第86話:軌跡
ギルドである【ヴァルシア】の建物に入り案内されたのは「だんちょーしつー」と気の抜ける文字が書かれた部屋。
その部屋にお邪魔して見て驚くのは本の量。壁一面の本棚にはぎっしりと本や書類が詰まっており、分かる範囲の背表紙の情報で大体がダンジョン関連と理解する。
「さて霊真、久しぶりに来たのは良いが――何故、顔を出してくれなかったんだ?」
「……ッ」
少し厳しめだが、寂しそうなその口調。
そこに込められた感情は、元のこいつに向けた物で……俺が受け取っていいものだと思えない。でもそれでも、何かを言おうとして、だけどそれはこいつのために残さないとと――。
「あー千鶴ちゃん、それは聞かないであげると助かるかも」
「む、どういうことだ?」
「……すいません今、俺は記憶喪失で」
「――冗談では、なさそうだな」
そう言った俺の顔を見て――すぐに悟ったのか、目を伏せる千鶴と呼ばれた女性。一度あの嘘を吐いた時点で、こうしなきゃいけないというのは分かっている。だが、こういう反応を見る度にこいつが慕われていたことを理解して苦しくなって――。
「それならすまない。知らないとはいえ私は自己紹介をすべきだったな。改めて、結城千鶴だ。ジョブは魔法使いで、ここ副ギルドマスターをしている」
「……こっちこそ狩谷霊真です」
「あぁ、よろしく頼む――しかし、記憶喪失か。これは他の団員に伝えない方が良いだろうな」
「すいませんそれでお願いします」
「何故謝るんだ? ……お前は、悪くないだろう」
霊真に体を返すのがひとまずの目標で、今の俺に与えられた時間は本来ならあり得ない物。それがいつになるかも分からないし、本当に返せるかも分からないが――その時までに他の人に不安を与えたくない。
それに――別人だと知って、また恐れられたら。
「はいはい暗くなるのはそこまでだよ千鶴ちゃん」
「そうだな、今は霊真が帰ってきたことを喜ぼう」
「うんうん、それがいいよ。で、一応霊真君には聞きたいんだけどさ、今後どうしようってのある?」
「えっと、今は記憶が戻れば良いなってぐらいですね。それでダンジョンに潜るようにしてましたし」
少しぼかしながらもそう伝え、俺は一応の目標をこの二人に伝える。
それを聞いた彼女達……というより泉華さんは何かを考えながらも「よし」とだけ言葉を漏らして、こう続ける。
「うんそれじゃあ、千鶴ちゃん。しばらく【ヴァルシア】の目標は霊真君の記憶を取り戻すでいい?」
「構わないぞ、最近はダンジョン攻略も停滞気味だしな。そうなると、幹部陣には伝えて置いた方が良いだろう。あいつらなら協力してくれるはずだ」
「うんうん、なら今度会議開くとして……あ、そうだ。言いづらかったらいいんだけど霊真君の記憶喪失ってどこまで?」
そう言われて答えるのは、最初の目覚めで医者に伝えたような事。
一般常識程度は分かると伝えて、ダンジョンに関する事や今まで関わったことのある人達のことを覚えていないと言う。
「そっか結構深刻だね……で、今はサモナーに目覚めて召喚獣がいるって感じ?」
「はい、そうですね。目覚めてから皆が……えっと召喚達獣が宿ってて、他にも魔法とか覚えていて――そのぐらいです」
「そこらへんは覚醒者の子と同じだね。よし、じゃあ後は方針固めるとして――手がかり探そっか!」
「手がかりって、何探すの泉華?」
そこまで話をそわそわしながら聞いていた綾音が、泉華さんにそう聞いた。
俺も似たようなことは想ったし、手がかりと言われてもそんな物が簡単に見つかるとは思えない。だからというか、頭に疑問符を浮かべながらも彼女の反応を待つ。
「ふっふっふ。とりあえず付いてきてよ、私には秘策があるのだー」
「……すまん多分的外れだろうが付き合ってやってくれ」
「えぇ、まぁいいですけど」
「私はちょっと千鶴と話してるね。霊真、泉華が暴走したら逃げていいから」
そうなったので俺は泉華さんに連れられて別の部屋に移動することになった。
階段を上り案内されるのは三階にある端の部屋。
「霊真君室」と気の抜けるというか、女子っぽい可愛らしい字で書かれた看板が置かれてるその部屋、ズキリと痛むような感覚を覚えながらも泉華さんが鍵を開けたので中に入ってみれば。
「ここにくれば何か思い出すかなーってきたんだけど、どうかな?」
さっきの団長室の倍以上の本。
見える範囲にはノートも沢山ありそれどころか異常と言えるくらいの書類の山が置いてある。綺麗に整頓はされているが、埃が多く少なくとも数ヶ月は誰も足を踏み入れてないように感じた。
「――ここは?」
「霊真君専用の部屋かな? もっと言うと勉強に使ってた部屋だね」
「これを、俺が一人で?」
中に入ってみて適当に手に取った一冊のノート。
書かれている内容としては家で見たような魔物の詳細やダンジョンの攻略情報なのだが、あり得ないくらいに詳しくまとめられていて、凄くわかりやすかった。
「そうだよ、君の中学生からの頑張りが全てまとめられた部屋だね。いやぁ私も入るの久しぶりだけどやっぱ凄いよね。霊真君ここにあるもの全部暗記してたんだもん」
「それ、凄いですね」
ここにある本の数は目測でも二百を超えていて、その全てを暗記するなど無理だと思えるが、霊真の実績と評価そしてあの攻略ノートに書かれていた事を見ると嘘だと言えるはずがなかった。
何よりあいつのブランとノワールの運用法を考えると、そもそもがそれが前提でありあいつのことを前以上に知った気がする。
「魔力が無いから本来だったらダンジョンに君は行けなかった。でも、特例として認められるくらいに勉強して実績を上げて……それが君の頑張りだよ」
「……なぁ泉華さん、少しこの部屋探索していいか?」
「うんいいよ、元々霊真君の部屋だしね」
そう言って彼女は部屋の外に出て、俺は一人この部屋に残される。
少し探索しようとし……軽く部屋を見渡して気になったのは俺のだろう机。魔力を感じたからと引き出しを開けて中を見れば、そこには魔石が沢山入っていた。
「多分、あの銃用の奴だよな」
そう言いながらも気になって俺がそれを手にした時だった。
……頭痛を覚え、拒否反応すら出てしまい不意に魔石が熱を帯びる。
「――痛ッ!」
咄嗟に魔石を離しながらも、抑えられない頭痛に違和感を覚えて――そのまま俺は放心する。
「なんだよ、今の?」
……そう零して、俺がもう一度魔石に触れようとしたら。
「霊真君! ちょっと用事で私いってくるね!」
扉を開けてそう言った泉華さんが、鍵だけ渡して遠くに行ってしまったのだ。




