10【アレクサンダー】
くそっ!忌々しいあの女!!
オリビアへの罪を認めないどころか、嘘つき呼ばわりするなど。
今日、訪ねて来た弟もあの女に似て非常識な男だった。
本来、貴族とは最低でも三日前に先触れを出すのがマナー。
そんな基本も学んでいないようなド底辺の平民が繋ぎの間だけとはいえ伯爵になるとは。
まぁ、平民なんかと再婚するような男だ。考えなしのバカなのだろう。
「平民……」
貴族と平民の結婚が認められていながら、平民落ちした元貴族との結婚が認められないのが法律。
平民に落ちた貴族は、貴族の養子になることも不可能。
それだけ貴族に対する信頼は厚く、一度落ちた信頼は決して戻らない。
そういう意味なのだろう。
例え……他者の策略により落とされたとしても。
数年。あと数年すれば他国の友人がオリビアを養子として迎えてくれると約束した。
そのときに、あの女が死んでいれば俺はオリビアを妻として迎えられる。
離婚は出来なくとも、死ねばいいのだ。自らの非を認め罪を自白することがあの女の役割。
「ふぅ……」
あの女が部屋に戻ると、ようやく息がつけた。
最近では顔を見るだけイライラしてくる。
昔から私に言い寄ってくる女は多かった。金と地位にしか興味のない、薄っぺらい女共。
大して変わるわけでもないのに無駄に着飾り金をドブに捨てる行為は理解し難い。
俺にとって女性とはオリビアだけだった。
成人してから友人と暇なときに足を運ぶようになった酒場。
そこで運命の出会いを果たした。
他の女とは違う。着飾ることも擦り寄ってくることもなく、俺に興味を示さないことに、俺は興味を惹かれたんだ。
生まれて初めて自分から女に声をかけた。
リフォルドの名を出せば女は簡単に落ちる。
実際そうだった。今まで出会った女は皆。
だが、オリビアは……。「すごいですね」と一言感心するだけ。
俺の名前を聞くことなく帰ろうとするその腕を掴んだ。
「アレク?どうしたの?」
「いや。オリビアとの出会いを思い出していただけだ」
初めて恋をした相手が私の隣にいる。こんなにも幸せなことはない。
将来、公爵夫人として私の妻になるはずだったオリビア。
その未来を奪ったのは一度として会ったことのない伯爵家の令嬢。
俺の家柄だけで好きになったような女が、俺の妻になるためだけにオリビアの家を陥れた。
散財させるために宝石やドレスを売り付け、手元に金がなくなれば悪質な金貸しに借金をするように脅した。
それだけではない。
オリビアの尊厳を奪うべき、ゴロツキを雇い襲わせようとしたのだ。
俺が駆け付けて未遂に終わったから良かったものの、一歩間違えたらオリビアが心に癒えない傷を負うところだった。
──許せない。許せるはずがない!!
借金完済のために全てを売り払い、領地を収める能力がなくなった男爵家は終わりを意味する。
平民へと落ちたことにより、必然的にオリビアは私の妻にはなれない。
それもこれも全て、あの女のせいだ。
だからこそ俺は復讐を決めた。
何があってもあの女に幸せを与えない。
絶望の中で生かし、孤独に死んでいくように結婚までしてやった。
求婚を申し込みに行った日。あの女はみっともなく泣いては喜んでいた。
当然だ。オリビアを傷つけてまで得ようとした座を手に入れたのだからな。
俺の怒りに気付くことなく、ただ喜ぶ姿は気持ち悪くて人の皮を被った化け物にしか見えなかった。
こんな穢らわしい女が俺の妻になるなど虫唾が走る。
リフォルドの名を語り、俺の妻として隣に立つ姿に鳥肌が立った。オリビアの幸せを奪った卑しい女が、オリビアの代わりに公爵夫人になる。
──今すぐにでも殺してやりたい。
死ぬまで生かしてやっているというのに感謝をするどころか、被害者面をする図太い精神の持ち主。
どんな理由があろうとも公爵夫人になってしまった以上、一切の社交から逃れるわけもなく。
年に四回。王家主催のパーティーを毎回、欠席したらどんな噂が立つか。
オリビアではない女を妻として紹介しなくてはならない苦痛。
愛するオリビアを屋敷に残してパーティーに出席するなど心苦しい。
想像するだけで胸が痛くなる。
幻ではない、目の前にいるオリビアを抱きしめた。
この温もりがいつも俺に安心をくれる。
「可哀想なアレク。私がずっと傍にいてあげるからね」
こんなにも俺のことを理解してくれるのはオリビアだけ。
今日の仕事はほとんど片付けてあるから、夕食まで誰も部屋に近寄らないよう使用人には指示を出す。
普段のオリビアは美しいが、場所が変われば可愛くなる。
甘く痺れる声で俺の名前を呼ぶ。
二人見つめ合い、どちらからともなくキスをする。
俺を求めて、俺だけを見てくれるその瞳に体の熱が込み上げてきた。
「愛している、オリビア。お前がいれば他には何も望まない」
「私もよ、アレク。貴方が……一番好き」
妖艶に光る青い瞳は俺の心臓を貫く。
奪われたくない。オリビアは俺のものだ。
それを主張するように激しく抱いては、オリビアとの幸せな時間に嫌なら気分は吹き飛ぶ。
やはりオリビアだけだ。俺を幸せにしてくれるのは。