第29話:魔獣討伐の報酬は?
俺が放ったスルトの剣――それは、ベヒーモスの体を両断してその姿を魔石へと変化させた。全てが炎に沈む中で、残るのは純黒の巨大な魔石。
此方の身を竦ませる程の魔力と、圧倒的なまでの存在感を放ちながらもそれは倒した証として確かにこの場に存在した。
「……やったか?」
だけど、終わったのだ。
魔石になったということは、倒したという事であり、戦闘が終わったことを告げる事と同義だから。
〔ここまできてそれ言うなバカイザー!〕
〔五郎空気読め〕
〔気持ちは分かるけどね〕
〔凄すぎた〕
〔Sランク冒険者って凄いんだなって〕
〔格好よかった〕
〔これだから五郎は〕
カイザーと綾音の二つのデバイスによって配信されていたせいか、前に経験した時よりも異常な速度でコメントが流れていく。空間全体に広がるそれに、ちょっと目眩を覚えた。
「おいバカイザー、それはフラグだろ……とはもうならないな」
「お疲れ様でござる皆殿!」
「うん、お疲れ皆」
それを見る俺は、妙に現実感を感じず……なんというか、少しぼけっとしてしまう。久しぶりの誰かとの共闘、異世界での終盤召喚獣以外とは戦わなくなったのを覚えている俺は、この誰かとの共闘の末の勝利に……なんて言えばいいか分からなかったのだ。
「おい功労者、そっちいないでこっち来いよ!」
「そうだぞ黒ローブよ――というか詠唱教えてくれないか? センスが、良すぎた――そうあれだ。もう一回やってくれ!」
「まさしく神に届くレベルの魔法でござったな、凄いでござるよ黒ローブ殿!」
「あれ、大丈夫?」
皆が声をかけてくれる。
怖がりもせず、恐れもせず……ただ一緒に戦った仲間として労ってくれた。それが、俺にとって――。
「いや、悪い……というか今更ながら配信してるんだよな」
「あーそうでござるね……どうなって――えぇ」
カグラさんも忘れていたのか、思い出したかのように綾音のデバイス……空飛ぶ雪ん子みたいな奴を確認したんだがすぐに困惑の声を上げた。
「えっと……カイザー殿至急自分のチャンネルの確認を」
「何故だ? 確かに類を見ないコメントの速さだが……え? 多過ぎではないか?」
「どうしたの二人とも? ……わぁ、私の方だけで同接五十万だぁ」
……五十万?
え、なにが……見てる人が? そう思ったのも束の間、さらにコメントが加速する。
〔やっと気がついたw〕
〔まぁ、しゃあない〕
〔スタンピードから加速度的に伸びてたぞ〕
〔黒ローブは本当にサモナー?〕
〔下手なキャスターより強くない〕
〔下手なキャスターの基準壊れる〕
〔ジョブ詐欺定期〕
〔ローブで顔見えないけど、どんな表情か想像出来るのやばい〕
……未だこの世界のダンジョン配信の規模を理解していなかった俺が悪いのかもしれないが、なんかもう数字が意味不明。ちょくちょく目に入るコメントには海外からのものもあり、この一連の戦闘が全て見られていたことを悟った。
これぇどうしよぉ……と思うが、後悔は割としてない。
だって綾音達を守れたからだ。霊真に体を返すのは確定として、それまでに彼の大切なものを守るのは当たり前。全てが終わった後に何も残らなかったら意味がない。
それにこの黒ローブがある限り、正体はばれることはないし。認識阻害のおかげか俺は黒いローブを羽織った何かとしか認識されないから。
存在は前以上に認知されたかもしれないが、このローブを信じよう。
「……そうだ魔石どうするの? 他にも色々落ちてるけど……」
「拙者は足を刎ねたぐらいでござるし、いらぬでござる」
「俺もバフってただけだしな」
「我も牽制のみだ……ダメージは与えられてないな」
そこで皆の視線が俺へと一斉に集まる。
