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シリーズ白根美紅

1+1=バナナ【シリーズ・白根美紅】

作者: 栖坂月

シリーズ物にするつもりはないんですが、こんな物が書きあがってしまったので投稿しときます。


 ただいまの挨拶と共に居間で荷物を下ろしたミク(本名・白根美紅)が視線を巡らせると、そこには房から一本のバナナをもぎ取るフリーターの姿があった。

「お兄ちゃん、また私のバナナ食べてる!」

「いや、まだ食べてないが?」

「これから食べようとしているでしょ! それとも何、神棚にでも飾るつもりだったとか?」

「そんなもったいないことしないぞ」

「偉そうに言うなっ!」

 眉根を寄せつつ歩み寄り、房ごとバナナの入ったバスケットを持ち上げて確保する。よくよく見れば、持ち手の所に短冊のような札がぶらさがっており、丸っこい文字で『ミクのバナナ』と書いてあったりした。可愛いというよりも、むしろ幼いという印象すら受ける。

「これは、私が毎朝食べるためにワザワザ確保しているバナナなの。絶対に食べるなとは言わないけどさ、お兄ちゃん昨日も一本食べたでしょ。一日に二本も三本も減ったら、あっという間になくなっちゃうじゃない」

「……何で昨日一本食べたとわかったんだ?」

「ゴミ袋に皮が捨ててあったからに決まってるでしょ。とりあえずその一本はあげるから、そんなにバナナが食べたいんだったら今度から自分で買ってきてよね」

 プリプリ怒りながら、残った本数を数えている。そして一週間分は何とか確保されていることを確認して、表情を和らげた。

 そんな妹をマジマジと眺め、次いで手にした黄色いブーメランをしげしげと眺めた後、顎に手を当ててしばし考えてから、兄は改めて口を開く。

「ミクよ」

「なに?」

「とりあえず座りなさい」

 その台詞を聞いた瞬間、ミクの表情が正露丸でも口に入れたかのように変化する。兄がこういうことを言い出す時は、決まってロクな結果にならないということを経験から学んでいるためだ。しかし、かといって無視をすればこの兄のことだ。どのような陰険な手で話を聞かせようとするのかわかったものではない。かつて行われた、睡眠学習のような惨事は繰り返したくもなかった。

 仕方ないとばかりに、溜め息を漏らしながら居間のカーペットに正座をする。持っていたバナナ入りバスケットは傍らに置くことにした。

 口元を引き結んだ妙に真剣な表情の兄も向かい合うように正座し、いつぞやのように対局ムードが高まっていく。今度は一体どのような屁理屈をこねてくるのだろうと、彼女は警戒しつつ内心で身構えることにした。

「まず……」

 兄は切り出すなり、手に持っていた黄色いブーメランを眼前に突き出した。

「これは何だ?」

「え、バナナでしょ?」

 言わずもがなの質問である。

「そう、バナナだな。何本ある?」

「ひょっとしてバカにしてるの?」

 ムッとするミクに対し、兄の表情は全く変化が見られない。とりあえず単純にからかっているというワケでもないらしい。

「これは何本のバナナだ?」

「はいはい、一本のバナナです」

 仕方なしとばかりに呆れた口調で返すと、ここで初めて兄の口元が釣り上がった。その回答を待っていた、ということらしい。

「そう、これは一本のバナナだ。誰であろうと、そう答えるのは間違いない」

 当然のことを当然のように言いながら、手元に引き戻したバナナの皮を剥いていく。そして何を言いたいのか皆目見当もつかずに唖然としているミクの目の前で、兄はそのバナナを、まるで見せ付けるように平らげた。

「……さて、ミクよ」

 目の前で悠然とモグモグされているという事実に気付き、慌てて文句の一つでも並べようかと口を開きかけたところで、一瞬早く兄の言葉が飛んでくる。出端を挫かれる格好になった彼女は、浮かせかけた腰を渋々戻すしかなかった。

「何よ、もう」

「これは何だ?」

 相変わらず口をモグモグさせながら、道端に置いたら悪趣味なトラップに間違われそうな物体を差し出してくる。

「何って、バナナの皮でしょ?」

「バナナではないのか?」

「いや、さっきまではバナナだったけどさ」

「するとお前は……」

 言いながら素早く手を伸ばし、声を上げる間もなくバスケットの中からバナナをもぎ取る。

「こいつはバナナだが、こっちはバナナではないと言い張るワケだな?」

「……だって、バナナってのは中身のことでしょ」

 言いたいことは別にあったが、今更言ったところで元の房に戻すこともできないと諦め、仕方なく兄の言葉に付き合うことにする。

「それはおかしいな。お前はさっき、こういう姿のバナナを見て『一本のバナナ』と言った筈だ」

 そう言いつつ、まだ剥かれていないバナナを眼前に突きつける。

「そりゃまぁ……」

「だが中身を失ったこいつは、もうバナナではないと言い張る。だとしたら、この剥かれていない方は『一本のバナナ』と『一つのバナナの皮』ということにならないか? すなわちそれは、数字の上では『一つ』ではなく『二つ』ということになる」

