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Ⅲ.存在証明のパラドックス 一節

 重力に従い、急降下した先には太陽の眩しさと同時に、思いがけない光景に目を(しばた)かせる。


 その場所には有象無象の群衆で溢れかえっていたからだ。

 ここは既に見慣れた北の丸公園。


 何故こんなにも人でごった返しているのか解らなかったが、

「もしかして、ミナチーの武道館ライブが」


 各々、皆望(みなみ)ジェリーのファンと言わんばかりにグッズや痛バなどを持ち合わせている。この人らはきっと俺が喉から手が出るほど欲しかったライブチケットを見事、当選させた人たちの集い。


 なんと妬まし事なのだろう。

 俺だって単なる運との勝負に敗れてしまっただけじゃないか。

 世は常に非情かつ不条理だ。


 けれど、そんなことを考えている余裕なんて今はどこにもない。


 そう。本当に考えている余裕がなく、

「なんでまだ手を繋いでるんだ」


 先ほどから彼女と手を繋ぎっぱなしで、人探しに全然集中できない。


「何か不都合なことでもあるのかしら」

「いや、大ありだろ! こんなんじゃカップルか何かと思われてしまうし……それに、探す効率が落ちて――」


「そ、それはほら。往々(おうおう)にして仕方の無い必然性によった確約事項なのよ」

「え、は?」


 何を言ってるんだこいつ。


「今日は短時間で二度もタイムリープをしているから世界の因果律に関係し時空の歪みが肥大化して矯正力(きょうせいりょく)によったタイムトラベルエラーが発生したり存在証明が前提として曖昧になることで我々の行動すべてに因果の規範が伴われることなく消されてしまうの。……だから手を繋いでいるのよ。小さな頭じゃ到底理解に苦しむと思うけれど、そういうことなのよ」


