第43話:純真の吸血姫VS神殺しの氷狼
思い出すのは彼女との最後の記憶……大事な仲間との別れの時だ。
旅を始めて約二年……三人目の四天王との決戦での出来事。相対していた敵から俺を庇ったことにより彼女は下半身を失っていた。
『【サモン】ッフェニックス! カドゥケウス! ヒール、ヒール――ヒール!』
契約している不死鳥を呼び、その上で最高峰の回復性能を持つ杖を使い彼女を癒やそうとする。しかし、治る気配は一切なくて彼女の生命力はどんどん消えていた。
『無理だよレイマ、彼女は吸血鬼だから聖属性の僕の血や回復魔法じゃ治らない』
『――ッなら俺の血を使えば』
『馬鹿か、貴様は? いくら私でも、この傷じゃ絶対に治らん――だから無駄に血を流すな――自分を傷つける貴様など見たくないわ』
『ふざっけんな! ――最後まで旅するって、魔王を一緒に倒すって言っただろ! それがこんなところで!』
『……うるさいぞ? むしろ私一人の犠牲で、魔王種を倒せたのだ……それで、十分ではないか?』
『十分なわけ――あるかよ。なぁ――誰なら治せる? フェニックス』
医療に、治し生かすという行為が得意なこいつならと思って縋るが、彼は言葉を発さない。それどころか、俺の傷を治すことに注力しそっちに力を使っている。
『やはりお前の仲間は賢いな、流石は神獣フェニックスだ――それにだ。私はもう助からない、それは自分が一番分かってる』
死ぬというのに彼女は笑顔だった。
……どこまでも気高く、俺等の事を守ってくれた彼女らしく、辛いはずなのに凜々しい表情で笑い……俺の顔に手を添える。
『なぁ後は任せたぞ、レイマ……お前が世界を救え。私を救ってくれたお前なら世界ぐらい救えるさ――だから、頼んだ。さよならだ私の、英雄』
『――ッ……ははっ分かったよ。約束だラウラ、絶対に、魔王倒して世界救うから、皆とお前の事を語り継ぐから――だから、安心してくれよ。ほら俺って強いだろ? だから、すぐ倒して――なぁ、返事……しろよ』
それが彼女を失ったときの忘れられない俺の傷。
……異世界で初めて仲間と別れた時の失いたい記録だった。
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椿さんに案内された訓練場で、ルナとラウラが構えている。
無手のルナと自分の能力で血の鎌を作るラウラ、勝負開始の合図はまだだが、既に場には圧倒的な緊迫感が漂っていて、どう見てもただの勝負では終わらないだろう。
俺としては二人には戦ってほしくないが、思うことがあるのは分かるので――見届けることを選んでしまった。
審判は贔屓の無いように公平にしてくれるだろうアルゴルに頼み……俺達はソルが作った太陽の結界の中で待機。
多分だが、ルナは俺のサポートが無い状態の本気でラウラと戦うだろう……という事で見物人である俺達を守るためにソルが頑張ってくれるらしい。
「……本気で来てねラウラ、じゃなきゃ死ぬよ?」
「あぁ、お前相手に手加減など出来ないことは分かっている――原典解放【純真の吸血姫】」
……ラウラの奴も本気らしく、ミソロジアの力を解放する。
それは真祖の血族としての力、夜を支配し怪物の王とさえ呼ばれる吸血鬼としての力を全力で解放した姿だ。
流石に不味いと思った俺は、ソルに頼んで結界の規模を拡大して貰い建物が崩壊するのを防ぐことにする。
「じゃあ開始だ――一応だが命は奪うなよ?」
「善処はするねアルゴル……」
「私としてはぶつかるだけでいいんだがな」
そしてその瞬間、ルナが発していた冷気全てが武器の形を取る。
あらゆる種類の剣に斧そして槍――それらが全てラウラに向かい、一瞬たりとも避ける隙すら与えない。とにかく殺傷に向いた武器のみを作り、ラウラに向かって飛ばしている感じだ。
「――【切断】」
だが、ラウラだって元はミソロジアの住人だ。
この程度とは言えないが、ルナの技を防ぐ手段は持っている。
使われたのは切断するという現象、血の鎌を触媒に放たれるその技は目に見える全ての武器を両断する。
「――変わってないね、戦い方」
「そうだな……それと忘れたか? お前とレイマに近接戦を仕込んだのは私だぞ?」
