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9【ロックス】

 手短に要件だけを済ませるため、もてなしの紅茶は出さなくていいと言った。


 情報屋のトップ、フェイは上っ面の笑顔を浮かべたまま。


 「アレクサンダー・リフォルドの情報を全て寄越せ」

 「…………あーー……っと」


 僕をチラリと見ては言葉を濁す。まるで聞かせたくないような。


 この人にそんな気遣いな一面があったことに驚く。


 めんどくさそうに頬を掻きながら、僕が出て行かないことにため息をついた。


 この部屋は殺風景だ。家具なんて一切なく、あるのはテーブルとソファーだけ。


 フェイが調べ上げた情報は紙に記さない。全て記憶している。


 それこそが情報屋が情報屋として成り立つ所以。情報を盗もうとする輩がいても盗まれる心配もない。


 情報の在処は頭の中なのだから。


 見たもの、聞いたもの。匂いや味。触れた感触でさえ決して忘れない。


 多くの情報を頭に取り入れては、嘘や尾ヒレとなった邪魔な部分を取り除き真実だけを導き出す。


 その特殊能力は活かせば王室専属の情報屋にでもなれただろうに。


 本人曰く、縛られるのが嫌らしい。


 「まず初めに。リフォルド公爵には妻とは別に女がいる」

 「その相手が知りたいんだ」


 すかさずヴォラン様が返した。


 まさかの展開に面を食らいながらも小さく笑う。

 知ってるなら話が早いと。


 相手は元男爵令嬢、オリビア・ゲーデル。今はもう没落して貴族ではない。


 出会いの場は貴族専用の酒場。


 平民が出入りする店と違って品格があり、堅苦しい店で僕は苦手。


 酒を飲みながら情報を交換したり、独身貴族が出会いを求める場でもある。


 成人してすぐ通い始めて半年後。二人は出会った。


 リフォルド公爵の一目惚れから関係は始まり、何度もデートを重ねる。

 出会ってから一年ちょっと。結婚を前提の交際がスタート。


 幸せな時間が続くと思われた矢先。男爵家が没落。ゲーデル令嬢は貴族ではなくなったのだ。


 その理由、原因が姉さんであると嘘吹き、幸せにさせないためにリフォルド公爵は姉さんと結婚した。


 幸せを奪うだけでなく痛めつけて、ありもしない罪の罪悪感で苦しめるだけに。


 屋敷の中で何が起きているのかもフェイはしっかり把握していた。


 姉さんは窓もない、元は物置部屋に閉じ込められている。

 いらない物だけしか置いていないとはいえ、万が一にも盗まれたくないからとわざわざ別室に移したのだとか。


 部屋には首を吊るロープが用意され、罪を自覚させるために遺書を書く道具まで。


 それはつまり……不幸せという絶望の中、孤独に一人死ねというメッセージ。


 食事なんて二日に一度パンと少量の水だけ。


 風呂なんて入れるわけがないから、一日に一度だけ濡れたタオルを渡し髪と体を拭かせる。


 姉さん、姉さん。貴女はそんな理不尽な目に遭いながらも伯爵家のために我慢を選んだ。


 自分を殺そうとする人間しかいない世界で戦うと決めた。


 だからこそ僕は、姉さんを傷つけた奴らを一人残らず許さない。


 「前から思っていたのだが。どうやって調べているんだ。かなり内部まで忍び込まないと得られない情報だろう」

 「そんなに難しいことじゃないんですけどね」

 「潜入でもしているんですか」

 「お貴族様の屋敷に?まさか!誰でも出来る簡単なことなんですけどね。まぁ。企業秘密ってことで」


 見た目が怪しいわけではないが、情報屋の人間は皆目立つ。


 「無理に聞きたいわけじゃない。それで?その女がジュリアンを目の敵にする理由は?」


 フェイの笑みは深まった。


 語られた内容にヴォラン様の怒りは頂点に達する。


 本人からしたら大事なことかもしれないが、第三者からしてみれば、そんなこと。


 そう。そんなことで、姉さんは片想いしていた相手に憎まれ殺されようとしている。


 リフォルド公爵にとって愛人の言葉しか信じる価値がない。


 事実確認をすることもなく、ただ鵜呑みにして。


 「フェイ。ジュリアンを特にいじめる使用人を連れて来い」

 「それは俺の仕事じゃないですけど」

 「連れて来たら五倍の額を払ってやる」

 「マジですか。じゃあ今夜にでも……ヘルメスの宿に呼び出しておきますね。公爵様自らが足をお運びに?」

 「そんなわけないだろう。話を聞くだけなら俺じゃなくてもいい」

 「おー、怖い怖い」


 貴族が一夜限りの関係を持つ遊び場。


 後腐れなく楽しめることで利用者は多い。


 互いに顔がバレないように仮面を付けるのがルール。


 離婚して周りからの信頼を失うことを恐れる貴族からしてみれば、こんなにも都合の良い場所は他にない。


 使う側の言い分としては、決して浮気や不倫ではなく関係を良好に保つための手段であると。


 「公爵様。連中の悪事をバラしたいなら絶好の日がありますよ」

 「いつだ」

 「おや。お忘れですか。三日後は貴方様の誕生日ですよ」


 自分には無関心。


 いつだって姉さんの幸せを一番に。二番目は公爵家に関わる人々の幸せを。


 当然のことながら自分の誕生日なんて覚えてもいない。


 「そうか。それは……好都合だな」


 自分の誕生日を断罪のための道具とする人は、果たしてこの世に何人いるのだろうか。


 三日後のために準備があるからと、ヴォラン様は屋敷に戻ることになった。


 その間、僕は動くなと指示を受ける。


 僕が公爵家に行けば姉さんは部屋から出られるかもしれないが、それは一時的。僕が帰った後に暴力を受けている可能性もある。


 結局、身分が低い者は何も出来ない。大切な人を守ることさえも。

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