第26話 モブキャラ、授業を受ける
「というわけで、サーシャとデートすることになった」
「早くない?」
寮の中で、寝る前のひとときを楽しむ。
Sクラス専用の寮はとても広く、三人いても持て余すほどだった。
……実家より快適かもしれない。
「さすがです、ご主人様!! 意中の相手をもう射止めるとは!」
「まだ始まったばかりだがな」
「入学式って今日よね? その日のうちに公爵家の女性を口説くなんて、一体何をしたの?」
「会って話して、素材を渡しただけだ。そこからデートに誘った」
「素材? まさか制服がボロボロだった理由って……」
そういうことだ。修復はすでに完了しているが、制服の替えはもう少し買い足したほうがいいかもしれない。
サーシャにプレゼントする機会を増やすためにも。
「入学当日にダンジョン潜りなんて……忙しい人ですわね」
「ちょうどいいプレゼントが欲しくてな。ソロでエレメントスライムとシールドアルマジロに囲まれた時は冷や汗かいたよ」
「はい!? その二体って、B〜Aランク相当のモンスターではありませんの!?」
ガバッとベッドからレアが飛び起きる。
「いやぁ、スリル満点で楽しかった」
「……もう驚きませんわよ」
さすがに下層は厳しいが、中層あたりなら素材回収の場としてはちょうどいい。
バグワープで周回してもいいが、正規ルートでワープポイント登録も済ませておきたい。
「しかし、サーシャ公爵令嬢に素材を贈るとは。あの方なら喜びますわね」
「そこまで知ってたか」
「お茶会のときも辛気臭くて近寄り難い雰囲気でしたもの。常に奇妙な武器を持っていましたし」
「よほど武器作りが好きなんだな。面白い」
「……わたくしなら、アリーシャの方を選びますけどね」
レアは貴族社会にかなり詳しい。
俺の知識には原作で語られた部分しかなく、シナリオ外やモブを絡めた人間関係を知るのにとても役立っていた。
さすが侯爵家の人間、色々な場に顔を出しているだけのことはある。
「クラウン家の次期当主として有力なのは姉のほうですし。王族とも上手く交流していましたから」
「王族?」
「側妃の地位を狙っているんですの。王族の後ろ盾があれば立場も安泰ですし、資金的援助も受けられる。磨き上げられた宝石に人が集まるのは当然でしょう?」
「そういえば……」
アリーシャも最初は主人公に興味を示さなかった。「未来に素晴らしい旦那様がいますので」と繰り返していたが……あれは側妃を狙っていたからか。
そこから侯爵家の一人息子に“衣替え”するとは、大胆な行動をとったものだ。
「アリーシャには運命の相手がいる。俺は俺で、欲しい運命を掴むだけだ」
「救済? それとも好意?」
「両方だ。サーシャの良い未来を、この目で見てみたい」
「ふぅん……お人好しね」
アリーシャには主人公がいる。
サーシャには俺がいる。
彼女の未来は俺次第だと断言できる。
(……レアの様子が変だな)
髪をいじる回数が増え、身体を落ち着きなく動かし、俺から視線を逸らす。
――なるほど。
「拗ねなくていいぞ? レアも愛してるんだから」
「きゃっ!? な、何も言ってませんわよ!?」
「背中が寂しそうだったからな。つい抱きしめたくなった」
ベッドに座り、レアを後ろから優しく抱きしめる。
柔らかく、いい香りがした。
お風呂上がりのフローラルな香りに、黒と赤で構成されたネグリジェ――ほとんど下着同然で、息を呑むほどセクシーだ。
「相変わらずレアの下着って、挑発的だよな」
「挑発的というより、派手な方が気合いが入るんですのよ……そういえば制服の採寸のときも、やけに見られてましたわね」
彼女は常に“勝負下着”。
布がまとわりつくのが嫌でTバックを愛用するうち、ブラも布面積の少ないものに。
しかも腰を結ぶ紐パンがお気に入りらしく、余計に艶っぽさが際立っている。
「……していいか?」
「明日は学校ですわよ!? だいたいメイドが――」
「メディならもういない。気の利くメイドで助かる」
