第87話:救難要請
鍵を渡されたとはいえ長居する度胸がなかった俺は、めぼしい物だけを確認した後でギルドの一階に戻ってきた。
それに、慌てて出て行った泉華さんのことも気になるしと……俺が下に降りてみればそこには冒険用の装備らしきものに身を包む泉華さんと千鶴さんがいる。
「……綾音、二人はどこ向かうんだ?」
「Aランクのダンジョンだって。別のギルドの攻略隊が壊滅状態で救難要請が来て、今からヴァルシアの何人かで向かうみたい。私も参加だね」
「……そうなると俺も参加した方が良いのか? 一応、このギルド所属らしいし」
「どうだろ……心強いけど、大丈夫?」
俺の事情を知っている故に、ギルドの面々と関わらないようにと思ってくれてるのだろうが……人の命が掛かっているのなら無視するわけにはいかない。
……それに場所がどこかは分からないが、俺の仲間達の力を借りればそこら辺の乗り物より速く移動できるし。
「泉華さん手伝います」
「え、でも……これはうちのギルドの仕事だよ?」
「俺もここ所属なんでしょう? ならちゃんと手伝います。それに大人数を運ぶのに適した奴も召喚獣の中にいるので」
「……分かった。今は時間が惜しいからね、力を貸してくれるかな?」
「了解しました――【サモン】ベルグ・フェルニル」
呼び出せば現れるのは少し大きめの鷲。
銀の翼を持つそいつは久しぶりに喚ばれたことで喜んでいるようだが、人見知りである故にこの大人数を見て、すぐに俺の背中に隠れてしまった。
「えっと大丈夫、霊真君? ……その子、鷲にしては大きいし可愛いけど私達を運べるようには見えないよ?」
「流石に本来の姿だとでかいんで、今のサイズなだけです。かなり速く移動できるので多分この状況で最適かと」
それを伝え見せた方が速いと思った俺は、とりあえず外に出てやってほしいことを念話で伝える。
そうすればベルクの奴が十五メートル程の大きさに変わったので、安全を伝えるためにも俺が乗って残る皆に乗るように伝えた。
「うわぁ、おっきいね――それに相当強そうだし」
「いつの間に、しかし助かるぞ霊真」
元の俺に対する信頼故か、すぐに信じて乗ってくれる綾音を含めた四人。
ダンジョンに向かうためにベルクに乗りながらも場所を聞いて指示を出せば、賢いこいつはすぐにダンジョンへと向かったくれた。
「――ッすっごい速い、これ飛行機と変わらないんじゃない?」
「元が鷲ですからね、かなり速いですしこいつの能力で飛行機より安全です」
風を打ち消す物という名を原典に持つこいつは、乗った者に対して風の影響を受けさせないように出来るのだ。そのおかげか乗っている間は一切苦が無いし、何より羽が支えてくれるから安全。
旅の前半で仲間になってくれたおかげか、色々な場所に移動するときは誰よりも重宝したし、よくこいつと一緒に空を飛んだのは良い思い出だ。
「っと、確か秋葉原ですよねもう着きます」
今回の要請が届いたのは秋葉原のダンジョンらしく、転移で逃げれた一人がダンジョン庁に救難を呼びこのギルドに依頼が来たとのこと。
まだ詳しくこの世界のギルドの仕組みは分からないが、綾音というSランクの冒険者がいて、マスターである泉華さんもSとなるとかなりの知名度を誇っている場所というのはなんとなくだが理解できる。
「ありがとう霊真君……着いたから早速潜るんだけど、皆大丈夫?」
辿り着いたのは地下に続く穴のような見た目の洞窟型ダンジョンだろう場所。
攻略されても消えず魔物が湧き続けるという特徴を持つって事は知っているが、それのAランクとなるとかなり危険なイメージだ。
それにそんな場所の攻略に来たギルドの人達を壊滅状態に追いやる場所という事も考えてかなり戦力はあった方が良いだろう……と判断する。
「ありがとな、ベルク。また時間作るから今は戻ってくれ」
