第27話 妹は案外チョロい
side:サーシャ
「流石、アリーシャ様は優秀ですね」
「貴方がいれば公爵家の未来は明るい」
「当然です。私は努力していますので」
誰もがお姉様しか見ない。
お姉様しか評価しない。
アタシのことは……誰も見てくれない。
「ねぇ、あれ……」
「話しかけない方がいいよ。アリーシャ様も言ってたし」
屋敷の廊下を通るアタシを、従者たちは冷ややかな目で見てくる。
いつからだったろう。
アタシたちは公爵家の双子姉妹として生まれ、愛されながら育った。だが才能の差は、徐々に明らかになってしまった。
前衛で敵をなぎ倒し、圧倒的な力で皆を導くアリーシャ。
後衛で守りを固め、ひたすら攻撃を防ぐサーシャ。
どちらが派手で目立つか。どちらが活躍しているように見えるか。
おまけに、明るく周囲を鼓舞するアリーシャに対して、暗くて自分の世界に閉じこもりがちなサーシャ。
性格においても、お姉様が好かれるのは当然だった。
「くそっ……」
一度たりともお姉様に勝ったことがない。
その現実が、アタシの立場をより悪くしていった。
貴族家は強さこそ全て。
敗北の印象が強いアタシに価値を見いだす者はいない。
「……盾の改修でもしようかね」
だからアタシは武器を作り始めた。
お姉様に負けないために。自分が強くなるために。
それに、お姉様の魔法でアタシの武器はよく壊される。買い直す手間も省けるし。
無機物はいい。
アタシを否定しない。それが何よりも気に入っている。
武器も、そしてぬいぐるみも。
もふもふして愛らしいぬいぐるみは、アタシにとって最高の癒しだ。
……恥ずかしいから、誰にも言えないけど。
(アタシのことを好いてくれる人なんか……)
誰もいないからこそ、アタシは動かないものに夢中になる。
誰もがお姉様に惹かれていくから。
諦めるように、アタシは今日も武器をいじり続ける。
まさかそんなアタシに、好意を寄せる人間が現れるとは――
ほんと、わけわかんない。
◇◇◇
「はぁ……」
昼休み。人気のない庭のベンチで、アタシは一人ため息をついていた。
授業は普通だ。Aクラスだけあってレベルは高いが、ついていけないほどではない。
時々、教員が見下してくる視線が気に食わないけど……
あぁ疲れた。ストレスも溜まる。
こんな時にはアレを……誰もいないよね?
「……テディちゃーん」
アイテムボックスから取り出したのは、少し大きめの熊のぬいぐるみ。
自分で付けた名前を呼びながら、アタシはギュッと抱きしめる。
(もふもふ……最高……幸せだ……)
ぬいぐるみはアタシを否定しない。
機嫌が悪い時でも、何も言わずに抱きしめさせてくれる。
この可愛さの権化に、アタシはすっかりメロメロだった。
「なんでテディちゃんは可愛いんだい? アタシに教えてくれよー」
「それはサーシャちゃんが可愛いからだよー」
「そうかいそうかい……ん?」
……今、返事をした?
テディちゃんに会話機能なんてないはず。
まさか――。
「随分と可愛い趣味だな。お姫様」
「っ!?!?!?」
思わぬ人物の登場に、声にならない声が漏れる。
テディちゃんの向こう側に立っていたのは、アタシをデートに誘った張本人――ゼクス・バーザムだった。
「な、ななななな何見てんだい!! 見世物じゃないよっ!!」
「いいじゃないか。強気でぶっきらぼうなサーシャが、裏では可愛らしいぬいぐるみを愛してるなんて」
「全部言うなぁ!! ばかぁ!!」
最悪だ。一番見られたくないヤツに見られた。
ただでさえ弱みだらけなのに、精神的にきついところを握られてしまった。
この先ずっといじられる未来しか見えない……。
「俺はそっち系統に詳しくないが……メディに聞くか」
「なんでプレゼントする気なんだい」
「サーシャが喜ぶからに決まってるだろ?」
「さらっと口説き文句を……」
こいつの言葉一つ一つが耳障りだ。
アタシの心を、必要以上に揺さぶってくる。
顔が熱い。心臓がドキドキする。
呼吸も荒く、視線もまともに合わせられない。
(どうせアタシから離れるのに……)
一時的なものだ。
そう言い聞かせても、アタシの本能は素直に従ってくれなかった。
「似合わないだろ……アタシとぬいぐるみは」
「ん?」
自分でもわかっている。
身長は高く、すらりとした体形。
顔立ちもどちらかといえば美人寄りで、雰囲気は暗い。
ぬいぐるみはとても可愛らしい存在。
見栄えだけで言うなら、アタシよりも小さくて童顔で、明るい――
例えるなら、お姉様のような人が……。
「何を言っている。サーシャだからいいんじゃないか」
「はい?」
だがゼクスは否定しなかった。
おまけに変なスイッチまで入ったらしい。
「綺麗なお姉さんが可愛らしいぬいぐるみをギュってする姿。このギャップは最高だ!! さっき話しかけたのも、ぬいぐるみに話しかけるサーシャの姿があまりにも魅力的だったからで……」
「ちょ、ちょちょちょ!! 待ちなって!!」
「まだあるぞ? ぬいぐるみの大きさとサーシャの身長の高さの相性が……」
いくらなんでもお世辞が過ぎるんじゃないかい!?
その本気すぎる姿に、アタシは思わず驚いてしまう。
(本当にアタシに惚れているの……!?)
これが演技なら、相当な名役者だ。
それくらい、ゼクスのアタシに対する愛は本物に感じられた。
だからこそ――。
アタシは耐えられない。愛の暴力に傾いてしまう。
「ああもう!! 昼休みも終わるから行きな!!」
「まだ語れるぞ?」
「十分だよ!!」
ゼクスの身体を無理やり押し出す。
デート前だってのに、大丈夫なのかい?
話半分のつもりが、いつの間にか本気になりそうだ。
……アタシって、こんなにチョロかった?
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