25【オリビア】
私に見向きもしなかったあの男。
私から男を奪ったあの女。
ヴォランとジュリアン。
悪いのはあの二人じゃないの!!
なのにどうして!!!??
罪人として扱われなくてはいけないのよ!!
私が欲しいと思った時点で、あの男は私のもの。横取りした女狐を退治しようとしただけ。
何も悪いことなんてしていない。
私に罪を擦り付けたのは、あろうことかあの男。
──平民だと思っていたのに。
私が見た美しい瞳は、ずっと冷たいまま。
ゴミを見るかのような見下し。
あの女の弟もそうだ。卑しい平民のくせに私を殺すと脅迫までして。
……あの目は本気だった。
思い出すだけで心臓がギュッと締まる。
この私があんな平民に恐怖し屈した。
屈辱だわ。
それ以上の屈辱をあの女に味わわせることが出来たのだから、それだけは愉快。
汚らしい平民に純潔を奪われたあの女はキズモノ。
それが知られたとき、穢らわしいと周りに否定される。
「いい気味よ!!」
高らかに笑った。
滑稽な姿を思い浮かべると笑いが止まらない。
「おい。出ろ」
「え……?」
扉の鍵が開いた。
蝋燭を手にした看守の後ろにはアレクとローラ。
久しぶりに人の顔を見て、これまでに感じていた孤独は消え去った。
──やっと無罪が証明されたのね。
看守からの説明はなく、手に枷を着けられた。
勝手な行動を防ぐためか前後を看守に挟まれる形となる。
まともな食事を摂っていないせいで、階段を上がるのも一苦労。
少し歩けば息を切らす。
三人全員が鎖で繋がれているため、歩くにも慎重にならざるを得ない。
外に出されると、空はどんよりと曇っていた。
──雨が降りそう。
ぼんやりと眺めていると、私をこんな目に遭わせた張本人が目の前に立っていた。
相変わらず深紅の瞳は私を見下す。侮蔑と嫌悪を交えて。
「くっ……平民のくせに私を見下すなんて何様のつもりよ!!」
「僕は伯爵家当主だ。平民はお前だろう?」
卑しい血が流れているくせに!
「はぁ。一ミリも反省していないのか」
「反省して許しを乞うのはそっちでしょ!!この私が愛してあげたのに、よくも!!」
「ほらね?言ったでしょう?コイツらは生きている限り、己の罪を認めはしないと」
背筋が凍った。
たかが平民。高貴な貴族に生まれた私とは天と地ほどの差があるというのに。
私が二度も恐怖するなんて。
「これらが君を怒らせた愚か者達か」
顔を隠すフードの下から現れたのは、王族の象徴でもある金髪金眼。
この国に王子は二人。でも、そのどちらでもない。
「初めまして。私はジーク。隣国の王太子と言えばわかるかな?」
「ジーク殿下!!私を助けに来て下さったのですね!!」
絶望の表情は希望に照らされたかのように明るくなる。
アレクが王族と知り合いだったなんて聞いてない!
一人だけ逃げる気なのね。あんなにも私に愛を囁いておいて!!
「は?誰だお前は?罪人が気安く私の名を呼ぶな」
「ご冗談を。私です。アレクサンダー・リフォルドです!!」
「はて?リフォルド家に息子はいなかったはずだが」
「ええ。その通りです」
「なっ……!!」
こんなところに、わざわざ王族が足を運ぶなんて。
絶対に何かがある。アレクの言う通り、助けに来てくれたのだとしたら一体誰を?
私とローラに面識はない。アレクはたった今、切り捨てられた。
つまり……。私を妃として迎えに来たのね!
当然よ。私はどんな男も虜にする美貌の持ち主。
顔はヴォランのほうが好みではあるけど、まぁいい。妥協してあげるわ。
王妃になったら真っ先に、この連中を処刑台に上げてあげる。
泣いて許しを乞うなら、愛人として命を助けてあげてもいい。
平民のくせにそこそこ顔は良いみたいだし。
「末恐ろしいよ、ほんと。終身刑では納得していないからと、死刑制度のある我が国で処刑をさせるんだからな」
…………今、なんと?
「僕は姉さんを傷つけ泣かせる奴は誰であろうと許さない。それが例え、ヴォラン様だったとしても」
「心外だな。私はジュリアンを幸せにするさ。必ず」
「もちろん信じていますよ。貴方の姉さんに対する想いを」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!処刑って……そんなの認められるわけないでしょ!!」
「認められているから、こうして私が直々に来てあげたんだよ。心配しなくても陛下とは話がついている」
「い、嫌ァァ!!死にたくない!!私は二人に命令されただけ!!何も悪くない!!」
「随分と楽しくジュリアンへのいじめを語ったことを忘れたのか?」
「違っ……あ、あれは……」
このままでは本当に殺されかねない。
権力のないアレクでは私を守れないし、どっちにしてももう用済み。
死なない方法を考えないと。
「そうよ!私は隣国で罪を犯していない。そっちの国で裁くなんて不可能だわ!!」
「何を言っている?首をはねるために証拠をでっち上げるんだよ」
冷たく言い放つ。
目の前にいるのは、人の姿をした悪魔。
命を奪うことに躊躇いも罪悪感さえ抱かない。
「お前が姉さんを陥れるためにやったことと同じだろう」
「待って!謝るから!!ちゃんと、心から反省する!!そうだ!私が貴方と結婚してあげるわ!身分は貴族でもその血は平民。まともな縁談なんてくるわけがない」
「残念だが。ロックスは我が国一番の商人の娘と婚約している。貴様のようなみすぼらしい女が割って入っていいはずがない」
「みすぼらしい?この私が?」
「何を驚く。自覚しているくせに。一ヵ月も幽閉されていたんだぞ」
「嘘。そんなに……」
ずっと暗闇の中にいると感覚なんてものはすぐに狂う。
少なくとも私の体感では一週間程度。
食べること。寝ること。全てが作業であり、いちいち数えることをしなくなった。
「本物の貴族であったなら。我が妹と婚約させたいほどの男だよ。ロックスは」
「そのような評価をして頂き光栄です」
「この件だってお前の頼みでなければ引き受けもしなかった」
「殿下には感謝しています。無理難題を快く引き受けてくれたこと」
「友の頼みは断らないようにしている。それだけだ」
たかが平民のくせに王族と友達?
