7【ロックス】
「アレクサンダー・リフォルド。必ず殺してやる」
姉さんから届いた結婚の報告。ずっと片想いをしていた公爵からの求婚。
文字からでも伝わってくる幸せが溢れ出ていた。
姉さんの幸せは僕の人生において、何よりも優先すべき事項。
平民の僕が伯爵家の当主になれたのは……そもそも。腐らずに貴族としての勉強を頑張れたのは姉さんのおかげ。
由緒正しき伯爵家に平民という異物が入り込むんだ。嫌われこそすれ、歓迎されるなんて誰が想像する?
いつもニコニコ笑って、名前だって呼んでくれた。
母さんを「お母様」と呼ぶことに躊躇いもなくて。
生んで育ててくれた実母が嫌いだったわけでも、無理に忘れようとしているわけでもない。
家族なのに他人みたいに線を引くのはおかしいと、そう言ってくれた。
それからだ。僕の全てが姉さんになったのは。
誰よりも幸せを願う人。世界で一番、幸せになって欲しい人。
シスコンと言われても大切なのだから仕方ない。
そんな姉さんが結婚をした。好きな人と。
祝福するために急いで帰ってきた。
愛妻家だと国の至る所で噂になっている公爵に好感を持ち、これから仲良くやっていけると信じていたのに……。
──裏切られた気分だ。
公爵は姉さんを蔑ろにしていた。
髪や肌は一応の手入れがされているも、爪はボロボロ。見るからに痩せこけ、サイズの合わない平民用のドレスを着せられて。
公爵夫人なのに侍女の一人もいない。
あんなに明るかった笑顔も暗く、疲れきっていた。
極めつけが公爵。あの男から香水の匂いがした。姉さんが付けていない女物の香水。
そう!あの男は不倫しているんだ!!
姉さんの心を弄ぶだけでは飽き足らず、苦しめて傷つけて。
──絶対に許さない。
僕が復讐に燃えたところで伯爵が公爵に楯突けるわけもなく。
証拠を集めるにしても僕だけの力では限界がある。
時間がかかれば、それだけ姉さんの身が危ない。
不倫相手と再婚するために姉さんを事故に見せかけて殺す可能性だってある。
──どこが愛妻家だ!!不誠実なクズじゃないか!!
姉さんが僕に助けを求めようとしなかったのは、公爵家には敵わないからだ。
どんなに優秀だろうと平民の血が流れる僕は純血ではない。
母さんと父さんの間に貴族の血を引いた子が生まれるまでの繋ぎ。代理のようなものに過ぎない。
僕に任せずそのまま継続していたほうが良いのだが、前妻のことがある。
人間、いつ死ぬかもしれない。
急な事態は残された者に苦労をかけると、僕を後継者に任命してくれた。
本来であれば姉さんの夫となる婿養子が継ぐはずだったが、公爵と結婚してしまったから。
平民である僕達親子を貴族に引き上げてくれて、不自由のない生活を与えてくれた伯爵家に恩を返すように、僕は一時的な当主を引き受けた。
平民が当主になれないわけではないけど、今回の僕のように正式な跡取りが生まれるまでの繋ぎ役でしかない。
家門のためにはその血を引く者が必要なのだ。
父さんは本気で僕に継がせようとしてくれているが、僕はそこまで傲慢ではない。
立場は弁えている。
人の上に立つべき相応しい人間が立つべきなんだ。
「ロックス様。到着しました」
「ありがとう。用事を済ませてくるから、待っててくれる?」
「かしこまりました」
「ごめんね。すぐ戻るから」
馬車が止まったのは僕が生まれた街。
王都と比べるとかなり小さいが綺麗な街並み。活気もある。
人もみんな優しくて温かい。
貴族社会に疲れたら、いつでも愚痴を聞いてくれると、新しい世界に行く勇気をくれた。
僕の大好きな居場所でもあり、“あの人”と初めて会った場所でもある。
何も変わっていない街並みは僕を安心させてくれた。
荒れていた心を穏やかにもしてくれる。
元はカフェだった建物。二階建てになっていて上は居住スペース。
経営は上手くいっていたが、店主夫婦は高齢。歳には勝てないと、僕がまだ街で暮らしていたときに惜しまれながらも店を閉めてしまった。
老夫婦は今でも元気に隠居生活を楽しんでいる。
今はもう空き家……というか新たに別の人物が買い取って憩いの場としている。
そこが僕の目的地。
ドアに付けられた鈴はそのままで、開けると音が響く。
カフェの名残はある。使われていたテーブルは隅に移動させられ、くつろぐためのソファーが二階から降ろされた。
そこに寝転がって本を読む歳上の男性。
昼間は日差しが差し込むから電気を付ける必要はない。
僕を一瞥しては体を起こし本を閉じる。
「久しぶりだね、ロックス」
この人の笑顔はいつも妖しげで、怖いくらいに綺麗だ。
長い前髪が目にかかり、美しい深紅の瞳を少し隠している。
耳に残る安定した声は心地良い。
喋り方は柔らかいのに、自然と出る圧のようなものが空気を重くする。
「どうしたの。俺に会いに来るなんて珍しいね」
「助けて……下さい」
絞り出した声は震えていた。
僕は無力だ。誰かに力を借りなければ大切家族一人、守れやしない。
僕には守るべきプライドなんてなく、その場に膝を付いた。
「姉さんを助けて下さい。公爵様」
サイラード公爵の血よりも赤い瞳がじっと僕を見据える。




