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 「ここは……?」


 目が覚めると薄暗い部屋にいて。かろうじて見渡せる。


 窓はない。


 電気は点灯し、いつ切れてもおかしくない状況。


 しばらくじっとしていと、目は慣れてくる。


 この部屋はあまり広くない。物がないため広く感じはするけど。


 汚れた大きめのタオルが一枚、無造作に置かれている。


 四隅には棚が置かれていた形跡があるので、移動させたのだろう。


 あとは何もない。


 いや……。天井からはロープが吊るされ、その下には台。


 まるで首を吊るための準備。


 タオルの下からは紙とペン。遺書を書けと言わんばかりに、全てが用意周到。


 扉には当然のことながら鍵がかかっていて出られるわけもなく。


 どんなに叫んでも人が来る気配はない。


 どうして……?私はアレクサンダー様の気に触るようなことをしたの?



『お前は私の妻になるためだけに、オリビアの家を破産させ、暴漢に襲わせたな』



 「違う!!」


 確かに私は。アレクサンダー様が好き。叶わぬ恋をしていた。

 でも……!!彼女のことは本当に知らない。


 愛しているオリビア様のことだけを信じているアレクサンダー様は、私が犯人であると確信している。


 ──証拠なんてないのに。


 そうか。どうでもいいんだ。アレクサンダー様にとって、オリビア様の言ったことだけが真実。


 例え証拠がなくても。


 愛する人を傷つけた私となぜ、結婚したのか。


 絶望を……与えたかったのだろう。


 愛する人と結婚をしたのに、その愛する人は別の女性だけを愛している。


 私には見向きもすることなく。


 この国では貴族と平民の結婚は認められていない。とは言っても、認められていないのはあくまでも平民落ちたした貴族。

 生粋の平民は伯爵までの爵位を持つ貴族となら結婚は許されている。


 つまり、オリビア様が生粋の平民だったとしても公爵位であるアレクサンダー様との結婚は、実現はしなかったということ。


 貴族の養子となれば可能ではあるけど、没落した貴族は養子縁組を受けられないため二人の結婚は……。


 愛する人を文字通り、“愛人”にするしかなくなったのだ。


 死ぬまで閉じ込められるのかと覚悟していたら、不意に扉が開く。


 公爵家の使用人。その手にはトレーを持ち、パンが乗っている。


 「ふん。奥様の優しさに感謝しな。この犯罪者!!」


 投げつけられたパンは固く、思わず小さな悲鳴を上げた。


 そんな私を見て使用人はいい気味だと笑う。


 アレクサンダー様と結婚したのは私のはずなのに、公爵夫人の座にいるのはオリビア様。


 ──この屋敷の人は全員、二人が愛し合っていることを知っているのね。


 ならば当然、私がオリビア様に何をしたのかも。


 冤罪だと、人違いだと訴えも聞き入れてはもらえない。


 使用人……公爵夫人の侍女に任命されたローラは二十代前半。

 可愛い顔をしているのに、私を見るその目は侮蔑の色しか伺えない。


 ローラは得意げに教えてくれた。昨夜、アレクサンダー様とオリビア様は夫婦の寝室で熱い夜を過ごしたと。


 悲しいはずなのに涙は出ない。


 私が受けている仕打ちを認めたわけではないけど、これはあまりに理不尽ではないだろうか。


 扉が閉まる寸前、アレクサンダー様に誤解を解くため部屋を飛び出す。


 部屋の前には赤いドレスを着て高級なアクセサリーを身に付けたオリビア様がいた。


 「オリビア様!どうして嘘をついたんですか」

 「嘘?」


 キョトンとしたオリビア様は瞬きを数回した。


 「私がオリビア様の実家を陥れたと」


 オリビア様は冷たい目で私を見下ろす。思わず息を飲んだ次の瞬間、自分で自分の頬を叩いた。


 「酷いわ!私が嘘を言っているなんて……」


 さっきまでの冷たさが嘘のように、温かな瞳から大粒の涙が零れる。


 自分で叩いた頬に手を当てながらその場にしゃがみ込む。


 「何をしている!!!!」


 廊下に響くのはアレクサンダー様の怒鳴り声。


 眉間に深い皺を寄せて睨む表情は恐ろしいものがあり、出かかった言葉が消えた。


 私とオリビア様を交互に見たアレクサンダー様は事情を聞くことなく、強く握り締めた拳が昨日叩かれた箇所を容赦なく殴る。


 今度は髪を掴まれていなかったため、体は後方へと飛び壁に背中を強打した。


 「大丈夫か!オリビア!!」


 怒りなど欠片も篭っていない優しく心配する声。


 膝を付きオリビア様の怪我を確認する。


 「ええ、私は大丈夫だよ」


 一人で立ち上がろうとしたオリビア様は足に力が入らないように、フラっと倒れそうになる。


 すかさずアレクサンダー様が手を伸ばし受け止めた。


 「ごめんなさい。ありがとう、アレク」

 「待っ……。オリビア様は自分で頬を叩いたのです!私ではありません!!」

 「何だと?」


 私の言葉に耳を傾けてくれたアレクサンダー様は、オリビア様をローラに任せて歩み寄る。


 「もう一度言ってみろ」

 「っ……オリビア様は自分で……ガハッ」


 長い足はお腹に蹴りを入れた。痛みに蹲っていると、何度も何度も蹴られ、踏まれる。


 「貴様如きがオリビアを嘘つき呼ばわりするのか!!」

 「奥様はその女に殴られました!私がこの目でしっかりと目撃しました!」

 「証人がいるのにすぐにバレる嘘をつくなど……!!」


 そうだ。この屋敷の人は皆、二人の味方。部外者の私に手を差し伸べて味方になってくれる人などいない。


 「オリビアは貴様のような卑劣な人間にも慈悲を与えた心優しい女性だ!恥を知れ!!」

 「アレク。もういいわ。それ以上は可哀想よ」


 下からだと人の表情はよく見える。


 私がアレクサンダー様に酷い仕打ちを受けているとき、オリビア様は嬉しそうに口角が上がるのだ。


 痛みのせいか意識は飛ぶことはなかったけど、動けない。


 ぼんやりとした視界に映るのはオリビアを抱き上げて、颯爽と去るアレクサンダー様の背中。


 残ったローラは動けない私を鼻で笑い、通りがかった男性の使用人に私を部屋に入れるようお願いした。


 私に触れることも嫌そうに、かと言ってこのままにしてオリビアの目に触れさせたくないからと襟元を引っ張られ、首が締まりながら部屋へと戻された。


 鍵の閉まる音は絶望よりも、虚しさが雨のように降り注ぐ。

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