3.
宰相は詳細情報を求めた。
「女とは何者か!?
王宮の使用人か客人か、入りこんだ不審者なのか!?」
「侍女はその女をイザベラ・デヴォンシャー公爵令嬢と証言しておりますが、
本人はベラ・ハリスを名乗っております。」
「エステル様、事情をご存知で?」
「まずは状況を確認し、火急の事態か否かを確認すべきと思いますが?」
「仰る通りです。
どういう状態で殿下は危害を加えられたのか?」
騎士が答えた。
「殿下の寝室で、ベッドの上で殿下はお怪我をされました。
衛兵を呼ぶ声で踏み込んだところ、
あられもない姿の殿下と服を片肌脱いだ状態の女性とが
争っておられました。
騎士は間に入って二人を引き離しましたが、
殿下は腹部を切られ、只今治療中です。
女性は取り押さえられ、
応接室に軟禁しております。」
「両者の言い分は?」
「殿下は狼藉者を捕らえよ、そのあばずれを捕らえよと
冷静とは申し上げられない状況でした。
女性の方はこのエロガキこそ捕らえよ、
結婚前の女に手を出すケダモノなど刺し殺されて当然だ、
とこちらも冷静とは言いかねる状況です。」
「陛下には報告に行ったのだな?」
「只今報告中の筈です。」
「分かった。宰相が至急お会いしたいと陛下に伝言を頼む。」
「分かりました。」
騎士は王の執務室へ向かった。
「エステル様、まずベラ・ハリスなる女をご存知でしょうか?」
「ハリスは義母と義妹の旧姓です。
多分、ベラは家族間での愛称でしょう。」
「つまり、彼女は旧姓を名乗っているだけ、という事でしょうか。」
「そう思います。」
「状況は殿下が事に及ばれた際に女性が抵抗した、
と考えますが、妹さんは殿下と思い合っていた、
という訳ではないのでしょうか?」
「…義妹は人格障害なのです。
家族のみでいる時に、癇癪をおこして別人格になり、
暫くして元に戻るとその間の記憶がないそうです。」
「伝聞でしかご存知ないと?」
「普通は家族以外の人の前では別人格は現れない様です。
彼女は侯爵令嬢となってから、
立派な貴族令嬢になりたいという気持ちは持っている様ですが、
中々上手くいかない為、家族だけになると癇癪を起こす様ですが、
彼女本人は癇癪を起こしたくないという気持ちが強いのでしょう。」
「それで別人になって憂さを晴らすと?」
「あくまで素人の意見です。
本当は医師に相談する案件だと思います。」
ここで王の侍従が二人を呼び出しに来た。
宰相、エステル、宰相の侍従、エステルの侍女ニコラ、
そして宰相の護衛が謁見室に向かった。
「まず、エステル嬢には迷惑をかけて済まなかった。」
王は素直に息子の暴挙を詫びた。
「いえ、陛下の命を軽んじたお方の責任でございます。
陛下におかれましては公正なご判断をお願い申し上げます。」
「うむ。それで、概要は宰相からの連絡で聞いたが、
仔細を確認したい。
辛い事かもしれないが話して貰いたい。」
「陛下のご判断のお手伝いが出来るのなら幸いです。」
エステルは感情を込めずに出来事を説明した。
「婚約者から事の前後を聞かされながら暴挙に及んだか…
付ける薬がない奴。」
「殿下の護衛、獄吏と話は通じていた様です。
王妃陛下に関しましては私は同席しておりませんので、
必要でしたら我が侍女にお尋ね下さい。」
「うむ、その方、確かに王妃に連絡したのだな?」
ニコラが答える。
「王妃陛下の侍女長がエステル様と私の顔をご存知ですので、
侍女長に簡単な事態を話し、王妃陛下への連絡をお願いしました。
そこで戻ってきた侍女長が、
王妃陛下は執務中なので連絡出来ないと返答がありました。」
「一度王妃の耳には入ったのだな?」
「そう思いますが、侍女長の証言が必要と考えます。」
「そこは侍女長と王妃を離して確認せねばなるまい。
そこまでは分かった。」
そこで王子襲撃の報を持ってきた騎士に話させる。
「殿下とイザベラ・デヴォンシャー侯爵令嬢の二人で
寝室に向かわれ、騎士と侍女は室外に控える様に命じられました。
その後、殿下の衛兵を呼ぶお声があり、
突入したところ、ベッド上で殿下がお腹を押さえており、
シーツが血で染まっておりました。
狼藉者を捕らえよとの命があり、
短剣を持つイザベラ嬢を取り押さえましたが、
自分はベラ・ハリスだと名乗り暴れている為、
応接室に軟禁しております。」
「エステル嬢はベラ・ハリスという名を知っているか?」
ここでエステルは宰相に説明した事を繰り返した。
「多重人格とはな…
それほどのストレスを抱えているのだろうか?」
「市井で平民として暮らしてきた12才の少女が
いきなり侯爵令嬢となり礼儀作法を身に付けよと言われれば
相当の苦労をすると考えます。」
「それを両親が支えきれなかったと?」
「…あくまで個人的な意見ですが、
元々両親に可愛がられてきたのではないかと。
父は愛のない結婚をして、
その愛せない女と似た娘との3人家族に耐えられないから、
市井の暮らしの中で父自体が愛ある家族を求めて
愛人の娘を溺愛していたのではないでしょうか。」
…愛されない娘自身にこの様な意見を口に出させている事に
王も宰相も申し訳ない気持ちになったが、
反抗の原因を特定しないと処罰が決まらない。
「では、今回も耐えられないストレスを抱えて犯行に及んだと
考えれば良いのだろうか。」
「女としての意見ですが、
イザベラは貴族令嬢として幸せな結婚を望んでいたと思います。
それには当然、結婚前には貞操を守る事も含まれます。
その幸せな結婚の前提条件を犯されそうになったが故、
乱暴な人格が現れたのではないかと。」
尤もな話だった。
上位貴族との結婚となれば、
結婚前に貞操を守る事は必須である。
他所でもらった種から生まれた子供を
後継者にする様な事があってはならないからだ。
ここでまた近衛が入ってきた。
「申し上げます!
イザベラ・デヴォンシャー嬢と思われる女性が
王妃陛下を人質に取り、王宮外への脱出を要求しております!」
予約投稿予定してます。
おかしい様なら夜に修正予定。