第1話 モブキャラ、決意する
「貴方って本当につまらない男ですわね」
ドンッ!!
瞬間、俺は強く蹴り飛ばされ宙に浮いた。
「へ……?」
何これ? どういう状況?
強い痛みと共に俺は地面に尻もちをつく。
「まさか自分が?って顔。自分の価値を何もわかってませんのね」
「いや……その……」
目の前にはドレス姿の金髪美少女。
周りは知らない景色。
そして自分の身体が違う。
何もかもが知らない事だらけ。
その中でわかっているのは彼女が誰かという事のみ。
(レア・スカーレット!? ツイファンのキャラが何故いるんだ!?)
ツイン・ファンタズム。
俺が大好きな異世界アクションゲームだ。
プレイヤーは侯爵家の息子として学園に通い、ヒロイン達と交流を深めていく。その過程で武術や魔法を学んでいき、ゆくゆくは立派な当主に……
あ、そういうこと?
(ここはゲームの世界?)
原作キャラが目の前にいるんだ。
ツイファンの世界に決まってる。
ここは夢? 現実?
まだ蹴られた所が痛いから多分現実。
「……すまない。頭を冷やしてきていいか?」
「ご自由に」
整理する時間が欲しい。
未だ不機嫌なレアに背を向け、俺はこの場を離れる。
「相変わらず情けない姿……」
「ここの従者をやめて別の所に行きたいよ」
「あんなの伯爵家の恥さらしだ」
従者達の陰口。
ここでの俺の立場は思ってた以上によくないらしい。
(……なるほど。俺はクソみたいなキャラに転生したな)
頭の中を探って自分が何者かを理解した。
ゼクス・バーザム。
バーザム伯爵家の次男でレアの婚約者。
普段はレアから良いように扱われ、彼女からのパワハラを耐える日々を送っている。
武術も魔法も並程度。
家は貧乏で借金まみれ。
性格は……臆病で頼りがいがない。
終わってる。
転生ボーナスなんて存在しないハズレ物件。
付け加えるなら原作にゼクス・バーザムなんてキャラは存在しない。
名無し。ノーネーム。
つまりモブキャラってこと。
「しかも婚約者はレア……悪役令嬢が相手なんてな」
レア・スカーレット。
スカーレット家の侯爵令嬢でヒロイン……ではない。
主人公達と敵対し続ける悪役だ。
気に食わないヒロイン達から大事なものを奪い、
学園では一大派閥として暴れ回り、
主人公に何度も戦いを挑んだ。
その理由はただ一つ。
己の素晴らしさと強さを証明したいから。
『残念、貴方の婚約者はもうわたくしのモノ。捨てられた感想はどうかしらねぇ!?』
特に有名なのがヒロインの一人から婚約者を寝取るシーン。マジでクソだった。ヒロインが純情清楚な子なのもあって。
彼女のワガママに主人公もヒロインも振り回され続けた。終盤まで出番があるし、やる事なす事全部がウザいからユーザーからも嫌われた。
『わたくしが……わたくしがこんな所で死ぬなんて……あああああああああ!!』
最終的には魔族の親玉に裏切られて殺されるんだけど。あの悲痛な叫び声は何度やっても耳に残る。
最後まで悲しい人生だったな。
(何をしようか)
せっかくゲームの世界に来たんだ。
やるなら自由に生きたい。
貴族として成り上がる?
全部を捨てて冒険者として自由に生きる?
俺にはゲームの知識があるから大体の事はできると思う。
(少なくともこの世界で生きたいな……)
前世ではフリーターとして先の見えない日々を送っていた。
金もない。夢もない。
お先真っ暗で現実逃避ばかり。
唯一の生きがいがツイファンをやり込む事だった。
そんな俺に転生というチャンスがやってきた。
神が与えてくれた最後の希望なんだ。
「だったら……」
可愛い子とイチャイチャしたい。
前世では彼女ができた事がない。
ツイファンのハーレムルートで満足していた。
けど、この世界なら……
「……綺麗だな」
ふとレアを見る。
確かに内面は最悪。いきなり俺を蹴り飛ばして見下すような態度。
けど見た目は最高。
存在感をアピールする大きなドリルツインテと胸元。
対して顔や体はモデル並にしまっている。
「ふふっ」
「っ!!」
優しく笑う姿。
こんな姿、原作では一度も見せた事ない。
(悪役の救済ルート……)
原作では誰からも見捨てられた。
救済ルートなんて存在しない。
だけど現実は?