氷を射出するだけがルナの戦い方では無く、メインは近接格闘。
氷を飛ばしながらも接近した彼女は殴る蹴るの攻撃を加えるが……それら全ては避けられて、
「――【劫炎】」
反撃として彼女の権能の一つである炎が放たれた。
……それは彼女の意思がない限り消えることの無い焔、対象の存在すら脅かす地獄すら生ぬるいルナの氷すら溶かせる反則級の魔法だ。
「なぁカイザー……ラウラさんあんなに強かったか?」
「――我の記憶が間違ってなければ、こんな力は使ってなかったな。基本は影を操る魔法を使ってたはずだ」
「話には聞いていたけど、拙者も見たことないでござるな――幼馴染としては悔しいでござる」
「……一応言うがしょうがないぞ、ラウラが本気出すにはちょっと条件いるし……あいつの性格だとこの世界ではそれ達成しにくいしな」
「……条件? そういえば、戦う前にラウラと話してたっぽいよね? ……それに指怪我してるけど」
「めざといな綾音、まあ後で説明するだろあいつなら……っと状況動くぞ」
そうやって話をしている間にも、状況はめまぐるしく変わっていく。
俺の言葉に釣られてもう一度視線を二人の元に戻せば、ラウラがルナに突撃する瞬間が見えた。手には二つの鎌を持ち一直線に駆けるラウラ、身体強化でも使っているのか、かなり速くルナに追いつけるほどだ。
「やっと、攻めに来た」
だけどルナも負けてない。
それを狙っていたのか突撃するラウラに合わせて氷の壁を作りだして防御した。
――いや、防御じゃないな。
よく見れば氷の壁には無数の針が付いており、このまま突進すれば確実にラウラに攻撃が当たる――そして次の瞬間、何かが爆発した。
氷の壁に何かがぶつかったのか、大爆発が起き訓練場が白い霧に包まれたのだ。
「相変わらず脳筋すぎるよ……」
「あぁよくレイマにそう褒められたな」
「知ってる? それ褒められてないんだよ」
霧が晴れた後に見えた光景は生み出された壁の中心に巨大な穴が空いていて、見るからにこじ開けたようなもの。
そしてまた距離が取られて……完全に頭に血が上ったのか――二人が、詠唱をはじめた。それほどまでに乗っているのは分かるが、あまりにも不味い。
「奈落の口は北東に、そこは闇広がる霧と氷の園。氷獄の園で生み出されるは生き血を啜る魔の遺産。さぁ今こそ、全てを凍てつかせようか」
ルナの詠唱によって生まれるのは黒い剣。
どれほどの魔力を圧縮したら出来るんだ? そう言いたくなるようなその剣は、結界魔法を圧縮したような感じだ。これは俺が武器によって使える神滅魔法の一つ再現、明らかに出力はさがっているが……それだけでも威力はやばい。
息をするだけで冷気を肺の中に感じる。
これ以上この場にいれば、内側から体が凍るだろうと思えるほどの冷気に俺は咄嗟にソルの結界を強化する。
あの必殺が放たれたら不味いという本能からの行動、相対していないのに感じる凶悪さに俺は皆を守ることを選んだ。
「黄昏の空、世界に混沌――地には滅びを……数多の全て深淵に落とせ」
対するラウラが魔法で作ったのは一本の槍。
だけどそれには、魔と混沌の魔力が込められており今にも爆発しそうだ。
あの二つは駄目だ。下手に防いでも、影響が出る――今の俺の結界程度じゃこの場所全てが破壊される。
そんな二人の魔法が放たれる瞬間の事だった。
俺の魂の世界から何かが飛び出して、二人の間に割って入る。
「ニブルヘイム・ダーインスレイブ」
「アビス・コラプス」
「さぁてやり過ぎだよ君達、レイマの負担を考えようか――だから二人とも《《魔法を止めようねー》》」
発されるのは言霊……それだけで誰が勝手に出たのかを理解し、助かったと思うのと同時にこれからの心労に心が死んだ。
現れたのはパールのような髪に、ルビーそのもののような瞳をしたとんがり帽子を被った美少女。エルフ耳をしながらも、悪魔の尻尾が生えた彼女は、俺に向かって微笑みながらも、彼女ら諸共その一撃を完全に止めていた。
「やっほーレイマ、バハちゃんじゃない別のお姉さんが助けに来てあげたぞー。さぁ久しぶりのメルリお姉さんだ存分に甘えると良いよー!」




