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「犯罪者の分際で私を見下すつもりか!!」
「犯罪者はお前だ。アレクサンダー・リフォルド!!」
声を荒らげるヴォラン様が珍しいのかフィスト様は目を見開く。
ズレてもいない眼鏡を中指で押し上げる姿は動揺を隠しているようにも見える。
「法を破り、誓いを破り、神をも裏切った。罪人と呼ばすしてなんと呼ぶ?」
「では、そこの女狐はどうなる!!」
「今はお前の罪の話であり、彼女は関係ない」
アレクサンダー様が一歩前に踏み込むと、警戒してかヴォラン様が私達の間に割って入る。
手が出ようものならヴォラン様は容赦をしない。
……ランは強かった。
酔っ払った大人を簡単に制圧してしまうほどに。
酔いすぎて本気を出していなかったとしても、ランの強さは尋常ではない。
騎士と同等の訓練をしていなければ、あの強さは得られないはず。
「お前の罪は他にもある。ジュリアン・スコット令嬢の監禁並びに暴行。ましてや死を強要するなど」
「部外者のお前がなぜそれを……」
言いかけて、口を閉ざした。
認めたのだ。自らが。
そして。周りからの非難により自分の行いが常識の範疇を超えていると気付いた。
口を噤む。余計なことを言ってしまわないように。
黙秘は誰もに与えられた権利。心象は悪くなるけど。
代々のリフォルド公爵が築き上げてきたものが崩れていく。
失った信頼は二度と取り戻せない。
アレクサンダー様はどうにかこの場を取り繕えないかと、頭を回転させている。
「聞く相手を変えよう。そこの侍女。全てを話せ」
「っっ!!」
上から押し潰すような圧。
いつも私を見下していたローラの体は震え、身を守るように小さく蹲る。
「私は話せと言ったんだ。聞こえなかったか?」
僅かに視線を上げたローラの目に映ったのは、隠すことのない怒りを纏うヴォラン様。
小さな悲鳴を上げて、アレクサンダー様とオリビアの顔色を伺いながらも屋敷での私の扱いを事細かく話した。
中にいる人間だからこそ、その言葉に信用性はあり、同時に。そんなことをしていたのかと周りからの目は厳しいものになる。
アレクサンダー様からの命令で、オリビアを公爵夫人として扱い私は部屋に閉じ込めた。
食事は気が向いたときに運ぶ。何日も放置して捨てるだけとなった固いパンを。
人間ならざる扱いを受け続けた私に同情の声が寄せられる。
愛のない政略結婚だとしても、公爵夫人に対する扱いではないと。しかも、立場を弁えず使用人までもが見下すなんて信じられない。
いくら命令だったとはいえ、公爵家の品位を疑う。
ローラだけではない。他の使用人も含めて、私に意地悪をすることでオリビアにしたことへの仕返しのつもりだったのだ。
「では、今一度問う。彼女はそのオリビアに、何をした?」
「奥様……オリビア様の実家を没落させて暴漢に襲わせようとしました」
「証拠は?指示書なり雇った暴漢を捕まえて自白させたんだろう?でなければ、彼女にした仕打ちに納得する者はいない」
「そ、それは……。旦那様がオリビア様から聞いて……。だから……」
「ハッ!つまり!証拠なんて物は一つもなく、被害者とされる側の話だけを鵜呑みにして、彼女の話は一切聞かなかったと!!」
全身の震えは止まることなく、激しくなる一方。
圧なんてそんな優しいものじゃない。
リフォルド家で私がずっと向けられてきた殺意。それと同じ、それ以上がローラの上にのしかかる。
使用人が雇用者に絶大な信頼があるのは当たり前。信頼関係で成り立っているのだから。
でも。それとこれは全くの別物。一方の話だけで決め付けていいわけがない。
多くの視線に晒されたローラは被害者のように泣き出す。
招待された貴族の中にローラの家族はいる。泣いたら助けてもらえると信じているのだろうか。
「ええい見苦しい!!ローラ!泣けば許されると思っているのか!!」
声を荒らげた中年男性。どことなく目と鼻が似ている。あの方がローラの父親。
「お前が侍女に選ばれたときに言ったはずだ。お前は公爵家の使用人、そのことを忘れるなと」
「お、お父様?」
「公爵夫人を蔑ろにするだけでは飽き足らず、あろうことかリフォルド公爵の愛人を奥様などと……!!お前のような娘は勘当だ!二度と家門を名乗ることは許さん!!」
「そんな、待ってお父様!だってオリビア様が……」
不自然なところで言葉が詰まった。言い訳でも考えているのかと思われたが、そうではない。
やはり父親だ。伯爵はすぐに違和感に気付く。
大股で歩み寄ってはバチンと頬を叩いた。
これには予想外だったのかヴォラン様は目を丸くして驚いている。
「よもや、お仕えすべき主の名を知らぬというのか!!」
オリビアは数えるほどではあるけど私の名前を呼んだ。ローラもその場にいたけど、私の名前なんて覚える価値がないと聞き流していたのだろう。
主の名前を覚えられないなんて、侍女失格。
どこからかそんな言葉が飛んでくる。鋭く尖ったナイフのようにローラの心を抉っては深い傷を残す。
公爵家の侍女に選ばれるなんて、余程の努力をしなければならない。
ローラは自分で自分を裏切った。
誰からも救いの手が差し伸べられないほどに。
「奥様!!奥様ならわかってくれますよね!?私は逆らえなかったんです!ああするしかなかった。信じて……くれますよね?」
なぜ彼女は私に縋れると思っているのか。
あぁ、そうか。この期に及んでまだ私のことを見下しているんだ。
アレクサンダー様に愛されなかった可哀想な女。
だからこそ、同じ可哀想な女である自分を助けるのは当たり前。
「貴女の奥様はオリビアでしょう?」
そう言ったのは他でもないアレクサンダー様であり、一度も私を奥様と呼ばなかったのはローラ。
「どうして!!全部話したら助けるって言ったじゃない!!」
涙でぐちゃぐちゃになったローラの視線の先にいるのはヴォラン様。
「助ける?私が犯罪を?面白くない冗談だな」
必死に掴んだ糸は呆気なく切れた。