13
ヴォラン様もフィスト様と同様にはアレクサンダー様に目もくれない。
憶測は加速する。
彼は私の知るランではなかった。
初対面のように線を引いて話す彼は、ヴォラン・サイラード公爵なのだと嫌でも思い知らされる。
先に会場入りをしていたであろうロックスはヴォラン様と握手を交わす。
それが益々、会場を混乱させた。
リフォルド公爵家を差し置いて、しがない伯爵家と交流があるのだから。
「本当にいいのか」
「僕の幸せの中心にいるのはいつだって姉さんです」
何やら二人は緊密な話をしていた。
不適に笑ったランは私の手を引いてアレクサンダー様から引き離す。
私を守るかのようにロックスは前に出た。
「アレクサンダー・リフォルド。これよりお前の罪を告発する」
氷より冷たい声。感情がこもっていない。
美しい深紅の瞳が冷徹さを映し出す。
笑顔なんてない。ただ無表情。
罪。その一言に全員の興味が注がれる。
注目を浴びて、今だけはアレクサンダー様が世界の中心。
「罪?私が罪人だと言いたいのか!!」
「そう言ったつもりだったが伝わらなかったか?」
淡々と答える。
一方は冷静。一方は感情的。
お芝居よりも面白いと、誰もが内なる好奇心を推し殺そうともしない。
サイラード家の騎士に連れられてきたのは、屋敷で悠々と留守番をしているはずのオリビア。ローラも一緒だ。
二人とも顔面蒼白で、特にオリビアはヴォラン様を見ては震え俯く。
「この国では一夫多妻制、つまりは重婚は認められていない。そのことはご存知かな。リフォルド公爵」
わざとらしくバカにした言い方。
私に暴力を振るうときもそうだった。取り繕えないほどに冷静さを欠く。
それを見越してのことだとしたら、ランはなんて……。
「当然だ!!法律で定められていることだからな」
それは初代国王が決めたこと。
たった一人を愛し抜けぬ者は人に在らず。
それが口癖だったとか。
結婚は二人でするもの。政略結婚であろうと、相手を裏切ることは神への誓いを破るのと同義。
故に誰もが相手を尊重し愛する。
この状況でなぜ、ヴォラン様はそんな確認をするのか。
疑問が確信へと変わったのは、瞳の中に侮蔑の色を見つけた瞬間。
まさかと思いつつ私の視線が動いたことを見逃さなかったヴォラン様は僅かに口角を上げた。
「ではなぜ君は、平民落ちした元貴族と結婚していながら、別の女性とも結婚したのか。その理由を我々にわかるように述べてもらおうか」
高らかに、宣言をするかのように声は響く。
好奇の目は一変。
アレクサンダー様に憧れていた令嬢達は軽蔑する。
あれ?おかしいな。
アレクサンダー様は私のせいでオリビアと結婚出来なかったと言っていたはず。
「違う!!オリビアはこの女狐のせいで平民に落とされただけで!!」
「それは私の求める答えではない」
冷たく言い放つ。
どちらが格上かがハッキリしてきた。
アレクサンダー様の鋭い視線からロックスが守ってくれる。
大きく逞しい背中。もう子供ではないと実感した。
「そうだ。確かに私とオリビアは結婚をした。だが!!女狐の陰謀により貴族ではなくなったオリビアとの結婚は無効だ!!」
「ふっ……」
完全にバカにした笑い。
「確かに無効にはなります。ですが。結婚をしたという事実が消えるわけではない」
今度はロックスだ。
ヴォラン様は公爵位と同じ階級だったらまだ我慢をしていたアレクサンダー様も、階級が下であるロックスには激しい嫌悪感を抱く。
それでも、怯むことなく堂々としている姿は伯爵家当主そのもの。
「結婚を無効にするには神殿に行き、その旨を伝える必要があります。貴方はその手続きをしないまま姉さんと結婚した。重婚したことになる。平民ですら知っている最低限の礼儀であり知識ですよ。リフォルド公爵」
「たかが平民風情が私と同等に口を聞くことが許されると思っているのか!!!!」
「ロックスは!確かにその血は平民かもしれません。しかし。我がスレット伯爵家の当主です。そのような侮辱はおやめ下さい」
「誰に向かってそのような口を聞いているのだ」
「アレクサンダー・リフォルド様です」
「き、貴様……!!」
どんなに凄まれても目を逸らすことはない。
見下す対象でもある私が思い通りの行動を取らないことが、更なる怒りを爆発させた。
私は私のことなら、頑張って我慢出来る。
一度は負けて間違った道に進もうとしたけれど。
理不尽に命を捨てたくなかった。
私が私を信じなければ、誰にも信じてもらえないんだ。
手の震えは止まる。
恐怖は完全に拭い去ったわけではないけど、立ち向かえる。
正当な跡取りが生まれるまでの繋ぎでいいと自らの地位を望まない心優しいロックス。
平民だからとバカにされないように勉強も作法も頑張りすぎるほど頑張った。
人知れず、夜も遅くまで机に向かう背中を何度見てきたことか。
伯爵家長男としての覚悟。貴族社会から取り残されないように歩みを止めることもなく、ひたすらに突き進む。
私はそんなロックスを尊敬さえしている。
大切な弟を侮辱する人を、例えアレクサンダー様でも私は許さない。