第10話 悪役ヒロイン、愛を知る
side:レア
『ジャン様のおかげで盗賊が去りました!! ありがとうございます!!』
『気にするな。スカーレット家として当然のことをしたまでだ』
遠い昔の記憶。
わたくしの本当のお父様、ジャン・スカーレットと領内を歩いていた時の事だ。
『流石お父様。皆が慕ってくれますね』
『レアよ。慕われることが大事じゃない。この土地と住む人達を守ることが大事だ』
『わかっていますわ。それがスカーレット家ですもの』
ジャンお父様は常に領の事を考えていた。
どうすれば領がよくなるか。どうすれば領に住む人を幸せに出来るか。
『そこの兵士。少したるんでるんじゃないか?』
『ジャ、ジャン様!? これはその……』
『後が楽しみだな、ふふふ』
『お許しを~!!』
身内には少し厳しかった気がする。
規律を守れない人にはちょっとした罰があった。
だけど真面目に頑張ろうとする人はよく褒める。
飴と鞭の使い分けがとにかく上手い。
だから厳しくても彼を慕う人は多かった。
『レア、私はこの領地が大好きだ。皆が活力に溢れて日々を生きている。これほど素晴らしい事はないぞ』
彼はこの領とスカーレット家を愛していたのだ。
『この日常を守るのが我らスカーレット家の役目。それに必要なのは?』
『強さと誇りですわ!!』
『そうだ。レアがいればスカーレット家は安泰だなぁ……ははは』
この土地が大好き。
そしてその領地を守るスカーレット家の存在も。
わたくしもお父様と同じように、この領地とスカーレット家を守れる存在になりたい。
『……お父様?』
当たり前の日常。
それが一年前、突如壊れてしまった。
『旦那様!? どうされたのですか旦那様!!』
『聖職者を!! 回復魔法が使える者を早く!!』
ジャンお父様の急死。
外傷はなく、突然の発作によるものだったらしい。
何故? 何故あんなにも誰かの為に尽くした人の命を奪うの?
わたくしは神様を憎んだ。そして同じくらい強い悲しみも抱いた。
この日からスカーレット家と領内はおかしくなってしまった。
◇◇◇
『何故転びましたの? お茶菓子をこんなにぶちまけて』
それから半年ほど経った頃。
わたくしはイライラしていた。
『ひぃ!?』
『今日は公爵家の次男が訪問されている。なのに、こんな情けない態度を見せるとは……クビですわね』
カーペットに飛び散る、紅茶やお菓子の残骸。
大事な日だろうと従者のミスが目立って仕方ない。
『そ、それだけは勘弁を……!! ウチには家族が』
『黙りなさい』
緩んでいる。
怒っているのに、この従者はヘラヘラしている。
何故ここまで甘くなった?
一つのミスの重さをわかってなさすぎる。
『相変わらず厳しいね……』
『スカーレット家のご令嬢だもん。強く堂々とだっけ?』
『横暴なだけだよー』
耳に入る周りの従者からの陰口。
貴方達も同罪に……そう思いながら振り向こうとした時。
『レア』
『っ……お父様』
柔らかい声。
わたくしの正面にスカーレット家の当主であり義理のお父様、ザクネスがいた。
『気を張り過ぎだよ。もっとリラックスしないと』
『わかりましたわ……』
修羅場とも言える場面でも彼は笑っている。
わたくしの肩をトントンと叩き、怒るに怒れない状況を生み出す。
そして飛び散ったお茶菓子を自らの手で片づけ始めた。
(不気味な人)
従者の仕事だろうとお父様は嫌な顔を一切浮かべない。
怒っている姿すら見た事がない。
他人からすれば優しい人なんでしょうけど……
わたくしからすれば、その張り付いた笑顔に違和感しか感じなかった。
『君も大丈夫かい? クビなんて真に受けなくていいからね』
『あ、ありがとうございます!!』
『お父様!! 何故お許しになるのです!?』
『寛大な心だ。人間誰でもミスはする……違うかい?』
『それはっ……そうですけど……』
わたくしだってミスはする。
だけど彼の態度とやらかした事を考えてほしい。
『へへ……ラッキー』
反省すらしない従者。
その姿にわたくしは更にイラつく。
『公爵家のリベル様をお迎えに行きますわ……』
『いってらっしゃい』
あぁもう。めんどくさいですわね。
この場にいても周りに当たり散らかすだけ。
逃げるようにその場を去った。
(スカーレット家は変わってしまった)
従者だけじゃない。
領内の雰囲気が緩みすぎている。
どこを見ても不真面目な行動ばかり。
『旦那様はいいよねぇ。ミスしても大体許してくれるし』
『公爵家の悪口言ったのに、 うやむやになったからなー』
『この前なんか昼間から酒を飲んでもニコニコしてたぜ!! 最高だよなぁ!!』
ジャンお父様が生きていたら、こんな事にはならなかったのに……
(あまりにも緩みすぎている……)
貴族に仕える人間としてどうなの?