 彼女にしては類をみないほどの早口だった。

 ただただ目を細め、俺は胡乱げな顔を浮かべてみるが無視されてしまう。


 ただ何度言っても、彼女は(かたく)なに手を離すことを否定。


 俺の主張を押し切れることはなかった。

 仕方ないので意地でも手を離さない彼女のことを容認しつつ、なんとか頭をふって俺は気合を入れ直す。

彼女は俺よりも先に辺りを見渡し、見つけ出すことに専念していた。


「全く。どこに行ったのかしら……ボーっとしてないであなたも探しなさい」

「言われなくとも今から探すよ!」


 なんだか気が昂って半ばキレ気味の返答で申し訳なかったが、大人しく従う。

 ()しきエンディングを打ち立てようと画策している、不運にも逃げ足の速い彼を必ず捕まえんと腹をくくった。


 それにしてもこれは……。

「いや、見つかるわけないだろ! どんだけ人いんだよ、多すぎない?」


 人が(うごめ)いていて、十人十色。いや、百人百色、千人千色と言わんばかりの規模で捜索作業は困難を極めていた。


「ヤツの外見を思い返しながら探しなさい」

彼女はアドバイスをしては早期発見を促す。うーん、なんだっけな。


そういえばヤツの外観の特徴と言えば、

「鼠色のパーカー、鼠色のパーカー、汚れている鼠色の……」

 眉間(みけん)にしわを寄せては集中の限りを尽くす。


「うーん、どこだ」

 背伸びをしてあたりをジロジロ見回しては、



「――あ、いたぁ!」


 暫時(ざんじ)、目を泳がせていたがやっとの思いで見つけることに成功した。


「本当かしら。どこにいるの?」

「ほら、あそこ。あそこだよ、あのミナチーファンに隠れてコソコソしてる……」


 そいつは分厚い群衆を利用しては、姿をくらませていたらしい。


「行くわよシモンくん」

「でもここからだと人混みが――」

「そんな人に気遣ってられるほど、私たちは猶予が持て余されていないのよ」


 彼女は容赦なく俺の手を引く。

 痛みを感じて抵抗しようとするが、それよりも深刻な状況だった。


「うおお、まじか!」


 なんとこいつ、周囲の人間のことなんか知らずして集団の中に突っ込んでいく。

 人々は避ける暇も与えられないなかで、彼女が先導して肩をぶつけながら掻き分けては進んでいった。

 やっぱこいつ、頭がどうにかしてる。無茶苦茶だ……。


「待ちなさい!」


 彼女の怒号はざわめきによって打ち消し合ってしまうが、その気概がヤツにも届いたのか我々から遠ざかるように背中を向ける。

 彼を追っているなか、足の調子が揃ってきたのか手を繋いだ状態でも加速をできるように。ここでカタをつけてやる、逆穂子(さかほこ)シモン。


「早く。あの偽物を排除しないと、この世界が……」

 息を切らしているがために彼女の言葉が生半可にしか耳に入ってこない。


「この世界が……なんだって」


 周囲の音がうるさすぎてよく聞こえない。


「いいえ、なんでもないわ。とにかく先を急ぎましょう」


 こうも人にぶつかりながらも進行していると、当然ヤジが飛ばされてしまう。

 ただ、彼女にはまるで届いていない。


「あなたの望んでる未来はどん底よ。いい加減、目を醒ましなさい。逆穂子シモン!」


 必死な呼びかけにも反応を示すどころか、振り返ることすらしない彼。

 その中でフードを再び被っては姿を消した。


「また時空跳躍ね……」

「こんな大勢の前でやっちゃって大丈夫なのかよ。それこそ大問題に」

「矯正力」

「な、なに?」


「心配無用よシモンくん。このチカラは能力者に直接干渉していない限り、因果律の矯正力によった情報の改竄がなされるのよ。だから周囲の人たちはそれに気付いていないわ」


 そんな好都合な機能を搭載していたのかよタイムリープ能力。

「ほら、あそこからゲートが開いているわ。早く行きましょう」

 さらに加速は続くばかりで、なんとしてでも捕えようとする彼女の意志が伝わる。

 そのまま何事もなくタイムリープできたのなら、それでよかったかもしれない。


 ただ、

「ちょっ――」

 何を隠そう、逆穂子シモンがこの世界にもう一人と姿を現した。


 人々の中に混じってはさも一般人を装っていた彼。


 刹那(せつな)のことだったが、俺の顔を俺が見間違えるわけもなく。


「今たしかに、俺がもう一人いて――」

「あれは別の世界のシモンくんなのよ。だから今、私たちから逃亡している彼とは全くもって別人。この件に関係ないから忘れなさい」


 納得の時間もくれぬままに、彼女は先ほどまで彼が存在していたであろう空間を指で示す。そこにはゲートと言われるものがあるらしいが、常人には見えない代物のようだ。


「わかったわかった。もうあいつのことは一旦忘れて目の前のあいつと向き合う」

 群衆の中に不自然にもぽっかり空いたスペースに飛び込むや否や、またも視界が暗転する。




 また転移先で眩しく目を焼かれると予想して目を閉じていたものの、なんだか今回は目に優しいようだ。ゆっくりと瞼を上に引っ張る。


「夜だ」

「夜ね」


 ほのかな街灯の色味がそこはかとない安心感を感じさせてくれる。

 空を見上げると、大人しく景色を飾る望月(もちづき)がこちらを見下ろしていた。

 曲がりくねった車道を中心に、草木が生い茂るここはおなじみ北の丸公園だ。


「こっちよ」

 言われるがまま、先を行く彼女に引っ張られるようにしてついていく。


 すると、ピタリと停止をしては彼女の肩に当たってしまった。

「なんだよ」

 何も言わずして指先を前に向ける彼女。


「あそこにいるのは……」

「しー。ばれないようにしてくれるかしら」


 彼女が指し示した暗闇には、コソコソと身を潜めている存在だった。

 電話ボックスに顔を向けて、今か今かと標的の確認に注力している過去の俺たち。

 またどうしてこんな場所に。


「彼がここに来た理由は一つよ。シモンくん、あなたに電話をかけては時間稼ぎをするつもりだったようね。彼は私たちがタイムリープした事実そのものを無いものにしたかったのよ」

