第89話:正体不明
獣のような姿の魔物が蔓延る秋葉原の洞窟型ダンジョン。
天使の姿を模した者が出た割には統一感がなく、今までのダンジョンの常識に当てはめると少し不思議な場所。
「大丈夫ですか? 貴方様?」
「あぁ大丈夫だバロール、お前こそ疲れてないか?」
「はい、この程度で疲れる体はしていないので大丈夫です」
バロールによって殆どの魔物が即死するこの状況。
あまり魔力を使ってないのも考えると、恐らく敵のランクはBランク辺り。そろそろ八階層辿り着きそうだが、ここまで順調だと少し不気味だ。
「――八階層着きます!」
そして、辿り着くのは八階層。
一際大きく開けた空間に落ちるように着地して、俺はそこの異変に目を開く。
そこにあったのは死体の山、このダンジョンに湧いてくるだろう魔物達が悉く殺されており、生き物の気配を感じない。
「――なに、これ?」
泉華さんや、ルナに乗る綾音達すら絶句するその光景。
何が酷いって惨たらしい上にどこまでも残虐で……ただたんにバラバラに殺したような有様だ――だけど、そんな場所にナニカが一つ。
いたのは人型の異形。
簡単に言えば多くの怪物を混ぜて生まれたようなキマイラ。
二足歩行のそいつの腕には蜂の針に蠍の尾そして蟷螂の鎌を持っていて、のっぺりとした無機質な顔にはなにもなく不用な器官を排除したかのように感じる。
それこそ、適当に命を奪うための器官を繋げて作ったような殺すための武器のみをもった怪物。
「三人とも、戦闘準備!」
指示は一瞬、あんな怪物がまともなわけがない。
すぐに敵として判断し、俺はそのままレーヴァテインを呼んでルナ達を強化した。
「――綾音達は捜索を、こいつの相手は俺がします!」
「ッまた無茶する気かい!?」
言葉は返さず、意識を切り替える。
他者に気を向ける余裕はなく、こいつ相手に手加減など無用。
何よりこんなものを放置したら不味いという予感が尽きなくて――体の中の召喚獣がざわついているのも相まって。
「確実にここで倒す」
言い表せないような気持ち悪さ、存在としての不快感。
初めて対峙するそれに、俺は魔法の準備を始めた。
――――――
――――
――
「……どうする泉華?」
「泉華、指示を」
今まで見た全てのモンスターの容姿から掛け離れたそれ。
霊真が召喚獣達と挑む姿を見ながらも、私達は泉華の指示を待つ。
ギルドマスターとして、何よりこのパーティーのリーダーとして……判断に悩んでいるのか、彼女は少し黙り。
「霊真君に言われたように今は救助優先――だけど、綾音ちゃんは霊真君のサポートお願い、絶対無茶させないで」
「――分かった」
「じゃあ頑張るよ――すぐに戻って援護しようね」
そういうことになりヴァルシアの皆は先に進んで、私はこの場に残される。
一呼吸を置く。絶対に――それこそ何があっても霊真に無茶をさせられない。もう二度と彼を失わないと決めたのだから、何があっても間違えないと決めたから。
「援護するよ霊真!」
「綾音!?」
――魔法を使う。
それこそこの世界で使い慣れた、彼を支えたその技を。
ルナちゃんが作り場に満ちた辺りの冷気を手繰り寄せて――巨大な剣を創り出してそれを相手に射出する。
「倒すよ、霊真」
「――了解、無茶すんなよ綾音」
「そっちこそ、ね」
……本当にどんな霊真も変わらない。
こっちの心配ばかりして、いつも自分を省みないで無茶をして――だから思う、今の私じゃ足りないから頑張って強くならないとって。
「ってそうだ【即死耐性付与】」
「なにこれ?」
「綾音なら大丈夫だろうが、一応の保険。バロールの視界に入ったら死ぬから」
「……凄い強力だね」
「なにかありまして? 霊真様の幼馴染の方」
「ううん、頼もしいって思っただけ――背中任せるね」
宝石のような紅い瞳に魂まで見透かされるような感覚を覚える。
世界を救った霊真の仲間の一人、きっと私のように救われて彼のためにと生きているんだろう。
最初見たときはその大きさと際どい格好と言動で警戒したけど、こうしてみると優しい人っぽい。
「そうですか……私、貴方の事を勘違いしてたかもしれませんね。レイマ様の幼馴染というあり得ないくらいのポジションで目が曇ってました」
「…………譲らないから」
「どうぞ? そこはお構いなく、私は彼の道具ですので」
「……霊真?」
「ちょっと待ってくれ? というか集中しろお前等、また来るぞ」
鎌を大きく振りかぶり迫ってくる正体不明。
どこまでも霊真だけを狙うそいつはソルちゃんの焔によって焼かれながらも自分を犠牲に迫ってくる。
「チッ――耐性持ちかよ、焼け死ねば良いのに」
「お姉ちゃん、落ち着いて――そもそも魔法の効きが悪いっぽいよ」
「それに、この方は死がないそうですね。魔力を込めても効きません」
「厄介だな。バロールそれならデバフを頼む、遠慮はしなくて良い」
「了解いたしました――範囲は全域でよろしくて?」
「――あぁ覚悟はしてるし、存分に持ってけ」
そう霊真が言った瞬間、彼は手首を傷つけて血を流し始めた。
咄嗟の行動に目を伏せるが、意味も無くそんな事をする彼ではないので見届けることにする。流れる血、それはバロールが持っていた杯に注がれ――。
「では――貴方様、いただきます」
飲み干される彼の血。
バロールと呼ばれていた女性は恍惚とした表情でそれを飲む。ごくりごくりと喉を通り、微かに艶めかしい声まで発された――その次の瞬間。
「――さぁ、世界に死を満たしましょう? 【魔人の秘眼】」
この広い空間。
その上空に巨大な瞳が現れて、開いた瞬間に相手の体が地面に叩きつけられて、そのまま朽ち始めてしまった。
ぼろぼろと……崩れて腐り崩壊を始める。それはこの場にあった死体までをも侵食して、この場にあった死体全てを魔石に変えた。
「――流石にこれは効くか」
魔力を相当持って行かれたのか、少しげんなりする霊真。
……だけどそれに見合った技なのか、相手は動こうにも動けなくて――それどころか、相手はどんどん崩れていって最終的には消えていった。
「――っしなんとか撃破だ。効いて良かったよ」
「霊真、今のは?」
「一応バロールの奥義の一つ。あの浮いてる瞳で見た対象に終わりを与える技だ。皆が来ると不味いから解除頼む」
「分かりました貴方様」
それで、戦闘は終わり。
見慣れた光景なのか、あまり感情を出さない霊真を見て――どうしてか悲しいと、そう思ってしまった私は。
「霊真、大丈夫?」
無意識のうちにそんな言葉を口にしてしまった。
「ん? 大丈夫だぞ? それより、皆が帰ってきたみたいだな」
――その霊真の言葉の通り、下層から皆が数人ほどを支えて帰ってくる。
それを見て、安心したのか彼は張っていた気を抜いて――ようやくいつもの調子に戻ってくれた。