言葉はない、滅多に人型に戻らないこいつはこくりと一度頷き俺の魂の世界に入ってくれる。それを見届けながらも、潜る前に泉華さんに情報を聞いて狭いダンジョンだという事を知る。
「……俺が先陣切っても良いですか?」
「え、霊真君は今サモナーでしょ? 後衛の方がいいんじゃない?」
「いえ、ソル……えっと狼の召喚獣に乗って出来れば急ごうかと、いつ頃要請が来たか分かりませんが、速いほうが良いでしょうし」
「それもそうだけど――私も一緒に乗せれる? 壊滅状態でどうなってるか分からないらしいし、回復するのが私の仕事だから」
「……多分あいつなら乗せてくれると思います思います。それと急ぐならちょっと荒技使いますけどいいですか?」
「負担とかないよね? 霊真君の性格的に無茶するなら止めるよ?」
その反応を見るにやはり俺という事もあってか、元のこいつは暴走癖があったと再確認する。それは日記で割と思ってはいたが、記憶を失ったという情報があっても心配される程のことらしい……。
「大丈夫です、流石に無茶はしません。じゃあ喚びますね【トリアルサモン】ソル・スコル、ルナ・マナガルム――バロール・シャムロック」
魔法を使えば現れるのはいつものソルと……一見すると修道服に見えるような、少し際どい白い衣服に身を包む山羊の角を生やした桃色髪の女性が現れる。
目元には赤黒い包帯が巻かれており、様子を見るに喚ばれたことに少し驚いているようだ。性格は覚えているし、結構淑やかでいつも落ち着いている彼女。
悪魔と呼ばれる原典ではあるものの、どんな相手でも平等に……そして分け目なく接する彼女なら共闘にも応じてくれるだろう。
「ねぇレイマ、バロールは不味くない?」
だからこそ、ソルが少し冷や汗を流してそういったことが理解できなかったし……この後の事など予想することが出来なかった。
「え?」
そんなソルの言葉を聞いて零してしまったその言葉、気付いたときにはバロールの奴が目と鼻の距離にいて……ゆっくりとその口を開く。
「……漸く、漸く私を喚んでくださいましたね――貴方様」
鈴のような声音だ。
か細いながらも万感の思いがこもっており、暫くぶりの再開に喜んでいるのは分かる。だから俺もそれに答えようと言葉を出そうとしたんだが、それより速く彼女は。
「ぁあ、あはははは! 本物の、本物のレイマ様ですわ! 夢にまで見た貴方様、輪郭をなぞりどれだけ想っても死なない私達の貴方様! お仕事ですよね、違えない間違えない――この瞬間を想ってどれだけ会いたかったか。えぇえぇ――喚んだってことは殺せば良いのですよね? 任せてください、貴方様の敵は悉く呪って殺して祟りましょう!」
俺の顔を確認するように指でなぞり、笑顔を浮かべて深く嗤う。
捲し立てるように今までの全てを吐き出すように……包帯が赤い涙で濡れる、あまりの感情の高ぶりからか周囲に彼女の力が漏れそうになる。
その際に発せられるのは彼女の権能を色濃く受け継いだ魔力、それが多方向に向けばどうなるかを分かっていた俺は、すぐに彼女を落ち着かせる。
「なぁバロール、今は時間が無いから助けてくないか?」
「あぁ……ふふ、また名前を私の名を呼んでくれるのですね――えぇ、分かりました不肖バロール・シャムロック貴方の命に従いましょう」
「よし頼んだ。えっと、ソル俺達乗せれるか?」
「まぁいいけど~……でも流石に耐性は付与してね、バロールの眼は厳しいから」
「まあそうだよな。えっと、泉華さんソルが狼に戻るので乗ってください。かなり速いんで俺に捕まってくれると助かります」
……それを伝えて、三人程が乗れるサイズの大きさになってくれたソルにまたがり俺はバロールを先頭に据えて泉華さんが乗るのを待つ。
「霊真君……今は時間ないからあとでお話聞くけど、任せて良いんだよね?」
「はい……多分多数戦においてバロールの右に出る者はいないので」
それだけ伝え俺達は先陣を切る。
残った三人は追いつけるようにルナに乗り、ダンジョン攻略が始まった。