「え、なにそれ」

 いよいよワケがわからなくなってきた。

「だがしかしだ」

 兄は皮だけになった方のバナナをゴミ箱に放り投げると、唖然としている隙をつくように房からもう一本掠め取った。

「このバナナとこのバナナを合わせた時、それが『四つ』あると指摘する者はいないだろう。これは『2』であり、明確な『1+1』だ」

「えっと……うん、まぁ」

「だがよく考えてもみろ。一見すると同じに見える二本のバナナは、本当に同じ物か? 答えは否だ。長さも重さも、分子レベルまで解析するまでもなく違うことは言うまでもない。それを便宜上、いや人間の曖昧な主観によって『一つ』という身勝手な記号を押し付けられているに過ぎないのだ。この明らかに違う二つの物体を『二本のバナナ』と呼ぶこと自体、ある種の思い込みと言えるだろうな」

「思い込み……」

 ミクの目は、どこか遠くを見ていた。この何だかわからない拷問めいたやり取りがさっさと終わらないものかと、心を閉じてやり過ごそうとしている者の目だ。

「例えばミクよ。もしここでお前の首をチョンパしたとして、それはどちらが本当のお前なんだ?」

「どっちって言われても……」

 どちらも本物である。というか死んじゃう。

「つまりこの場合」

 兄は再びバナナを剥き、喉へ押し込むようにして平らげる。

「これは『バナナの皮』などではなく、『三割か四割くらいのバナナ』と言うべきなのではないか? そしてそれが二つ合わされば……」

 手にしているもう片方のバナナも食べ尽くす。

「正確ではないものの『大体六割から八割くらいのバナナ』と言えるとは思わないか? 例えばお前の身体が切り刻まれた時、その薄っぺらな胸の部分を『これはいらないや』とか言われて捨てられたら悲しいじゃないか。そもそも、バナナさんに失礼だとは思わないのかっ!」

 そんな台詞を放ちつつ皮を捨てる兄は、言うまでもなく失礼千万である。

 どのくらい失礼かというと、朝食にバナナ食べてますと聞いただけで『はいはい、バナナダイエットね』とか納得するくらいに失礼である。しかし悲しいかな、ムキになって否定する者ほど図星だったりするので気を付けたいところだ。

「……えと、あのさ」

 ミクはようやく絞り出したような声を小さく上げる右手と共に放つ。視線はまだどこか宙を彷徨っているものの、意識はハッキリしているようだ。

「何だ?」

「何となく言いたいことはわからなくもないんだけど、結局のところ何を伝えたいのか一言にまとめてくれるとありがたいんだけどなーって」

「一言か、ふむ……」

 未だ口をモグモグさせながら、バスケットからゴミ箱、そしてミクへと視線を巡らせた後、顎を占領しつつある無精髭を撫でつつ口を開く。

「そうだな。強いてまとめるなら……ごちそうさま?」

「バカアニキ!」

 溜め込んだ左を突き上げるような一撃が、見事に兄の上顎ジョーを直撃する。見る者が見れば惚れ惚れするようなスマッシュだ。

「もう二度と私のバナナ食べないでよねっ!」

 プリプリと怒りながら、バスケットを抱えて立ち上がる。

「すまん。もうダイエットの邪魔しないから」

「ダイエットなんかしてないってのっ。健康にいいから続けてるのっ。別に体重なんて気になってないってのっ!」

 真実とは時に残酷で、時に不可解なものである。

 だからこそ人間は、時として自分を騙すのかもしれない。


 一本のバナナは、やはり一本のバナナなのだ。


ちなみに本名の読みは『しろねみく』です(笑)

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― 新着の感想 ―
[一言] ミクちゃんは胸が薄っぺらいのか〜。きっと幼児体系なんですね (⌒-⌒) ファンクラブが結成されたら、ぜひご一報ください。 でわでわ
[一言] バナナに名前を書いちゃうミクが可愛いですね。彼女の細かなしぐさに愛を先生の愛を感じます(笑) けれど、自分としては、うんちくを語るお兄ちゃんの方が好きだったりします。 また書きあがってしま…
[一言] 個は何をもって、個と成すか。 哲学的なテーマです。 それを栖坂月先生が料理されるとこういう風になるのかと感心いたします。 楽しく読ませて頂きました。 それでは、また。 失礼いたしました。
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