第145話:海への誘い
結界魔法が破壊される。
最上級の筈のそれは、彼女の顕現によって完全に壊されて、無理矢理壊されたせいで俺にもかなりのダメージが――。
「ッディアは!?」
意識を保つので精一杯。
だけど、それでも持たせないといけない。
途切れそうになる意識の中で、確認するのは今回喚んだディアの安否。
なんとか見つければ、彼は死に体で雄大な蝙蝠の羽はボロボロだった。
「――戻ってくれ」
ほっとするも、これ以上彼を出し続けるのはダメだと悟り、俺は意識のない彼を魂の世界に戻す。魔力は限界、正直なんで起きてられるかも不思議だが……倒れることだけはしちゃいけない。
「さっすがサタン君ですねーあれを逸らしましたか」
灼熱世界が壊されて、江ノ島の浜辺に俺は倒れ……そんな俺を見下ろすのは、最初と同じ白いワンピース姿のレヴィさん。
「それに、やっぱり凄いですねーあれを結界で抑えますか。正直江ノ島が吹き飛ぶとは思ってたんですが……うんうん、凄いです。で、無事ですか霊真さん?」
「無事なわけある――かよ」
「意識保ってるだけでやばいんですけどねー」
何が何でもこの先に行かせてはいけない。
ここでこの人を倒さなければ――。
「そんなに睨まないでください。言ったでしょう今日は試しだって……まぁ、あの姿を晒したのは謝りますが……」
どこまでもマイペースに彼女は言う。
最初で会った時と同じように、飄々として……何より普通に俺に接する。
「あ、試しは合格ですよ、私を少し本気にさせたってだけで偉業なんですから!」
そこで初めて見る彼女の感情は、どこまでも純粋な歓喜の情。
それほどまでに俺が戦えたことが嬉しいのか、にっこりとした笑顔を俺に向けて――そしてそのまま何かを取り出した。
「というわけでご褒美です」
そして取り出されるのは、金色の林檎。
ただ少し見るだけでも圧倒的な存在感を放つそれは、異常なまでの神威を放っており、どう考えても人の世界のものではない。
暗い海岸で煌々と輝くそれを瞬時に切り分けた彼女は、俺の顔に手を添えてから口に放り込んできた。
「これは、確かギリシャ辺りの黄金の林檎――その模造品ですね。本来は不死を与える物ですが、今回は傷と魔力が治るくらいの効果だと思います」
息をするときに飲み込んでしまい、体の中に神饌が入る。
その瞬間に暴れるのは、黄金の神威。
傷付いた俺の体が無理矢理癒やされるどころか、魔力まで回復されて――いや、今まで抑えられていた魔力の上限すら増やされた。
だけど、すぐに動こうとしても中で暴れ続けるこの林檎を抑えるので精一杯で。
「じゃあ、反撃されても困りますし……ついでにこれも」
そのまま耳に添えられるのは、黒い螺貝。
なにかの歌声が聞こえたと思ったら、そのまま俺の意識がぐわんと揺れた。
聞き覚えのある様なその歌声、心当たりがあり……自然と答えが口から出る。
「ローレライの唄」
「ふふ、流石に博識ですね――もしかして中にいるんですかね」
それが最後の会話。
彼女の唄を耐性を付けずに聞いた結果など分かりきっており、俺の意識は薄れていった。ただでさえ限界だったそれは、簡単に千切れて――そして。
「では、また会いましょう霊真さん……オケアノスで待ってますね」
「ま、て――よ」
「ふふ、楽しみにしてますから――どうか私を」
続く言の葉を聞くことはなかった。
俺は、次の瞬間に完全に眠ってしまったのだから。
――――――
――――
――
眠る彼を見て私は笑う。
本当に予想以上の英雄だ……ここまで私を喜ばせる存在に会ったことない。
あれだけの力を見せたのに、最後まで諦めないでどこまでも敵意を見せる存在。あぁ、なんて愛しい英雄性。
「ふふふ、あはっ――本当に、あなたなら」
「なに、してるの?」
そこにふと、誰かが足を踏み入れた。
この場所には私が人払いの結界を張ったはずなのに、彼女は現れたのだ。
「あら、綾音さん……こんばんは、いい夜ですね」
「何してるのって聞いてるの」
「なにって霊真さんと戦っただけですよ?」
動揺は隠して、いつもの私で彼女と接する。
そういえば、敵意……いやそんな言葉では足りない殺意を持って、彼女は魔法を展開した。どす黒さすら感じる黒い魔力。滲むような黒を放つ氷剣に既視感を感じながらも……私は告げる。
「霊真さんが寝ちゃったので、伝言頼みますね綾音さん――オケアノスで待ってますと、出来れば皆で遊びに来て下さいね」
そうして私は姿を消した。
……最後まで殺意を滲ませた彼女が、霊真さんに駆け寄った事に暴れ狂う嫉妬を抱きながら。