……急に視線を向けられて気まずくなったが、大体言いたいことは分かったので……遠慮したかった。
「俺はいらないかぁ……ほら、お前等いなかったら倒せてないわけで」
「……それはこっちの台詞だろ?」
「え、まじいらない……それにしまえるけどこの大きさの魔石邪魔だし、何より……この魔石なんか変じゃね?」
とにかくいらないことをアピールしようとして、魔石の方を見たのだが……なんか初めて見る魔石の形をしていた。いや、形自体は普通の巨大な魔石なのだが……中に何かが封じられたように浮かんでいる……それこそ、人型の少女が。
「あ、不味いこれ――えっと、あの……戦闘終わったしぃ、俺帰っていいか?」
「駄目に決まってるだろ、というか何を慌てて――」
あの神滅魔法は……一応俺の魔力で放った技である。
それを全て一身に受け止めたベヒーモス、存在の格としては十分で……多分殺しきれなかった。で、そんな状態で魔石になる条件を俺は霊真のノートで知っていた。
「とにかくさらば! その魔石売っていいから! じゃ!」
でも、それがいけなかったのかもしれない……そうやってぐだぐだやってる時間が、こいつに時間を与えたのだろう。
魔石が光り出す……そしてその中から先程以上に存在の強度が上がったような少女が姿を現して……。
「なんで……逃げる気?」
周りの全てに感知されない速度で、俺を押し倒してきやがったのだ。
「……あの、一応聞きたいのですが……何者でございましょうか?」
俺の顔を覗き込むのは灰色の髪をした虚ろな目の美少女。
……首輪をつけていて、見覚えのある大きな角の生えたその子は……だぼっとした大きめの服を羽織っている。
「ベヒーモス」
あ、うん――知ってた。
……でも、信じたくなかったから聞いたのにさ、現実が残酷すぎる。
いや待てよ、まだ可能性があるだろう。この場にはサモナーがもう一人いるのだ。そうカイザーというサモナーが、あっちの方と契約したのかもしれない。
「えっと貴方の主は誰ですか?」
「貴方だけど」
どうしようか、着々と逃げ道が削れてるし……何より、さっきからルナとソルの殺気がやばいしリコリスに至っては毒が漏れてる。
「えっとクーリングオフで……」
「抵抗する私にあんなに大きいのぶち込んでおいて、責任取らないのは最低だと思うよ」
「言い方が誤解しか生まねぇ!」
「事実……それに、お母さんより魔力上質だし……私レベルが、いち、にい……沢山中にいるし、とても優良物件――だから魔力頼りに契約した」
「ひでぇよ、せめて許可取れよ……無法契約は駄目だろ、意思確認しろよ」
「それはそっちも同じ、ただ空見たかっただけなのに……散々嬲って斬って最後に……ぽっ」
せめて卑猥な言い方やめようぜ?
……終わってるから、何も間違ってないせいでコメント欄に目を通せば鬼畜外道とか言われてるから。さっきまでとは一変して変態扱いされてるから。
「それにね……漸く私を殺せる存在を見つけた……から、絶対に逃がす気はない。貴方の魔力は優しくて、凄く気持ちよかったし……これからよろしくね? マスター」
……どうしよう、俺の仲間が、心の中で、暴れてる。
何人か無理矢理出てきそうになってるし、魔力制御しないとこの場が召喚獣で溢れるくらいには皆キレ散らかしてる。
「ふふ、楽しくなりそうだね――まいますたぁー」
「…………【スペルサモン】テレポート!」
とりあえずこの場にいたら不味いと判断した俺は、契約してる仲間の魔法を借りる魔法で、このダンジョンから逃げ出して誰よりも早く地上に戻った。
でも、契約された時点で……逃げられるわけがなくて、地上に出たとき確かにベヒーモスが俺の中に宿ったのを自覚……したのであった。