「電話がもし知らぬままにかかってきていたらどうなっていたんだ?」

「あなたはその電話先の声に驚いては足止めを食らいタイムリープさえも遅らせた。その隙にあなたを殺める魂胆だったのよ」


 彼女は求めていた解を、アシスタントとして簡潔に解説してくれたらしい。


「俺が思い描いていた時系列と違うな……母親を殺すことが先決だったというわけか」

 俺らがアパートでタイムリープした後に、ゲートなるものを用いては三年前まで追ってきたものだと想像を働かせていた。


 なんだか頭がこんがらがってきた中、とうとう彼が歩み寄ってきた。

 先刻の記憶同様の動きをする彼。

 そして俺のスマホから爆音で着信音を鳴り響かせてから、事は進んだ。


「シモンくん、彼を追うわよ!」


 もう一人の俺は着信音にビビったのか、どうやら武道館の方面に向かって逃げ去ったらしい。

 再び手を強く握っては、二人三脚に走り出す。


 比較的、街灯の少ないわき道を通り抜けては科学技術館にまで足を運んできた。

 その場一帯は、街灯がとくに強く光っている場所で視界も良好。


 そんな中で光に当てられ、日本で最も有名なユニフォームを身にまとう存在が。

 中年半ばといったところだろうか。

 小太りな警察官が近寄ってくる。


「そこのお兄さんとお姉さん、ちょっと話を聞かせてくれるかな」

 あくまで優しさを醸し出し、柔和な口調で。


「はい。いいですけど……どうしたんですか?」

 警察の人に話しかけられては、有事でも無視をするにできない。ここは円滑に……。


「いやーさっき君たちが来た方向から大きな音がしてさ。何かあったのかなって」


 先ほどのスマホの着メロのことを言っているんだろう。

「いいえ、俺たちは何も……」

「そうか……ありがとう。それよりも、もうこんな時間にここで何をしてるんだい?」


 そんな言葉を聞いた瞬間、

「シモンくん、来て!」


 手首にまた強烈な刺激が伝わるのを感じて、気付けば俺らは全力疾走していた。

「こら! ちょっと君たち、待ちなさい!」

「やばいやばい、やってることやばいよこれ。走って追ってきてるし」


 ビクビクしながらも後ろを振り返ってみるも、獲物を捕らえようと必死な猛獣たる目つきで迫りくる警察官。


「あれは私たちを補導しようとして近づいてきたのよ。あいつのことは眼中に入れなくていいわ。それより、彼を探すことに専念して」


 警察官のことをあいつ呼ばわりとか、どんだけ()が高いんだよこいつは。


「それよりこれ……どうすんだよ。これじゃ人探しどろこじゃ」

「いいえ、シモンくん。この先に彼は必ずいるはずよ。だから追うことを優先して」


 少しばかりか走り込んだ(あかつき)

