18
残されたアレクサンダー様は口を開かない。
ただ待っている。私が許すことを。
ヴォラン様が手配していた警備隊が二人を犯罪者として連行する。
これから待ち受けるのは厳しい尋問。
泣き叫ぶローラは父親に助けを求めるも、既に縁を切った娘には目もくれない。
「余計なことは喋るなよ?」
ロックスがオリビアに囁いた。
何を言われたのか、すっかり大人しい。
「ジュリアン。どうやら私は騙されていたようだ」
確かに。アレクサンダー様は騙されていた。
真実を確かめることなくオリビアの言葉を信じただけ。
「そうですね。ですが、アレクサンダー様がお望みになられたことでしょう?あのような仕打ちを」
許すことはあっても反論されるなんて思ってもみなかったようで。
痛みや傷はいずれ癒える。
前に進むためには許して、アレクサンダー様と向き合うべきなのかもしれない。
「全ては愛するたった一人の女性のために」
どんなに傷が癒えようとも、記憶が消えてなくなるわけではない。
許すか許さないか。その選択肢しかないのなら、私は許さない。
許したく……ない。
「私はお前と同じ被害者だ!!」
「許したら!!貴方の罪は消えるんですよ」
「罪も何も、私は被害者であり裁かれるべきは私を騙したオリビアだ」
こんなにも自分の罪と向き合うことなく他人に擦り付ける傲慢な人だったんだ。
好きになってしまったら、その人の良いところしか見えなくなる。悪いところは美化されてしまう。
「勘違いするな。お前は加害者で、被害者はジュリアンだけだ」
「部外者は引っ込んでいろ!!これは夫婦の問題だ!!」
「貴方と姉さんは夫婦ではない。結婚を無効にしていない以上、貴方は姉さんを騙し閉じ込め、暴力を振るった。ただの詐欺師だ」
「オリビアの話が嘘であると知っていれば、そんなことはしなかった!!どう考えても私は被害者ではないか」
「ならば裁判でもそう主張しろ。罪人かどうかを決めるのは司法であり、裁判官だ。連れて行ってくれ」
「ふざけるな!離せ!!」
両腕を掴まれながらも激しく抵抗しては、腕を振りほどく。
「ジュリアン。オリビアに騙された同士、お前ならわかるはずだ。裁かれるべきは誰なのか」
「アレクサンダー様は一体何をそんなに怯えているのですか?」
「何だと?」
「ご自分は被害者であると絶対の自信があるのであれば、私に縋る必要はないと思いますが」
裁判になれば私の証言が重要となる。
同情に訴えて私を味方に付けておかなければ勝ち目はない。
無罪にならなくとも罪の重さだけでも変えたいのだ。
聡明なアレクサンダー様はもう気付いている。
裁判は確実に負けると。
公爵家の歴史に泥を塗っただけでなく、裁判でも負けたとなると爵位の剥奪はもちろん、後世まで語り継がれる愚かな公爵に成り下がる。
そんなことはアレクサンダー様のプライドが許さない。
「わかっているのか!もし仮に、私が負けるようなことがあれば離婚することになる。お前は不名誉な傷モノとして嘲笑われ、二度目の結婚も迎えられない!!」
「言ったはずですよ。姉さんと貴方では夫婦ではないと。よって離婚なんて不名誉は背負わない」
「平民の血如きが私を見下ろす気か。あぁ、そうか。お前は血の繋がっていないジュリアンに懸想しているんだな。だから、そんなに必死になって現実から目を逸らしているのか」
「バカもここまでくると清々しい」
呟いたロックスはあまりにも爽やかで、笑顔。
胸騒ぎが起こるよりも前にアレクサンダー様の右頬にロックスの拳がクリーンヒット。
警備隊を振り払わなければ体が後方に飛ぶこともなかった。
「今のは姉さんが受けたほんの一部の痛みだ」
不意打ちだったために防御をする暇はなかった。
歯は折れて、口の中も切れて血を流す。
「ははは!見たか!今のは立派な暴力だ!!警備隊!さっさとその平民も捕まえろ!!」
警備隊は動かない。
集まった貴族も白い目でアレクサンダー様を見ていた。
「今の発言はねぇ……?」
「侮辱したリフォルド公爵に非があるだろう」
「彼がどれだけ姉を慕っているのか知らないんじゃないのか」
どうやらロックスは令嬢や子息達から絶大な人気と信頼を得ているようだ。
──いつの間にそんな……。
多くの視線は鋭い針となりアレクサンダー様を突き刺す。
乱暴に立ち上がらされ、引きずられるように連行された。
扉が閉まる瞬間まで私の名前を呼び、間違った証言だけはするなと叫んだ。
もちろんそのつもり。
裁判で嘘の証言をするのは神を欺くのと同義。
嘘偽りを述べないことは暗黙のルールである。
裁判の前に待ち受けるのは厳しい取り調べ。
アレクサンダー様はずっと同じことを繰り返すのだろう。
裁かれるべき罪人はオリビアだけであると。
「お集まりの皆様。本日はお騒がせして大変申し訳ございませんでした。パーティーはまた日を改めて開きますので、そのときにまたご招待させて頂きたいと思います」
恭しく一礼した。指先にまで気を遣われた美しい所作。
見惚れてしまう。
お手本にしたいではなく、お手本にするべき洗礼された動き。
会場から人はすぐにいなくなり、残されたのは私達だけとなった。