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 「サイラード公爵の……誕生日パーティー?」

 「そうだ。貴様にも招待状が届いている。連れて行かないわけにはいかない」


 サイラード公爵もリフォルド公爵にそこまで接点はなかったはず。


 噂も聞いたことがない。


 仲が悪いわけではないけど、いがみ合っているわけでもないとか。


 ただ会う機会がないだけ。


 今のサイラード公爵は代理を務めているだけで、当主は別にいるらしい。


 サイラードに関する噂はもう一つ。噂は嘘で、フィスト・サイラード様が本物の当主であると。


 「いいか!勘違いするなよ!!私の妻はオリビアだけだ!貴様は仕方なく連れて行くだけ。私の妻と名乗ることは許さんからな!!」


 ロックス一人に会うときとは違う。多くの貴族が集まるサイラード家主催のパーティー。


 その場凌ぎでは私がまともな生活を送っていないことがバレる可能性があるため、パーティーまでの二日間だけ人間らしく暮らすことを許された。


 私に侍女は付かずメイドが数人、監視のために付くだけ。


 身の回りの世話はしてくれず、アレクサンダー様とオリビアがどれだけ理想の夫婦か、私のせいで二人の幸せは壊れたと嫌味を言うばかり。


 食事もこれまでの比にならない。ただ、小さくなりすぎた胃では完食出来ずに、結局は陰口を叩かれる。


 お風呂に入れば乱暴に髪や体を洗われることに、たった一回で慣れてしまった私はおかしいのだろうか。


 人と接することを息苦しいと思う日がくるなんて。


 今はただロックスと、ランに会いに行きたい。


 どこかに出掛けるわけではなかったけど。何もせずに喋るだけのあの空間が好き。


 十年前の“あの日”からランと会う回数は減っていった。


 私からよそよそしくなって、気付けば目を見て話せなくなっていたんだ。


 「やっぱり私はお留守番なのね」


 アレクサンダー様の隣にオリビアがいる光景は当たり前となり、もう見慣れてしまった。


 感情に左右されることなく、二人の会話を聞き流すだけ。


 ──ロックスは招待されているのかな。


 サイラード家と繋がりがないのは我が家も同じ。


 これを機に繋がりたいと考えてくれているなら、可能性はある。


 またロックスに会えるかもしれない。それだけで私は嬉しかった。


 「ジュリアンさんも可哀想。公爵夫人になったのにアレクに愛されず、お飾りの妻にしかなれないなんて」


 事ある毎に私を「可哀想」と言うのは優越感に浸り見下したいからだろう。

 それがどれだけ無礼であるか知っていながら。


 無反応なのがよほど面白くないのか、オリビアの表情は悔しさに醜く歪む。


 「アレク!行きましょう」


 人間らしい暮らしが出来ても、薄暗い部屋から出られるわけではない。


 明るい場所にいたせいで、慣れてしまった暗さは余計に暗く感じる。


 「大丈夫。私はもう……大丈夫」


 非人間扱いされることに心が痛むことはなくなった。


 孤独に寂しく思うことはあっても、それ以上にロックスとランと過ごした楽しい時間が生きる希望になる。


 たった二日だったけど、久しぶりに人間に戻れた。


 この夜が終われば初めて公爵夫人として外に出る。


 ──人目を気にして同じ馬車に乗るのかな。


 想像するだけで嫌だなと思ってしまった。


 あんなにも好きだったアレクサンダー様に失望したわけではない。今はもう好きではないだけ。


 それだけ……なんだ。


 カチャっと鍵の開く音がした。


 まだ朝には早いのに。時間はわからずとも、それくらいはわかる。


 私が部屋に戻されたのはまだ夜が深くなっていない時間帯。


 不思議に思っていると、隠すことのない敵意を剥き出しにしたオリビアが腕を組んで立っていた。


 「ムカつくのよ、あんた」

 「私が傷つかないから?」


 強がりではない。怯える必要がなくなったから、私は強気でいられる。


 過ぎた思い出が勇気をくれるんだ。


 「うふふ。いつまで強かっていられるか楽しみね」


 不気味なほどに柔らかい笑み。


 後ろから執事の恰好をして見慣れない男性が立っていた。


 「彼はね。私のお友達なの」


 脳が逃げろと危険信号を送ってくる。


 いつもより心臓がうるさい。手も震えている。


 「貴女が悪いのよ?私の彼を取ったりするから」


 知らない。何のこと。


 アレクサンダー様は最初からオリビアのことを愛していた。


 私は二人の人生に関与もしていない。不参加というやつだ。


 「顔は傷つけたらダメよ?明日はパーティーなんだから」

 「へへ。了解だ。オクサマ」


 下衆な笑みを浮かべては私の上に馬乗りになり、力で押さえ付けられる。


 抵抗らしい抵抗は出来ないまま、私は純血を奪われた。


 それを楽しそうに見ては、全てが終わった後に優越感に浸りながら動かない私の耳元で囁く。


 「良かったわね。女の喜びを知れて」


 その声は、表情と同様に歪んでいる気がした。


 悔しくて涙を流せば、可愛らしい満面の笑顔で私を憐れむ。


 いつものように「可哀想」と。


 「大好きなアレクには愛されず疎まれて、平民のゴロツキなんかに純潔を捧げるなんて、ジュリアンさんはよっぽど男好きなのね」


 外部の人間を屋敷に招くなんて一人の力では難しい。協力者であろうローラは今夜、何もなかったかのように後始末をする。


 明日のためにこっそりとお風呂に連れて行かれ洗われては、オリビアに感謝しろなんて訳のわからないことを言われた。


 今の私には言葉の意味を考える余裕なんてない。


 これまでにない深い絶望に、命を繋ぎ止めることに必死だった。

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