第15話 この心、すべて預ける
リィゼの指が、アリエルの手の甲をなぞる。
その動きは、どこまでも柔らかく、どこまでも誠実だった。
触れるたびに、アリエルの肌が、すこしずつ色を変えていく。
ほんのりと、熱がにじみ始める。
それは恥じらいの証でも、戸惑いの火でもない。
──嬉しいという感情が、皮膚という器からあふれ出しただけだった。
リィゼは、そっと腕を伸ばし、アリエルの肩を抱いた。
そのまま、膝の上に導くようにして、彼女を横たえる。
「ごめんね……でも、止まらない」
囁きのような声に、アリエルはただ、小さく首を横に振った。
その動きが、すべての許しだった。
リィゼは、ふわりと自分の上衣の前を解いた。
薄布の隙間から、月光のような肌がのぞく。
まるでそれ自体が光を持っているかのように──静かで、神聖だった。
アリエルの瞳が揺れる。
けれど、それを直視しないまま、彼女は視線を逸らそうとした──その頬に、そっと唇が触れる。
「だめ。見て」
声はやさしい命令だった。
キスは額から始まり、頬へ、耳へ。
一つひとつ、まるでその場所の“意味”を確認するように降りてくる。
アリエルは、そのたびに目を閉じてしまいそうになる自分と戦っていた。
だが次第に、閉じることが“逃げる”ことではないと、体が理解していく。
リィゼの手が、アリエルの腰の帯へとそっと伸びる。
ほどかれた布が、布とは思えないほど丁寧に扱われる。
──まるで、祈るような手つきで。
「……かわいい」
そう呟くその声には、どこまでも真摯な敬愛があった。
アリエルはそのとき、はじめて、リィゼの視線が欲ではなく、見惚れであることに気づいた。
自分という存在そのものを、美しいと思ってくれている視線。
心と身体のすべてを、肯定してくれるまなざし。
(……こんな風に見られたの、初めてじゃ)
思考が追いつくより早く、頬が熱を帯びた。
解かれていく布地の隙間から肌がのぞくたび、
リィゼの指が、ほんのわずかに震える。
「……ほんとに、きれい」
それは、言葉ではなく祈りだった。
首筋に落ちた唇は、音もなく──けれど、確かに震えを運んできた。
それは甘くて、くすぐったくて、ひどくくやしいほど、愛しかった。
アリエルは、ようやく気づいた。
(……ワガハイは、いま──愛されとる)
身体だけではない。
魂の輪郭ごと、抱きしめられている。
それは、どこまでも優しく、どこまでも真剣で、
そして、誰にも触れられたことのない場所まで届いてくる、初めての熱だった。
アリエルの唇が、そっと揺れた。
震えるように、リィゼの名を呼ぼうとする。
その前に、もう一度、唇が触れる。
今度は、唇同士。
重なった瞬間──ふたりの内にあった境界線が、静かに、消えていった。
そして、リィゼが、たった一言を囁いた。
「──好き」
その言葉は、身体ではなく、
心の奥底にまっすぐに届いた。
(ワガハイも……好きじゃ)
けれど、声にはならなかった。
それでも、リィゼには伝わっていた。
ふたりの心は、もう、音を超えた場所で結ばれていたのだから。
──ふたりだけの聖域が、いま、ここに完成した。