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Ⅰ.三節

 本日は一層の美しさを主張している、正円を映しだした満月だ。

 月光に()ちた地上をなぞり、なんとか小走りで目的の場所に辿り着いた。


「やっとついたのね。随分遅かったじゃない。私への嫌がらせかしら」

 翡翠の瞳に月の光を宿しながら、嫌味を放つ少女に吐息(といき)をつく。


「絶賛嫌がらせを受けているのはこっちだよ! こんな遅くに急に呼び出しておいて、よく減らず口を叩けるな」


 既にパジャマ姿だったもので、急ぎで普段着にフォルムチェンジして来てやったというのに無茶苦茶なやつである。


「あら、心外。こんな美少女を目の前にしてよく平常心を保てるわね」

「こうも出会ってすぐにそこまで愛着湧かねぇから」

 いやちょっとは愛着湧いてるのかよ。

 それにしても、変わらず俺に不行跡(ふぎょうせき)を働くやつだ。

 縦伊志(たていし)の言葉の端々(はしばし)には、自信が満ち溢れている。彼女のそんな行動も、悔しいながらこの顔立ちのおかげで半減されているようなものであるが。

 暗所で(かす)かな街灯だけが彼女を照らしていた。

 以前と同様、白いセーラーを纏っている。学校帰りなのだろうか。


 そんな中、積載した疑念を払拭すべくして、俺は彼女に問いかけた。

「それよりも、この空白の期間なにしてたんだよ。何も言わずに空間転移なんてするから、てっきりテンパっちゃったよ」


 彼女はわかりやすく眉をひそめては口をとがらせていた。

「人の話、聞いてなかったのかしら。意味が解らないことを口走らないで頂戴」

 こうも即座に切られてしまうと、流石の俺も涙目である。


 人の話をろくに聞かないのはどっちだよ、まったく。

「ところで、なんでこんな場所まで呼び出したんだ?」


 俺が縦伊志に言われ訪れたここは、明日に皆望(みなみ)ジェリーのライブが開催される武道館の鼻の先。北の丸公園の敷地内にある、科学技術館前である。

 偶然か必然か。そんなこと、知る(よし)もなかったが。


「まだその説明はしていなかったわね。よく聞きなさい。この公園で迎え撃つのよ、あなたに殺害予告をした犯人を」

「迎え撃つって……さすがに突拍子がすぎるぞ」

「驚いた。あなた、余り驚くことがないのね。感受性が欠けているの?」

「はいはいそういうのいいですから。説明を続けてどうぞ」


 感受性が欠けているのはどっちだよ。


「え、ええ解ったわ。そのあなたを殺そうとしている犯人がじきに、この近辺に姿を現すことになるの。そこで私たちが取り押さえるのよ」

「本当にヤツがここに来るのか?」


「そうよ。何度も言わせないで頂戴」

 彼女は、俺の顔にビシッと指を向けてそう言い放った。


「おいおい、まさかの私人逮捕ってやつか? そんなことできるのかよ」

「できるかできないかじゃない。やるのよ。根性見せなさい」

 この()は本気と書いてマジだと言っている。

 そう感じとった俺は、何も突っ込まないでいた。


「そもそも相手が犯人だって確証がつかめないのに。何か根拠を持ち合わせているんだろうな」

「解るのよ。あなたの素性(すじょう)や電話番号、そして犯人を知っているように」


 さらりと怖いことを言っていた気もするが、言葉には出さないようにした。

 胡乱(うろん)げな目線を送る俺をよそに、彼女は「こっちにきて」と小さな声で誘導する。


 その声に従い、少し離れた茂みに身を(ひそ)めたのだった。

 彼女の眼の先には静寂(しじま)を身にまとう公衆電話。


「それにしても、やけに状況の呑み込みが早いわね。とても助かるのだけれど」

「お前の突飛(とっぴ)な言動はもう慣れた。それくらいの聞き分けはいいってこった」

 怪訝(けげん)な目線を送り付ける縦伊志だったが、面倒なので沈黙を貫く。


 さて本当に彼女の言う通り、犯人は来るのだろうか?


