャ。
美しい顔は涙でぐしゃぐしゃに歪んでいった。
(あれと比較されたらな……)
優秀すぎる姉をずっと近くで見てきた。
アリーシャの存在は彼女にとって大きなコンプレックスであり、自信を奪う要因だったのだ。
「もうわかんないよ……誰か殺してくれ……」
「完全にダメなモードに入っちゃったわね」
「そうだなぁ……」
自分だけの悪い世界に閉じこもるサーシャ。
両耳を塞ぎ、顔を俯かせながら身体を揺らしている。
いくら呼びかけても、今の彼女は聞く耳を持たないだろう。
こういう時は……幸せを実感できる強い刺激が必要だ。
外部からの衝撃が彼女を現実に引き戻してくれるはず。
「サーシャ」
「っ……!?」
ギュッ……
暴れ続けるサーシャを、俺は優しく抱きしめた。
「あら、随分と大胆ね」
「愛のハグだ。俺という存在がサーシャの支えになるだろう」
「それは盛りすぎよ」
違うのか?
少しずつ惹かれてきているし、ハグくらいなら問題ないと思ったんだが。
容姿に自信もついてきたし、サーシャもスキンシップを嫌うタイプではない。
「この変態」
「あいてっ」
飛んできたのは感謝ではなくお叱りの言葉。
それもデコピン付きだ。
「残念。もう少しサーシャを堪能したかったのに」
「だからってハグはないだろう!? レアもどうして止めないんだい!?」
「彼、遠慮を知らないから」
「……諦めろってことだね」
そういうことだ。
愛しいヒロインのためなら、俺は何だってする。
お望みならハグ以上だって……
「……まだ何か?」
サーシャが本気で睨んできた。これ以上はやめておこう。
「さて、今からサーシャに話すのは、今と未来の話だ」
「今と未来?」
落ち着きを取り戻したのを確認し、俺は話を進める。
「今のサーシャではアリーシャに勝てない」
「っ……そんなの知ってるよ……」
現状の確認。
辛い現実を突きつけられ、サーシャは顔を曇らせてシーツを強く握りしめた。
「だが未来のサーシャなら……アリーシャに勝てる」
「え?」
突拍子もない言葉に、サーシャは顔を上げる。
「夢物語はやめな……これ以上、辛い思いはしたくないよ……」
「夢物語って……そこは姉妹お揃いか。まぁいい」
根拠がなければ信じられない。
どうあがいても突破できなかったアリーシャという巨大な壁を、俺は超えられると断言している。
非現実的。
ありえない。
期待などしたくもない。
今のサーシャにとって、俺の言葉は不快に思われてるだろう。
「シールドブレイクに真っ向から挑むから負けるんだ。サーシャの盾はただ防ぐだけなのか?」
「な、なんの話を……」
「シールドビットの特徴は、複数の盾を同時に飛ばせることにある。アリーシャの火力は凄まじいが……手数ならサーシャの方が有利だ」
だから事細かに説明する。
ゲームで培った知識は裏切らない。確かに相性はあるが、絶対ではない。
圧倒的不利を覆すプレイヤーは、原作でもいくらでも存在した。
「戦い方を増やすんだ。サーシャ、お前は強い」
「ゼクス……」
震える彼女の手を、俺はしっかりと握りしめる。
不安は消えない。だが瞳の奥に、わずかな光が宿っていた。
自分がアリーシャを倒せるのか?
夢物語への一歩を、サーシャは踏み出そうとしている。
「そして、こんな物に頼る必要はない」
「あっ……」
サーシャの胸ポケットから“それ”を抜き取った。
「まさか、それは……!」
白い医務室で異様な存在感を放つ、禍々しい光を宿した鉱石。
身体に突き刺せば宿主を暴走させ、強大な力を与えるアイテム。
かつてスカーレット領を滅亡寸前まで追い込んだ……
“魔装結晶”。
それを取り出した瞬間、医務室の空気が一気に重苦しく変わっていった。
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