俺がいる。
ゲームをやりつくしたプレイヤーがいる。
もしもだ。
もしも”存在しないルート”を作り出せたら?
「面白い」
ゲーマーとして燃えるじゃん。
ツイファンは何週もしてヒロインのルートも何回も見てきた。
ゲーム知識でヒロインのルートを追うのもいいが、存在しないルートを開拓するのも面白そう。
いいじゃん。
それでいこう。
ツイファンには悪役サイドの美少女がそこそこいる。
攻略サイト無しの手探りプレイ。
頼れるのはゲーム知識と今までの経験のみ。
実質DLCってやつか?
「ご主人様、大丈夫ですか?」
俺に話しかける一人のメイド。
確か俺専属のメイドだ。名前はメディ。
原作にはいなかったが、ゼクスの記憶が教えてくれた。
「メディ」
「は、はい?」
「俺は変わりたい。あのレアがベタ惚れするくらいに」
「ベタ惚れ……ですかぁ」
メディは目をパチパチさせた。
今までのゼクスがする発言ではないから。
「でしたら一つ。自信を持ちましょう!!」
「ほぉ?」
「世界は俺を中心に回っている、くらいの気持ちで!! 貴族社会では強気な人が好かれます!!」
俺を中心に?
ゲームで無双してる時みたいな感じ?
つまりロールプレイってことか。
新しい人生。生き様から変えてみるのも悪くない。
どれどれ試しに……
「メディ、黙って俺についてこい」
「いいですねぇ……喰われそうな雰囲気がゾクゾクしますぅ」
本当に???
これであってるのか?
「私の好み……ではなく、今まで以上に魅力的です!! 攻め続ければきっとレア様も惚れますよっ♪」
「……なるほど」
貴重な女性視点の意見。
メディはメイドとして数多くの貴族を見てきたベテラン。的確なアドバイスだと思う。
後、ロールプレイするのは結構楽しい。
少し慣れないがこれでいこう。
というわけでレアの元へ戻る。
「待たせたな」
「あら?」
先程までより自信ありげな姿。
その変わりようにレアも気づいた。
「随分と調子づいて……そういえば蹴り飛ばされた時から雰囲気が」
「あぁ。余りにもゼクス・バーザムが頼りないからな。新しいゼクスをよろしく頼む」
「ぷっ……あははははは!! 急に面白くなりましたわね!?」
事実を伝えただけで大爆笑。
転生して中身変わったからな。
傍から見たら意味不明だけど。
「では、新しいゼクス。貴方は何故変わったのです?」
「レアに愛されたいから」
「わたくしに? まさか成り上がろうとお思いで?」
「そのままの意味だ。成り上がるのはあくまで通過点でしかない」
レアに好かれたいという思いは本物。
それが彼女に届くためのハードルがどこまで高いか。
「気持ちはわかりましたわ」
「ありがとう」
「けど」
ティーカップを置く。
和やかに話し合いが終わるかと思ったが、
ジャキン!!
「当主として最も求められる……”実力”を忘れてますわよ?」
素早く引き抜かれた剣が俺の喉元に突き立てられた。
「なら問題ない」
「あら? わたくしに勝てるとお思いで?」
魔法や戦闘スタイル。
ゲームのときよりややハードだが将来性はある。
俺の理想を叶えるには十分。
「縛りプレイは得意なんだ。大逆転を見せてやる」
ここからが俺の攻略ルートだ、レア・スカーレット。
崖っぷちだろうとお前を攻略してみせる。