 依然、彼女の言い分は完全に信じ切ることはできないが、万一の備えとしてスマホの録画モードを起動し、公衆電話前に焦点を当てた。

「見てなさい。そろそろ時間よ」

 彼女の宣告で、俺は身が引き締まる。


 スマホの時刻を確認すると、もう午後十時を過ぎているようだ。

 そんな中、公園内で騒ぎでも起こせば、どうなるか目に見えている。

 不都合なことに、ここら一帯は警察がつねに巡回しているようなエリアなので、さいあく何かあれば助けを求めることもアリなのだが。


 それにしても、引きこもり一人に少女一人で犯人を迎え撃つって。

 えらくハードルが高いことを。

 相手が凶器でも持ち合わせていたらどうするんだ、と不平不満を垂らしたがそれらの事柄は問題のうちにないらしい。

 固唾を飲んだ後に、息を殺して録画に専念した。


 もっと覚悟を決める時間でも欲しかったが、生憎、そこまで時間は猶予を与えなかったようで、「あいつよ、あそこから歩いてくるわ」と小声で囁かれる。


 彼女が目で追っている先には、ほのか街灯によって露見した男のような人物だった。

 身丈はさほど俺とは変わらない。派手に泥か何かで汚れたフードつきの(ねずみ)色のパーカーを身にまとっていて、いかにもな雰囲気を漂わせていた。


 俺の知り合い情報データベースにアクセスしてみるも、それらしき人物は見当たらない。何者なんだ一体。考え得るとしたら、小中学校での人間としか。

 そいつは公衆電話の前に立つと、扉を開けっぱなしにして、電話ボックスの中に入っていった。


 財布を取り出したそいつは、どうやら誰かに電話をかけるつもりらしい。

 それこそ、縦伊志が先ほど俺に着信をよこしたのも、非通知という表示を思い出す。きっとこいつは、あの公衆電話で俺にかけてきたようだ。

 どうやら小銭を満足までに入れ切ったのか、ヤツは電番を打ち込んでいた。

 そのなかで彼女は俺の肩に手を当てては、慎重な目つきでヤツを睨めつける。


 電話ボックス内にいるそいつがとうとう受話器を耳に当てた。その瞬間、

「――――ちょっ」

 手に伝うバイブレーション。耳に触る着信音。全身纏う息が詰まる空気。

 まさにいま俺が片手に構えていた携帯が鳴りだしたのである。


 マナーモードにするのを忘れていた。と渋い話ではない。事態はかなり深刻だ。


 画面には『非通知』という文字。


 そう。ヤツはどうやら俺に電話をよこしやがったらしい。

 途端に心臓を掴まれた気分に陥り、腰が抜けてしまった。


 しかし咄嗟(とっさ)に着信音を消すことに成功しては、

「どうしてこんなタイミングで」

 隣に座っていた縦伊志も、あまりの衝撃に瞳孔を開き、瞬きを繰り返す。


 電話ボックスにいたヤツに聞こえていたらしく、慌てふためき武道館の方面に走り去っていった。

唇が震え、緊迫感に包まれていた心。

 だが、縦伊志の声掛けによって緊張の糸が弛緩した。


「仰天したわ。あまりの不測の事態に、息が止まって死ぬかと思ったわよ」

「それはお互い様だ。まさか俺に矛先が回ってくるなんて」


 にしてもどうしてだ。何故こいつらは俺の電話番号を認知してやがる。

 そろいもそろってストーカー野郎ばかりということか。

 さまざまな思案が錯綜する一方で、この少女こそ一体全体何者なのかと疑念が先走った。


「しくじったわね。犯人に逃げられてしまったようだわ。これは完全にこちらの落ち度。次までに策を練っておかないといけないわね」

 何か思案を巡らすような態度を見せる彼女だが。

 こうも無条件に見ず知らずの俺の味方でいてくれる縦伊志、これも何らかの思惑通りなのかもしれないと思うと警戒心を覚えた。

 彼女は考え込むように公衆電話の先を見つめている。


 いつまで持っていたのか、俺の肩を使って腰を上げては、

「今日はもう、犯人の足取りを掴めそうにないわね」

「今日は、って。また別日に持ち越しってことか? 俺の命何個あっても足りない気がするんだが」


「それに関しては問題ないわ。だってあなた――殺されることは決してないもの」


 先日の発言とは矛盾したことを言い始める彼女なのであった。


「おいおい話が違うぞ、あいつは俺のことを殺そうと企んでいたんじゃなかったのか」

「少しばかり事情が複雑なのよ」


 そう言い切った彼女は、決して噓をついているとは思えなかった。

「少しばかり場所を移動しましょう。ヤツにこちらの位置がバレてしまって不都合だわ」

「ああ」

 草むらを抜けては、ヤツが向かった先とは反対方面に歩き出す。


 できる限り、街灯の少ないような道を選んでは陰に溶け込むよう徹していた。

 しばらく公園内を歩き回っていると、

「うおお、びっくりした。なに、爆竹?」

 破裂音のようなものが耳に入り込む。


 もしかしたら近くのクソガキどもが爆竹で遊んでいるのかもしれない。

 それにしても、今どきの子でそれは古風な趣味過ぎないか? ともジジ臭い考えを巡らせていると、

「シモンくん」

「なん――」

 相槌を打ちつつも、振り向いてみれば、


「しー」


 いつのまにか彼女の人差し指は、俺の唇の中央を分断するように。

 息ができなかった。

 近い近い、近すぎる。

 かも息の音が聞こえてきもおかしくないような、そんな距離感で。

 こんなにも顔を近づけては、まっすぐな目線を向けて街灯に照らされた翡翠色を輝かせている。そのまま身動きをとることがなく、固まって数秒後といったところか。


 ようやく指を口元から離しては、言葉を使う。

「よし、これで問題ないわ」

「いやなにがだよ」

「わからないの? 気配を殺していたのよ。もしかしたら、あなたの情けない絶叫で犯人に気付かれてしまうかもしれないから。少しは弁えなさい」

「ああそうかよ」


 変わらず澄まし顔を見せつけては、明後日の方向を見て考え込むような彼女。

 その傍らで彼女の指の感触が唇に残っていることを認識しては、思わず赤面してしまった。意識しているのが俺だけという、なんとも羞恥な。


 すると彼女はポケットからスマホを取り出しては、

「もうこんな時間。外にいては警察が面倒よ。あなたの家で話しましょう」

 時刻はすでに十一時に差しかかっていたらしい。


「これで……よかったのよね」


 ボソッと彼女は何かを口にする。ただ聞き取れなかったので、


「なんか言ったか?」

「い、いいえ。なんでもないわ。それより早く向かいましょう」

そそくさと足早に、俺は夜風に当てられるなか縦伊志を連れて自宅に向かった。


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