「あの子、透明になれるんでしたわよねぇ!? んあっ……!」
そんな扇情的な格好をしているレアが悪い。
言葉では拒む彼女をベッドに押し倒した。
「……一回だけですわよ」
その言葉を合図に、互いに深いキスを交わす。
――なお、一回では済まず三回も重ねてしまった。
そして翌朝、怒ったレアに枕を投げつけられるのはまた別の話。
◇◇◇
「で、あるからして……成長理論には、最初の段階をある程度省略することで魔法のイメージを……」
「ふわぁ……」
入学式の翌日だろうと授業は始まる。
よくあるチュートリアル的な導入ではなく、いきなり本格的な内容だ。
さすがSクラス。……と思ったが、俺にとっては少し退屈だった。
(クイズを解いてる感覚だな……ゲームで散々見たやつばかりだ)
ツイファン内で登場した単語や設定を、ただ羅列されているように聞こえる。
ゲームでは選択肢式で疑似的に学園の授業を体験できる演出だった。
要は何周もしてきた俺にとって、授業はただの復習。
「魔法のイメージには様々な方法があります。では、今挙げた以外で有名な理論は……ゼクス・バーザムくん?」
「ん?」
突然、俺を指名する先生。
「俺に聞いたのか?」
「まさか授業を聞いていなかった? これだから伯爵家の人間は……」
「いや、そういうわけじゃ……」
魔法科担当のペンディック先生が、ニヤニヤと俺を見る。
そういえばこの人、原作でも主人公に嫌がらせしていたな。
下位貴族や成り上がりが嫌いで、授業中に嫌味な質問をしては愉悦に浸るタイプだ。
(魔法イメージの理論か……?)
序盤は選択肢が出なかったせいで、毎回ペンディックのクソ話を聞かされていたのを思い出す。
「今挙げたのは“一から完成系を目指す”成長理論だな。魔法イメージの方法では最もオーソドックスなやつだ」
「ふむ」
今回は答えられる。強制シナリオの縛りがないからだ。
「他には……逆算理論とか?」
「なっ!?」
ペンディックの顔が、まさか!?とでも言いたげに歪む。
「最初に完成系をイメージし、それがどう成り立つかを逆算して構成する。主に中上級者が扱う理論だ」
「ぐぬぬ……その通りです……」
本来なら一年後半で習う内容だ。
伯爵家の成り上がり――お前が嫌う存在に正解されるとは、思ってもみなかっただろう。
「ふふっ、さすがゼクスね」
レアが嬉しそうに微笑む。
けれど……このままペンディックを論破してしまうのは、少しもったいない。
何だかんだA〜Sクラス担当を任されているだけあって、地位も知識もある。
……利用できるかもしれないな。
「ですが、成長理論の応用は初めて知りました。基礎で片付けられがちな魔法イメージをここまで掘り下げるとは……さすがSクラス担当の先生です」
「そ、そうかそうか!! そうでしょう!?」
だから、あえて弱みを見せる。
無知を装って隙を作り、完全に負けたわけではないと錯覚させる。
「他にも、“一つの大きなテーマを似た方法で詳細化していく”同異理論があります!! 私も愛用していますよ!!」
「……さすがですね」
「ふふふふ!!」
それでマウントを取ったつもりか。
自慢話で生徒の上に立とうとするなんて……しかも同異理論って三年の範囲だろ。
「ぜひまた教えてください。先生の応用理論は聞いていて勉強になります」
「伯爵家の君が私にぃ!? ……そこまで言うなら、時間のある時にお教えしましょう!! 特別ですよ!?」
すっかり気を良くしたペンディックは、嬉しそうに黒板へ次の議題を書き出す。
「……チョロいな」
「……チョロいわね」
逆に言えば、利用しやすいということだ。
おだててやればいくらでも話を引き出せる。
だが、それより大事なことがある。
(早くデートしたいなぁ)
くだらない自慢話よりも大切なイベント。
――サーシャは、どこに行きたいんだろう。気になるなぁ。
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m(_ _)m




