第4話 その手を、夜のかたちに変えて
その後も、ふたりの調査は続いた。
リィゼは街で得た証言を地図に落とし、
アリエルは術式の残滓を辿るように、魔力の痕跡を探る。
ふたりは、それぞれの得意分野で歩みを進め、互いに補い合っていた。
机の上には、街の地図と紙束、魔術式の写し、証言の断片。
ランプの明かりが紙の角を黄金色に染め、ふたりの影を壁にぼんやりと浮かべていた。
「やはり、この街で失踪した七人の少年──
すべてが、ある特定の時間帯に集中的に起きておる」
アリエルが記録を手繰りながら呟く。
「……つまり、術者は活動できる時間帯に制限がある。
それに、拠点からあまり離れて動けない可能性もあるな」
「もしくは、『少年の身体』が長時間の使用に耐えられないのかもしれない」
リィゼの声が少し低くなる。
アリエルは、その言葉にわずかに表情を曇らせた。
静かに、魔術式の写しを伏せる。
「……少年たちは、『体だけ』使われておるのじゃな。
魂は、封じられたまま……」
「そう考えれば──動ける範囲が、ある程度限定されるはずだ」
リィゼは改めて地図を見下ろす。
「術者の拠点も、その範囲の中にある可能性が高い。
この一帯、ここと、ここ……歩いて行ける距離を前提にすれば、
明日、重点的に調べるならこの三箇所が妥当だ」
「ふむ……」
アリエルは頷き、魔術的痕跡の濃度を示した紙を一枚、重ねる。
そこにも、同じ区域が色濃く記されていた。
「……やはり、同じところに『濃さ』が集まっておるな。
残留魔力も集中しておる。やはりここが、何かの核になっておるか──」
ふたりの指が、無言で同じ地点を指していた。
──不気味なほど、符号が合っていた。
「明日──この範囲を当たろう」
リィゼが静かに言った。
「ふむ、賛成じゃ」
アリエルは頷き、だが次の瞬間──
机に伏すように、こてん、と額を乗せた。
「……も、もう限界じゃ……魔力切れ……というより、単純に眠い……」
その肩で、尻尾がだらりと床を撫でるように垂れていた。
リィゼは隣の椅子に腰かけたまま、それを横目で見つめていたが、
しばしの沈黙ののち、そっと口を開いた。
「今日は……もう、泊まっていけばいい」
アリエルが、机から顔を上げる。
「……よいのか?」
「この時間から戻るのも危ない。……それに、君が倒れられると困る」
「ふ、ふん……では、そうさせてもらおうかの。
ワガハイにとっても、おぬしの部屋は安全に思えるのじゃ。
……な、なにせ……クッキーもあるしの!」
リィゼは小さく笑った。
「寝具……ひとつしかないけど、我慢できる?」
「うむ。構わぬぞ。ワガハイ、雑魚寝には慣れておる」
そう言いながらも、アリエルは布団の端をちょこんとつまみ、
横向きになって慎重に体を滑り込ませた。
「尻尾があるゆえ、仰向けは具合が悪くてな。……すまぬが、そちらを向いて寝させてもらうぞ」
リィゼは無言で頷き、同じように布団へと身を沈める。
二人の距離は、ひとつの枕の端と端。
ほんの数十センチ。
だがその近さは、思ったよりもずっと、意識に刺さるものだった。
寝返りを打つと、指先が──ふと、相手の手の甲に触れる。
(あ……)
アリエルが、ほんの少しだけ指を引っ込める。
だが、すぐまた、リィゼの手が布団の下でふれる。
(……どちらがどちらに触れておるのか、もはやわからぬのじゃ……)
そっと、呼吸を整える。
だが、その呼吸さえも相手に聞かれているような気がして、心臓が落ち着かない。
次の瞬間──
ふいに、どちらからともなく、指がふわりと触れた。
そして、そっと、絡むように──いや、包み込むように。
アリエルの四本の指が、リィゼの五本の指にすっぽりと包まれる。
まるで、小さな異国の言葉が、そっと翻訳されるように。
強くもなく、緩くもなく。
ただ、そこにあるというだけの、温かな感触。
二人のあいだにあった夜の沈黙が、
その瞬間、ほんの少しだけ、形を変えた。
リィゼが、ぽつりと囁いた。
「……冷えるかと思って」
アリエルは返事をしなかった。
けれど、尻尾が布団の中でくるりと一度だけ揺れた。
その音が──リィゼには、答えのように聞こえた。
そしてきっと、彼女はその小さな音を、しばらく忘れることはなかった。
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本日は初日のため、第八話まで30分おきに公開いたします!