 警察の逃走劇を繰り広げつつ紆余曲折(うよきょくせつ)。やっとの思いで武道館前に辿り着いた。

 そこには彼女の予言通り、武道館を見つめる彼が。


「いたわ! 次こそは――」

 彼女の一声に恐れをなしては、またも足を俺らと反対方向に動かす彼。


 ただ、先ほどとは様子がおかしい。

「あれ、なんかあいつバット持ってねぇか?」

 よくみれば既視感ありまくりの代物を片手に握っている。


「このボール遊び禁止区域で、野球なんてことをした馬鹿がいたものね」


 北の丸公園とは元来、遊戯目的でつくられた場所じゃないのだ。

「誰だよ。この公園で玉遊びをした輩は」

 てか一番大物のバットを忘れるなよ。


 今度ばかりは追いつけるものかと思っていたが、またもタイムリープされ失敗に終わる。


「また消えやがった」

「消えてもゲートは残っている! 急ぎましょう」


 俺はまたも面倒な事態に足を止めて落胆していたのだが。

 我を忘れていたのだろう、背後からのもう一人の存在を忘れてしまっていた。


「やっと追いついたぞ」


「きゃっ! こら、離しなさい」

 警察官は図体を駆使しては、彼女に覆いかぶさるように。


 いくら武術センスがある彼女でも、抵抗しようにもできない力量差が確かにあった。

「逃げられちゃ困るんでな。そこの君、この子の連れかなんかだろう? 彼女の手を放して落ち着いて話し合いを……」


 俺は唖然とするしかなかったようだ。

 緊急事態に陥ると、途端に思考が停止してしまう。


 考えろ、考えろ。俺は何をするのが最善だ……。


「彼女を離してくれ! おっさん、今はそれどころではないんだよ」


 導き出したのは、警察官との取っ組み合いだった。


「シモンくん……」

「こら、乱暴はよしなさい!」


 しっかり手と手は重ねたまま、身体全体を使って抵抗をして脱出を試みる。

 俺なりに機転をきかせては、相手方の足首を蹴って態勢を崩すことに成功。


 そのチャンスを見逃さなかったのだろう、彼女が技をキメて見せる。


「とう!」


 制服を引っ張られた彼は、腰が宙に浮くのと同時に気が付けば地面に叩き付けられていた。

「片手ハンデで背負い投げまじか……」

 人体がこうも綺麗に弧を描いては、投げ技をかまされるなんて初見だ。


 受け身をまともに取ることができなかったのか、彼は呼吸を乱しては渋い顔をしている。このまま事態は収束すれば、それこそよかったのだろうが……。


「いい加減、離しなさいよ!」

「ダメだよ、君たちみたいな悪い子たちは……逃がしちゃいけない」

 なお意地で、彼女の白い制服の胸元に手に掴んでは離さない。


「このままじゃゲートが……」

 彼女の言う通り、このままじゃ彼を追えることなくして俺の人生は暗転したままだ。


 ずっと彷徨(さまよ)ってきた空虚が途切れることはなく。

 このまま一生晴れやかでない生活を送るのか?


