4.
「何故王妃とイザベラ・デヴォンシャーが接触したのだ!?」
「はい、目撃者に依ると、
王妃陛下が短剣をお持ちの上、イザベラ嬢が軟禁されている応接室に
侍女と共にお入りになったとの事で、
その後に王妃陛下の助けをお求めのお声に従い入室したところ、
短剣を王妃陛下の首筋に当てたイザベラ嬢が
王宮からの脱出を要求したとの事です。」
「…短剣は王妃が持ち込んだ物なのか…」
「はい。
当然事件を起こした容疑者からは全ての武器となりうる物を
取り上げてありましたので。」
「何故王妃が短剣を持ちイザベラの軟禁されている部屋に入りこんだか
理由は分かっているか?」
「申し訳ありません。
立哨の者は王妃陛下の直命でお通ししたのみで、
仔細は聞いていないとの事です。」
「エステル嬢、イザベラ嬢を説得して貰えないか?」
王の依頼とは即ち命令だが、エステルはそれを叶える事は不可能と考えた。
「お言葉ながら、説得は不可能と考えます。
令嬢らしく振る舞わない時の彼女は、別人格の暴力主義者です。
権力主義者で権力に任せて思うままに振る舞う者が
権力に劣る他者の言葉に意味を感じない様に、
暴力主義者も他者の言葉に意味を感じないでしょう。
ご決断をお願いします。」
今、エステルの言った権力主義者とは
散々忠告されても乱行を止めないアレックス王子の事である。
王子は権力にしか意味を感じない様に、
イザベラの別人格も暴力にしか意味を感じないだろう。
暴力主義者とはまず願望がある者である。
願望を叶えるのに暴力を選ぶ者である。
この様な暴力主義者に暴力を止めさせるには
願望を叶えさせてやるしかない。
そして一度願望が叶えば、次も暴力で願望を叶えようとする。
だから、暴力主義者への最適な対応は、
相手の最初の暴力に対し、最大の暴力で木っ端微塵に吹き飛ばす事である。
「近衛騎士団長を呼べ!
早急に王妃救出の準備を進めよとも伝えよ。」
そして緊張した顔で近衛騎士団長がやって来た。
これに対し王は命じた。
「王妃を至急、救出せよ。
最優先条件は王妃の生存。
次の優先条件は突入した騎士の生存。
その次の優先事項は賊の生存である。
賊の制圧の際、生命を脅かさない程度の怪我は許容する。
だが、賊の生存は優先事項では無い。
突入した忠勇なる我が騎士の生命が脅かされぬ事の方が大事である。
心して任務に当たれ。」
王妃の怪我より騎士の生命を優先する王の言葉に騎士団長は感動した。
王のお気持ちに答えるには、王妃陛下を無傷でお助けしなければいけない。
「了解致しました!」
斯くして王妃救出が始まった。
王妃が捕らえられた応接室に9人の騎士が雪崩込み、
散開してベラ・ハリスことイザベラを包囲した。
「お前ら何をしている!
王妃に何かあっても良いのか?」
イザベラの脅迫に答える素振りは不要である。
相手に考える時間を与えずに攻勢に出る事が最初から決まっていた。
だからすぐにイザベラの左右斜め前と左右斜め後ろの4箇所から
片手剣と小型盾を装備した騎士が一斉に襲いかかった。
バックアップの4人はやはり片手剣と小型盾を装備した2人と、
槍代わりに棒を装備した2人である。
イザベラは右斜めから近づく騎士に思わず短剣を向けた。
一番手が出しやすいところだけでも防御しようとしたのだが、
片手剣と短剣ではリーチが違い、
そもそも鍛え抜かれた近衛騎士と14才の令嬢では相手にならなかった。
短剣を弾かれ丸腰になったイザベラを
3人の騎士が盾を用いて押し倒し、うつ伏せにして後ろ手にして拘束した。
「王妃陛下、お怪我はありませんか?」
騎士の問いに王妃は激昂して答えた。
「お前達、こんな乱暴をして私の身に何かあったら
どうやって償うつもりだ!
誰の責任でこの様な乱暴を行った!」
「陛下のご命令です。
それ故、謝る事が出来ません事をお詫び申し上げます。」
そう言われれば王妃も批判する事が出来なかった。
王に抗議するしかない。
「陛下がお待ちです。
お出で下さい。」
謁見室では王が中央に座り、
向かって左手に書記官が、右手に宰相とエステルが座っていた。
それに対面する場所に椅子が用意してあり、
王妃はその席へ案内された。
「陛下!
何故私が人質になっているのに騎士に取り押さえさせたのですか!
