第9話 世界が道をあけた日
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本日は3話、1時間おきに公開予定です。
街が、息を呑んだ。
竜の尾が、風を裂く。
銀の髪が、夕陽を受けて燃えるように揺れる。
走る。走る。ただ前を。
その腕に抱くのは、少年──まだ消えていない、命のぬくもりを抱いて。
「……あいつ、また……?」
最初に洩れた声は、軽い好奇心混じりのものだった。
白髪、赤い瞳、緑の肌。
どこを取っても目立ちすぎるその姿に、街の誰もが見覚えがある。
「また騎士に追われてんのか?」 「いや、今度は何をやらかした──」
けれど、その言葉は最後まで続かない。
見た者の全員が、沈黙した。
──その顔を、見たからだ。
必死。真剣。焦燥。そして、意志。
揺らがぬ瞳が、まっすぐに風を切って駆けるその先を見据えていた。
その眼差しに、誰もが本能的に理解した。
これは、違う。
これは、いつもの騒ぎではない。
「抱えてるの、子供……?」 「何があったんだ……?」
誰かが道を譲る。
その一歩が、風を変える。
次に、別の誰かが、身を引く。
誰にも言われていない。けれど、誰もが悟った。
この通りを、いま塞いではいけない。
「通せッ!!」
アリエルの叫びが、石畳に火をつけたように響いた。
声に魔力はなかった。
けれど、何よりも重かった。
それは、誰かのためにしか出せぬ声だった。
通りが割れる。
人の波が、左右に散っていく。
まるで、彼女が風そのものとなって街を貫いていくかのように。
最初の声は嘲りだった。
次の声は戸惑い。そして最後の声は、震えていた。
見れば、彼女の表情には一片の軽さもない。
普段のふてぶてしさも、ふざけた調子も──そこにはなかった。
ただ真っ直ぐに、ただ必死に。
まるで、己のすべてを燃やして一つの場所へと向かっているようだった。
石畳が鳴る。
足音が、高鳴る。
アリエルは、ただ走った。
少女としてではない。信じてくれた者の想いに、応える者として。
──その背には、誰の手も届かぬ覚悟の光が、ひとすじ、強く灯っていた。
彼女の瞳には、さきほど踏み入った“空き家の闇”が、なお揺れていた。
あの空気。あの歪み。あの、異質な気配──
そのすべてが、まだ脳裏に焼きついたまま、離れない。
心はすでに前へと走っているのに、
魂のどこかだけが、まだ“あの場”に引き留められているような感覚。
けれど──それでも、彼女は駆ける。
「あと少し……もう、少しだけじゃ……!」
焦燥をまとい、決意を燃やし、
赤い瞳が詰め所の灯をまっすぐに射抜く。
──街の空気すら、彼女の疾走に追いつけぬままに。
*
*
*
戻った空き家には、すでに誰もいなかった。
静まり返った空間。
あれほど重たかった気配も、ぬぐわれたように消えている。
詰め所に飛び込んだアリエルの形相に、ガランは目を見張った。
彼女は、少年をほとんど押しつけるように託し──
「リィゼが──あの空き家で、ひとりで戦っておるんじゃ!
頼む、どうか救援を……!」
その一言に、詰め所の空気が変わった。
数人の騎士が即座に装備を手に取り、駆け出していく。
──そして、アリエルは導くようにその先頭に立ち、再び空き家へと戻ってきた。
だが、そこに残されていたのは、一枚の紙片だけ。
床の上に、丁寧に、まるで贈り物のように置かれていた。
アリエルが膝をつき、紙片をそっと拾い上げる。
金糸で封じられた折り目──先ほどの手紙と同じ手口だ。
それを開いた瞬間、わずかに空気がひやりと揺れる。
綴られていたのは、丁寧な筆致。
まるで晩餐への誘いでもするかのような、礼儀正しい“言葉”。
『──親愛なる、ハイ・ゴブリン娘様へ──』
先ほどは、突然のご訪問にもかかわらず、
貴女が私の拙い贈り物をお受け取りくださったこと……
この身の歓びは、とても筆には尽くせません。
けれど、私は知ってしまいました。
あれではまだ、足りないのだと。
もっと真に。もっと深く。
貴女の理想に応えるには、なお至らぬと。
そこで──私は準備の場を移すことにいたしました。
より相応しき『舞台』へ。
より相応しき『空間』へ。
そして、より相応しき『奉仕者』とともに。
お友達──リィゼ殿にも、お手伝いをお願いしております。
彼女は実に素晴らしい。
気高く、忠義に満ち、そして『貴女に仕える者』として、申し分ないお方です。
どうか、貴女おひとりでお越しくださいませ。
もちろん、私の方でも準備は万端に整えてまいります。
場所は──街の北外れ、旧館の庭園にて。
かつて偉大な賢者が住まい、今は人の影すら絶えた洋館。
そこにて、静かに、確かに──
私は、貴女をお待ち申し上げております。
貴女の信徒
ファルク=メルム 拝
手紙を読み終えたアリエルの指先に、ひと筋の冷たい空気が触れた。
それは、言葉ではなかった。ましてや魔術でもない。
──それは、執念そのものだった。
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