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8【ロックス】

 「助ける、とは?」


 ヴォラン・サイラード公爵。国で一番の富と権力を持つ。


 ただ……。人前に出ることないため公爵の顔を知っている人はいない。


 今は弟のフィスト・サイラード様が代理として社交に出ている。公務はすべてヴォラン様がこなしているので問題はない。


 フィスト様が早く表に出てくれと嘆く以外は。


 「ジュリアンは想い人であるリフォルド公爵と結婚したんだろう?」


 「はい。しかし……」


 一瞬、伝えることを躊躇したが心を見透かそうとする深紅の瞳に嘘はつけない。


 僕の目で見たことと推測を話せば、ヴォラン様は静かな怒りに燃えていた。


 感情に飲み込まれてしまわないように冷静を保とうとするも、握り締めた拳は震えている。


 「俺はジュリアンの幸せのために身を引いたんだぞ」


 独り言のように呟いた。


 ヴォラン様は姉さんが好きだ。愛している。


 身分を明かすことなく“ラン”として接してきた。多分、姉さんはヴォラン様を平民だと思っている。


 会うのはいつもこの街でだけ。


 最初は本当に偶然だった。姉さんが僕の生まれた街を見たいと言ったのが始まり。


 姉としてこれまで僕がお世話になった人達に挨拶をしたいからと。


 僕だけではない。街のみんなも貴族のイメージが覆る。


 たかが平民のために、ここまで良くしてくれる貴族が果たして何人いるのか。


 姉さんは高圧的な態度を取ったり、理不尽に見下したりしない。


 優しくて笑顔で、すぐにみんなと仲良くなった。


 ヴォラン様とも初日に出会った。お忍び……いや、忍んではなかったな。


 従者も付けずに堂々と一人でいた所に姉さんが声をかけた。


 初めて見る顔に、僕はこの人が街の人間でないとすぐにわかったが姉さんは違う。


 街の子供だと思っている。


 昔、ここでカフェを経営していた老夫婦の孫。そう認識していてもおかしくはない。


 本人は肯定も否定もせず、気付けば僕達は仲良くなっていた。


 姉さんを見る目はいつも優しく、帯びた熱を隠そうともしない。


 向けられる本人だけが気付かないので、意地になっているのか好きだと伝えることはなかった。


 ──あんなにも好きオーラ全開だったのに。


 僕がヴォラン様を公爵だと知ったのはただの偶然。


 従者と共に迎えに来たフィスト様との会話を立ち聞きしてしまったのだ。


 そのときの顔を僕は忘れない。


 悲しそうな、騙していたことに罪悪感を覚えた笑顔。


 たった一言「ごめん」と謝って、去っていく背中。


 直感した。もう二度とランは、僕達の前に現れないと。


 それはダメだ。姉さんにとってランとの時間はかけがえのないもの。


 人見知りではないがあまり人と接するのが得意ではない姉さんが、ランといるときだけは自然体でいられる。


 ランがいなくなったら姉さんはきっと傷つく。それが何よりも嫌だった。


 僕は全てを知りながら、知らないふりをすることでヴォラン様をランとして縛ったんだ。姉さんのためだけに。


 僕如きの都合で貴重な時間を奪っていいはずがないとわかっていながら。


 嬉しそうに、無邪気な笑顔は会えなくなるのが寂しいと言ってくれているみたいで。

 

 約束をした。ここにいる間だけは身分なんて関係なく、ただのランてして接すると。


それは個人の間で交わされた約束ではなく、僕とサイラード公爵家で交わされた約束。


 だからこそ。僕が約束を破って公爵様と呼んだことは咎められるべきなんだ。


 もちろん!罰は後からいくらでも受ける。姉さんが助かった後になら。


 「事情はわかった。時間をくれ。俺がどうにかする」

 「それじゃあ!!ダメなんです。すぐにでも助けないと」


 あんなにもやつれて顔色が悪く、食事が与えられていない証拠。


 時間をかけている暇はない。


 僕の焦りと必死さは伝わり、「仕方ない」と呟きながら立ち上がった。


 「動くにしても詳細を知らなくては」

 「あ……ありがとうござます!」

 「礼はジュリアンを助けた後に言ってくれ」


 建物を出て、路地裏でひっそりと店を開く情報屋へ向かう。


 入ってすぐの正面に受付のカウンターがあり、そこには筋肉質の大男が睨みを利かせて座っている。


 大抵の人はこの迫力に負けて冷や汗をかきながら扉を閉めることが多い。


 「黒い太陽が沈んだ」


 これは合図。情報屋をまとめるトップに会いたいという。


 この店は表と裏。両方の世界に足を踏み入れている。裏の情報は金額が跳ね上がるが、間違いのない正確な情報のみを買えるのが売り。


 通常の人は階段を上った部屋に案内され、欲しい情報を買うのが一般的。


 カウンターに通され、仕掛け扉の向こう側に行ける人間は数少ない。


 大男は受付とは別に門番の役目でもある。


 向かい合うソファーの間にテーブルが置かれ、焦げ茶色の背中まである長い髪を束ねることなく垂らした男が退屈そうに天井を見上げていた。


 人が入ってきた音に視線だけを動かす。


 従業員ではなく客であるとわかっても態度を変えることはない。


 しばらく目が合い、めんどくさそくに頭を掻きながら立ち上がっては、胡散臭い笑顔を浮かべる。


 「ようこそ、いらっしゃいませ。本日はどの情報をお求めで?」

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