 そうじゃないだろう、俺は俺なりに俺と向き合って乗り越えなくちゃならない。

 だからこそ、手段は選ばない。


「やめろ! それは君が触っていいものではない!」


 俺が手に取った最善手は、相手の腰回りに装着してる拳銃だった。

 当然、警察は暴れては必死に抑止しようとしている。

 けれど、そんなものは眼中になかった。


「と、取り出せたぞ」

 手にフィットするサイズ感、思いの(ほか)ずっしりとした重量を誇っている。

 その銃口をあろうことか、手を離してはくれない警察の脳天に向けた。


「彼女を離さないなら、撃つ」

「が、ガキが調子乗ってんじゃねぇ!」


 そんな怒気さえ、今ではものともしない。

 俺は軽く一発をと、空に向けて弾丸を放つ。

 身構えていたほどの反動はなかったが、それよりも耳元で鳴り響く銃声に心臓が止まるかと思った。


「俺は本気だ」


 単なる威嚇(いかく)射撃。それでも強がっているわけではなかった。

 失われた命が一つ取り返せるかもしれない、またとないチャンスなんだ。


「ひいいい」

 さしもの警察官も怖気づいたのだろう、ようやく彼女から手を離してくれた。


 彼女は支配から脱するとともに、俺の手を引いて走り出す。

「ほら、早く!」

 その声につられるように、俺の体が牽引(けんいん)されては。


 勢いが激しかったために、手から拳銃を離しては次の時空跳躍へと乗り出した。




 光という光といえば、燦々(さんさん)と輝いている遠くの高層マンションやビル。

 そして微々(びび)たる街灯だけだった。

 あからさま見覚えのある風景に、間違いないと断言する。


「ここは……俺ん家のすぐ手前じゃないか。なんでこんなところに」


 ここの場所を選んだ理由はどうしてなんだ。

 それこそ隠れやすい場所なんていくらでも……。


「そんなの、決まっているじゃない。あなたを殺すためよ」

「俺を殺すって……じゃあなんで逃げて――」


 つい数時間前に彼女と相対した、あの恐怖の轟音が頭に駆け巡る。


「そういうことか。急ぐぞ、縦伊志!」

「痛――ッ。ちょ、ちょっと!」


 俺は彼女を強引に引いては、なんとしてでも早くあのアパートに行かないといけないんだと思った。彼女の声なんか耳に入ってすらいなくて。




 とうとうアパートの手前まで足裏を痛くしてまで来ると、

「うおおおお!」


 こんな夜遅くなのに張り上げた怒号がアパート内を支配する。

 とっくに攻防戦は合戦(かっせん)の火蓋が切られたようで、いっそのこと焦燥感を強める一方だ。


 カンカンと金属音をならしては、少々の階段を急ぎ足で上る。

 二階についた時には、開扉されっぱなしで明かりが漏れている一部屋を発見した。

 確信を抱いては、彼女の手を引いてとうとう自室の前に辿り着く。


「や、やっと追い詰めたぞ――もう一人の俺!」


 人生史上これでもかというくらいには今日は脚や心肺に負担をかけたので、止まったころには半ば呼吸困難になってしまう。えらくしんどいものだ。


「ずいぶんと早いじゃないか。行方をくらませたつもりだったんだがな」


 フードを被り込み、人相が確認できなくなっていた彼は確かに数時間前、俺らを襲った正体だった。

 同様に片手にはバットを握りしめ、肌が(あわ)立つ雰囲気を漂わせて。


 そんな彼にも芯を貫き通し、

「大人しく投降しなさい。もうあなたの思惑は叶うことはないのよ」

 彼はこちらの手が重なっていることを一目しては、バットを思い切り振ってみせる。

「黙りやがれ!」

「あぶっ――」


 咄嗟に避けれたことは良かったものの、当たったらひとたまりもなさそうだ。

 落下防止柵に背中をつけては、エントランス越しの相手になすすべ無し。


「ちょ、前から思ってたけどそのバットずるくない?」


 ああ、本当に。

 こちとら素手だぞ素手。

 こうなるなら、さっきの拳銃持ってこればよかった。


 続けざまにバットを頭めがけて殺意を向ける彼に、太刀打ちしようがなかった。

「危ない! 危ないって」


 階段を通り過ぎ、共用廊下の端までいって距離を取ってみるも、

「殺す、殺す、お前さえいなければ!」

「何を言ってるかさっぱりわかんねぇよ!」


 怒涛に迫る彼に逃げる場所すら失っていた。

 どうする、このまま柵から飛び越えたら回避行動はできるが。しかし……。

 俺は彼女と未だに手を繋いだ状態で。


 完全に判断を誤った。

「――ッ」


 避けれぬ直撃だと予期し、目を閉じては身を屈めるが、

「な、何が起こった」


 痛みを感じることがなく、目の前に彼がいることもない。

 廊下端から玄関先へのちょっとした空間転移だったわけだが。


「数秒前の過去に私たちだけが遡ったのよ。限定的市空跳躍ね。世界そのもの時空跳躍を行わずに私たち二人の存在だけを過去の自分になぞらえて転送した。それで相手の攻撃を回避できたわけ」


 つまるところ、俺らがさきほど玄関前に押しよった時に身を移したということらしい。


「だいぶと機転を利かせたものだな」

「褒めても何も出ないわよ。まぁ私、賢いから」

「そういう話じゃねぇ……」


 壮絶な危機的状況下でも彼女の図高さぶりには軽蔑を通り越して失望だ。

 彼は一瞬のことに訳が解らなかったのか混乱していた様子だったが、気を取り直しては振りむいて走り出す。


「ちょっ」

 柵にバットを滑らせてはガリガリと音を立てて。


 今度は勢い任せで横向きにフルスイングしてみせた。

 だが彼女が手を引いてくれたことで、玄関から間合いを取れる部屋の中に移動する。

 空振りしては壁に激突し、ゴンと近所迷惑な音をまき散らす彼。


「今回も寸前の回避……」

 こんなの命が何個あっても足んねぇよ。避けれていること自体が奇跡のようなもんだ。


 当たっちまったらそれこそ終わりだろう。

 恐々と迫りくる死の予感に、気が気ではいられなかった。

 俺らが回避行動を取れたのは良かったものの。


「あれ、あいつどこいったんだ」


 事態は静寂を迎え、不穏な空気が漂った。

 先ほどまで狂乱に満ちた彼の存在感はまるで無くなり、この場から消え去ったかのように。


 ふと、床に硬いものが落ちてることを認識する。


 足で踏んでしまったそれは先刻、俺が彼に抗おうと試みて手に取った包丁。


 それを拾い上げるために身を屈めてみようとすれば、


「――ッ、うしろ!」


「うおお!」


 刹那、彼が真後ろにいたことを解ったのと同時に。


 今日何度目なのだろうか、目が暗転してはタイムリープが……。

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