私の事はどうなっても良いというのですか!」
「本来ならお前が傷害の容疑者と同席する事などなかろう。
勝手に入って勝手に人質になった者を重視して
問題を長引かせる事など出来ない。
お前が容疑者と同席した事に正当性があれば別だが。
何を目的に容疑者と接触したのだ?」
「立太子目前の王子に乱暴を働いたのですよ!?
裁きなど不要で自害するのが臣下の義務でしょう!」
「どういう状況で容疑者が凶行に至ったか聞いたのか?」
「王子を傷つけた罪の前では事情など酌量の余地はありません!」
王はため息を吐いた。
「人を裁くには法を用いるものだ。
ましてや王子の方に原因があると思われるなら尚更だ。
何がお前をそこまでさせたのだ…」
「あなたは一人息子が大切ではないのですか!?」
「公人である以上、情は二の次だろう。
お前は王族の立場を何だと思っているのか?」
「王族だからこそ、跡継ぎは大事ではないですか!」
「…まあ、良い。
本件でのお前の行動の原因は分かった。
次だ。
エステル嬢の侍女の話を聞かなかったのは何故だ。」
「…何の事でしょう?
存じませんが。」
「…再度聞く。
エステル嬢の侍女からお前の侍女長に打ち上げた
エステル嬢の危機について、話を聞かなかったのは何故だ。」
「ですから、存じません。」
「…そうか。分かった。自室へ戻り待機せよ。」
「アレックスを傷つけた犯人の事はどうなるのですか!?
その決定をお聞かせ下さい!」
「周囲の話を聞いて決める。
感情的になっているお前の関与するところではない。」
「どうして私を除け者にするのですか!?」
「王妃の仕事に罪人への裁きは含まれていない。
下がれ!」
王付きの侍女が王妃を促し、退出させた。
そして、王妃の侍女長が呼ばれた。
「まず、王妃がイザベラを訪れ、イザベラに捕らえられた時の
仔細を述べよ。」
「はい。
王妃様に従い、イザベラ嬢の部屋を訪れました。
立哨の騎士は難色を示しましたが、
王妃様の直命により入室致しました。
イザベラ嬢は王妃様に問い詰められても
”自分は傷つけていない”
”殿下に迫られて怖くて気絶しただけ”
と述べていました。」
侍女長はそこで言葉を止めた。
王妃の不利となる証言は控えたのだ。
王は厳命した。
「その後の事実を述べよ。
王命である。
偽ればそなたの一門全てに類が及ぶ大罪と知れ。」
「…王妃様は罪を認めないイザベラ嬢に激昂し、
大罪を犯した彼女に自害せよとお命じになりましたが、
イザベラ嬢は泣くばかりで短剣を取ろうとしなかった為、
王妃様がイザベラ嬢に短剣を握らせたところ、
彼女が豹変して王妃様の首筋に短剣を向けて、
王妃様を害されたくなければ自分をここから出せ、
と要求したのです。」
「よく話してくれた。
悪いがもう一つ話してくれ。
エステル嬢の侍女がそなたに王妃への伝言を頼んだ際、
王妃は何故会わなかったのか?
理由は述べたか?」
「…私の判断でお伝えしませんでした。
王妃様は公務中でしたので。」
「…偽れば大罪と申したが、
それでもその答えで良いのか?
お前は私に真実を告げずに間違った裁きをせよと望むのか?」
侍女長は王妃が婚姻時に連れてきた馴染の侍女で、
王妃の実家に古くから仕える家臣の家の出だった。
だから王妃の罪と判断される事は言えなかったのだ。
「再度問う。
お前とその一門は私の命に従わないと言うのだな?」
侍女長は俯いて泣き出してしまった。
「申し訳ありません!
叛意などめっそうもありません。
王妃様は…
”自分は聞かなかった。
あなたの判断で断りなさい”
と仰いました。」
「何故王妃はその様な答えをしたか分かるか?」
「恐れながら申し上げます。
王妃様は陛下のご寵愛を失っているとお考えです。
それ故、これから頼りになるのは殿下だけとお考えで、
だから殿下と対立なさるのを嫌われたと思います。」
王は2子が生まれない王妃と床を共にする事に意味を感じず、
寵姫を設けていたのだ。
それで王妃は子供を厳しく躾ける事が出来なくなったのだ。
王も苦い顔をした。
「分かった。よく話してくれた。
下がってよい。」
侍女長はその後、王妃の療養が発表されると自害した。
実家が王妃の実家から報復されない為には命を捧げる必要があったのだ。
王妃はもうちょっと説明の言葉が必要かもですね。
修羅場を書いた経験がなくって…