何かの間違いよ。だって、だって……!!
「アレクサンダー。僕はお前が姉さんを裏切っているとわかったあの日から、どんな手を使ってもお前を殺したくてたまらなかった」
「こんなことをジュリアンが知ったら」
「気安く私の婚約者の名を口にするな」
圧に負けてアレクはすっかり口を閉ざした。
「どうしてよォォ!!他の使用人だって同じことをしてたじゃない!!」
「あぁ、そうだな。ジュリアンを傷つけた罪は等しく同じだ。だが、お前達三人はその遥か上をいく。だから、終身刑という判決が下ったんだ」
ローラは蹲ったまま動こうとしない。ひたすら泣き続ける。
悪いのは全部、私とアレクだと訴えながら。
これまでなかった死が目の前に現れて、全身から血の気が引く。
私はまだ二十代で、人生これから。
こんな呆気なく終わるはずがない。
──嫌だ。死にたくない。
あぁ、ジュリアンもこんな気持ちだった?
身に覚えのない罪で目の前に死を突き付けられて。
たった独り、味方のいない暗闇で死を望まれる。
悪質で幼稚な嫌がらせに耐えながら、いつか誤解が解ける日を夢見た。
「ご……ごめんなさい。私、ジュリアン……さんに酷いことをしたわ。私はただ、貴方に……ヴォラン様に振り向いて欲しくて……」
羨ましかったんだ。ジュリアンさんのことが。
私に寄ってくる男はみんな、私の容姿が目当てだった。
実はアレクもその一人。
私の内面を褒めてくれたことは一度もない。
ヴォラン様はジュリアンさんの外見ではなく、内面、きっと性格を好きになった。
いつも笑顔で明るいジュリアンさんが……大好きなんだ。
嫉妬の本当の理由はヴォラン様じゃない。
多くの人に愛されているジュリアンさんが羨ましく眩しかった。
私を世界一可愛いと褒めてくれるお父さんは若い女にしか興味がない。
お母さんに至っては私のことを娘とも思っていないだろう。
当然だ。だって私も……イライラしたときにお母さんに当たることでストレスを発散していたのだから。
人を傷つけて、自分に死が迫ってようやくわかった。
己の醜さを。
男が私の外見しか見ていないように、私も男を外見でしか見ていなかったと。
「ジュリアンさんに謝らせて……下さい。ちゃんと、自分の言葉で」
「オリビア……」
生まれて初めて頭を地面に擦り付けた。これまでのプライドを捨てて。
誠意を伝えるにはこれしかない。
「お前が心から反省してようがしてまいが、どうでもいい。姉さんを傷つけた。その罪を僕は許さない。それだけだ。そもそも!尊厳を踏み躙った奴の顔を姉さんが見たいと思うのか?」
怒り狂う声はどこか冷静。
態度が気に食わないからと純潔を散らした。
そんな私の顔なんて見たくないだろうし、名前を聞くのも嫌なはず。
「そろそろ時間だ。行こうか」
「僕も同行します」
「情に流されて私が逃がすとでも?」
「まさか。信じていますよ。ただ、見届ける義務がある。僕には、コイツらが死ぬ瞬間を」
私達が別の国で処刑されることはここにいる人だけの秘密。
ジュリアンさんの耳に入ることもない。
終身刑判決が出た者にも被害者へ、謝罪の手紙を書くことが許されている。
私は書かなかった。書こうともしなかった。
悪いのは全部、ジュリアンさんであると逆恨みして。
そんな私からこの先一生、手紙が一通も届かなかったとしても私が反省していないと思われるだけ。
そうね。そういう態度を取っていたのだから仕方がない。
犯してしまった罪は消えない。どんなに償おうとも。
私に残された時間はあと僅か。未来にあるのは死。
どうして私は間違えてしまったのだろうか……。
後悔が遅すぎた。
今頃になって人の痛みを知るなんて。
彼には……私がジュリアンさんにしたことと同じ尊厳を奪わせることだって出来たのに。それをしなかった。
それがせめてもの優しさなのかは、私には知る由もない。
「私の両親は罪に問われるの?」
「父親だけだ。母親は被害者だからな。まぁ最も、犯罪に関与した事実で、娘を教育出来なかったのことを悔やみ、自らの意志で修道院へと足を踏み入れた」
「そう……」
良かった。罪に問われないなら、それで。
そんなことを思うだけで私の罪が帳消しになるわけではない。
ただ……私の記憶の中にもいたんだ。優しく抱きしめて、名前を呼んでくれる大好きなお母さんが。
「違う違う。悪いのは私ではない。騙していたオリビアだ」
「嫌よ。どうして私がこんな目に」
二人は私だ。罪を認めない、自分だけが可愛いだけの。
「本当にごめんなさい。ジュリアンさん」
届かない心からの謝罪を呟いた。
──もしも。出会い方が間違っていなければ。私は貴女の友達になれたのかしら?
そんなありもしない妄想が、ほんの少しだけ胸を軽くした。
処刑台へと続く道。
私達を乗せた馬車は進む。降り出した雨の中を。




