第154話:VSバアル・ゼブブ
ヴァルキュリアの上、啖呵をきった我はバアル・ゼブブと対峙する。
圧倒的で異質な存在感。対峙するだけで身が竦み聞かされていた故の情報からこの男が格上なのは分かっているが――それでも我慢が出来なかった。
バアル師匠の顔で仲間を傷つけるのが。
霊真の仲間達に牙を剥くのが。
何の情もなく命を奪うのが。
どうしてもその光景が耐えられなくて、何処までも嫌った自分の別側面を頼るくらいに我が友を想っている彼の姿で、誰かを傷つけることが許せなかったから。
「式、綾音、ラウラ、カグラ! 我がメインで相手をするサポートを頼むぞ!」
無茶を言っている自覚はある。
だけど、この相手を倒し我が友の意識を戻さなければ先に進めない。
弱気になるな、カイザー・ドラゴニア。
世界一格好いい自分になるために、我を認めてくれた初めての友達の隣に立つために、サモナーとして、あいつの友人として、夢見た龍帝の如くに――命を賭けろ!
「了解だ。サポートは任せろよ、バカイザー!」
「人使い荒いよ五郎。まぁでもね、私達強くなったし……頑張ろっか」
式と綾音からは激励が、そしてラウラ達が頷いたのを見て……我はヴァルキュリアと共に突撃する。相手の持つナイフとフォークと打ち合うこと数回、相棒の槍がなければそれも龍化してなければ一撃で腕が壊れていたことが分かる。
この攻撃と打ち合い続けるのは愚策であり、何か作を考えなければいけないが……と僅かに思考をするために距離をとった瞬間に、相手の前に引き寄せられてがら空きの胴にナイフが――。
「ぼくを忘れて貰ったら困るよ、蠅の魔王」
「龍と対峙しているのだからメインディッシュの二人は見ていてほしいのだがね」
「ほざくな、嫌いな相手の言葉を聞くわけないだろう。ぼくだって苛ついてるんだ」
空を駆けるルミアという名の悪魔が割り込んで、間一髪のところで防がれるが……ソレがなければ我の体は二分されていただろう。
「さっきのはいい啖呵だったよ、龍の子。ぼくらも戦うから頑張ろうね」
「ルミア、メインのサポートは僕がやるから君はレイマの確保優先で」
「はいはい指揮官様……難題頼む君こそ、めんどくさがって悪魔化はしないでね」
「流石にこの人数じゃ使わないよ。でだそれより、カイザー君だっけ? 今から君に僕の加護渡すから、数回ぐらいは死んでも大丈夫と思うな」
空を飛ぶフェニックスと空中に立つルミアさんが話す中で急に話題を振られて、何か暖かい者が体に宿る。
「じゃ、頑張ってね。あいつの性格だと君達人間しか狙わないだろうから」
「サボるなよ怠惰」
「サボる気はないよ、僕は僕でやることあるの。ほら船操縦していた人間運ばないと不味いでしょ?」
姿を炎の鳥に変えて、船を操縦してくれていた方を運ぶために戦線離脱をするフェニックス。それを見送った我等は、改めて待っていたバアル・ゼブブを見た。
「作戦会議は終わったか?」
「よく待ってくれるな、暇なのか?」
「いや、魔王の矜持だ……弱者には施しを与えなければ」
「その余裕、続けられると思うでないぞ!」
そして再び戦闘が始まる。
サポートに徹すると決めた式からのバフが届き、この海一帯に氷の世界が広がる。それは綾音の新しい魔法である【氷界】という技。
辺り一帯全てを冷気に満ちた氷の世界に変えるという技であり、ただでさえ自分の周りだったら自在だった氷の操作の範囲を広げるという反則技。
「【無尽氷剣】」
無数の刃が空に浮かぶ。
それら全てが矛先を魔王へと向けて、次の瞬間に一斉に掃射される。
並の相手だったら原型すら残さないその魔法は相手に当たったかのように見えたのだが。
「上質な魔力だ……いただきます」
一瞬だけ、武器がしまわれるのが見えた。
そして手を合わせたのも。
それがきっと合図だったのだろう、放たれた魔法が全て捕食されて――一切のダメージを与えることはなかった。
「私に遠距離からの攻撃は止めた方がいい、魔力である以上は等しく餌だ」
「ッ魔王って皆反則なんだね」
「大罪の者がより魔力に特化してるだけだ、諦めずに挑むといい」
何処までも上からない態度、まだ我等を完全に敵と認めてないことを理解するが、そこ感情を向けては成らない。
「それにお返しだ……これで死ぬなよ?」
相手の背に、綾音の魔法だったものが浮かび上がる。
黒く変色してより凶悪な見た目となった氷の刃が我等に狙いを定め――。
「避けろ、貴様等!」
わらがそう叫んだのはいい物の、次の瞬間には目の前に刃が現れた。
いや違う、さっきのように距離を喰われて位置を操作させられたのだ。
回避――は不可能、甘んじて受けるしかないが、耐久力が低い皆を守るには。
「【ヴァルドラゴシールド】」
ヴァルキュリアとの親和性を高めたおかげか覚えた新しい技。それは、魔力を引き寄せるという特性を持っており、遠距離からの攻撃を一身に受けることができる。
痛みはあった、体を何度も貫かれる感覚も。
だけど怪我なく、それどころか体に微かにあった傷も全てが消えた。違和感を覚えるも、フェニックスから伝えられた内容を思い出し、納得した。
これが、彼女の加護なのだろうと。
「ほう、怠惰の加護か……面倒だな」
「よくやったね、龍の子……君が頑張ってなければ全滅だった」
そう言われたのはいいのだが、あまりにもキツい。
死ぬというのは、ここまでも苦しいもので痛いもの……耐えれたのはいいが、宿る熱を考えると、あと死ねるのは三回ほどだろう。
「正直ね、ぼくは君達の事を下に見てたよ。どうせご主人以外の者なんて屑で、裏切るし、吸血姫なんて最後までいなかったしね――まぁ他の子は分からないけど、少なくとも龍の子は応援してあげる――まぁこれご主人なしでやるのは賭けだけどさ」
その瞬間だった。
今までも戦ってくれて、さっき守ってくれたルミアさんが笑って……槍を自分の腹に突き刺して、圧倒的なまでのそれこそ目の前の魔王と同じくらいの魔力を放ち。
「――原典開放【色欲冠する破壊と美徳の魔王】さぁお客様、ぼくのおもてなしを受けてくれますか?」
その変化は劇的だった。
悪魔の角が黄金に染まり、彼女の蠍の様な尻尾が二つに増える。
どこからか真っ黒い体躯の龍が現れて、背中には無数の目を持つ光輪が――。
「さぁ――色欲の魔王の力をせっかくだから見せてあげるね」