いちいち注意してたらキリがない。
わたくしの威厳も薄れてきて、無視する人間も現れた。
なんでこうなるのかしら。
わけわかんない。
◇◇◇
「……レア?」
「っ……すみません、ボーッとしてましたわ」
屋敷へと向かう途中。
色んな過去が頭に流れてふらふらしてしまった。
「疲れてるんだろ? もう少し休むか?」
「早くお母様に会わせないといけないのに……はぁ」
人の少ない木陰に移動する。
ここの所イライラしてばかりでまともに休めてない。
威厳どころか情けない所しか見せてない気がする。
領民の前くらい堂々としたいのに。
(けど、ゼクスの隣にいるとリラックスしますわね……)
不思議だ。
今の彼と話しているとイライラする事が少ない。
呆れたり驚いたりする事はあるけど、何だかんだ一緒にいて楽しい。
……楽しい?
ゼクスと一緒の時間が?
わたくしも変わりましたわね……
「……強さと誇りのある人間になりたい」
「ん?」
「それが憧れていた亡きお父様の姿でしたわ。今では……この有様ですけど」
気を抜いたせいか弱音まで吐いてしまう。
「ジャン様を尊敬してたんだな」
「何故父の名を……いえ、もういいですわ」
相変わらず何でも知っている。
わたくしのストーカーでもしていました?
どうでもいい。
彼が何を知っていようと、変わる事は……
「レアは十分強いと思うけどな」
「え?」
意外な答え。
「誰に対しても堂々としている上にトラブルがあれば先頭で対応してくれる。魔法だって精度が高いし、全身を凍らされた時は一瞬死ぬかと思ったぞ」
「あれは……氷を壊して突撃するとは思いませんでしたわ」
「とっておきの奇策だ。驚いたろ?」
今の彼には驚かされてばかり。
わたくしに好かれたいとか、わたくしの為に無茶な事に首を突っ込んだり。
本当にバカ。
どうしようもないレベルのバカ。
「負けてもいいし失敗したっていい。何度でも這い上がって立ち向かうのも”強さ”なんじゃないか?」
「ゼクス……」
そんな大バカ者の言葉がスッと心の奥に入るのは何故かしらね?
「貴方が婚約者でよかった……かも」
「俺もだ。婚約者として出会えて幸せだよ」
「なっ……本当に口が上手いですわね……」
「レアを喜ばせたくてな。つい褒めてしまう」
「簡単に堕とせると思わないで……もぅ」
ゼクス・バーザムは変わった。
前より堂々として、
常に前を見ていて、
知識も戦術も何もかも進化した。
見違えるくらい彼は魅力的な人になって……
(大好きなんて絶対言いませんわ……)
このままじゃわたくしがチョロい女になってしまう。
ダメじゃないけど、なんかプライドが許さない。
本当に罪な男ですわね。
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m(_ _)m