2.
エステルは王宮地下牢獄に連れて行かれた。
殿下の護衛騎士はここで獄吏にエステルを引き渡し、
王子からの密命を伝えた。
もうエステルはただの罪人だが、
もし牢獄から出ても発言力が無くなる様に汚してしまえ、と。
獄吏は今までも女性囚人を弄んできたが、
侯爵令嬢と遊んだ事は無かったので大喜びで事に至ろうとした。
バックに王子が付いているんだ。問題ない。
彼等は裁判所に属していながら法と権力にあまりに無知だった。
一方、エステルは騎士テレンスと侍女ニコラという二人の味方を
信じていたから、遠からず救出される事は疑っていなかった。
が、彼女も獄吏の風紀の乱れは聞いていたので、
急いで貰えないと危険な事は理解していた。
獄吏達は無礼にもエステルのスカートを捲り上げ、
両足に鎖の先に重しが付いた足かせを付けた。
これだけでももう酷い悪評が社交界に流れる事は間違い無かった。
淑女はふくらはぎなど他人に見せぬものだから。
そうして二人の獄吏が檻の中に残り、
出ていった二人の獄吏が檻の入口に鍵をかけた。
エステルもさすがにいきなりこう来るとは思っていなかったから
内心焦ったが、それを顔に出す事は無かった。
こういう時に弱気を見せたら畳み込まれる事は知っていた。
「王命で王子の婚約者と決められた令嬢にこの様な真似をして
ただで済むと思っているのですか?」
「この様な真似って事は、
これから何をするか理解してるんだな?
ご令嬢にしては下品な事もよくご存知だな。
まあ、そういう事だから、
下手に抵抗しない方が良いと思うぜ?」
一人が腕を掴み事に至ろうとしたが、
いつ王子に襲われても抑えられる様に訓練を惜しまなかったエステルは、
相手の手首を掴み、体を捻って自分の腰の横に相手の腰をのせ、
くるりと回転させて投げ捨てた。
「てめえっ!」
もう一人は抵抗された時の為に棒を持っていたので、
その棒でエステルを突いてきた。
足かせで動きが制限されているエステルはとりあえず体を捻って
突きから逃れたが、
相手はもちろん突ききってから横薙ぎに振ってきた。
肘で弾いた隙に倒れ込んで何とか叩かれる事から逃れたが、
もう左肘が痺れてしまっていた。
「手間とらせやがって!」
投げられた男も立ち上がり、
棒を持った男と二人がかりでまずエステルを取り押さえるつもりの様だ。
あの王子と一生暮らすのは嫌だから冷たく説教ばかりして
嫌われる様にしてきたが、
王子がこれまで女を弄んできた様に、
まず汚して、もう文句が言えない様にして更に弄ばれるという
犠牲者の列に自分が並ぼうとは思ってもいなかった。
こいつらもそうだが、王子も王命を甘く見すぎである。
逆に、エステルが男共の馬鹿さ加減を見誤っていた事も否定出来なかった。
もう、修道院に骨を埋めるしかないのか…
ここで外が騒がしくなった。
確証がない以上、事態の悪化を疑うべきである。
目の前の男達がかかってくる時にどう動くべきか…
だが、男達の方が平常心でなくなった。
今までも乱心状態なのだが。
「おい、ちょっと見てこい!」
檻の外の男がもう一人の男に命じた。
階段を上がろうとした男の前で階段の上の扉が開いて
騎士達が流れ込んできた。
「動くな!
抵抗する者は斬る!」
「何だ!?
ここは裁判所の管轄だ!
騎士が勝手に入り込んで良い場所じゃないぞ!」
「王命による殿下の婚約者を勝手に拘束した段階で反乱扱いだ!
三族皆殺しにされたくなければご令嬢を開放しろ!」
「だからここは裁判所の管轄だ!
騎士の指示は受けん!」
「裁判所長にも連絡は行っている。
所長がお前らと一緒にさらし首になりたい等と思うなよ!?」
さらし首、という言葉で漸く獄吏達も自分たちがやっている事を理解した。
牢の内外にいた4人の男達は拘束された。
「エステル様、ご無事でしたか。
救出が遅れて申し訳ありません。」
「いえ、迅速な行動に感謝します。」
上では宰相とニコラが待っていた。
「エステル様、この様な事になって申し訳ありません。
陛下にもお話は届いております。
ですが、謁見の準備が整う前にお話をお聞かせ願えないでしょうか。」
「ありがとうございます。
お話でしたら落ち着いた場所でお願いします。」
「勿論です。」
こうして宰相執務室にて話をする事になった。
「まず、本日、応接室に呼び出しがありまして、
殿下の仰るところ、実家にて義妹を虐めている私に
婚約者の資格は無いとの事でした。
そういう事でしたら父へ申し入れて欲しいとお話したのですが、
抗命したとして不敬罪にて投獄されました。」
「殿下は何か証拠なりをお示しでしたか?」
「ありませんね。
私は義妹に侯爵令嬢らしい振る舞いが出来ないと社交界で生きていけないと
言っているだけで、虐めに当たる事は行っていませんから。
ただし、証拠代わりに義妹本人がその場に立ち会っておりました。」
「失礼ですが、妹さんとは上手くいっておられないので?」
「実母の喪が開けるや否や、一つ下の義妹を連れた義母と再婚などされて
実の家族の様に上手くやっていける程おおらかな人間ではありません。
ただ、距離を置いているだけでお互いに虐めなどはしておりません。」
「これも失礼ですが、妹さんと殿下の仲はよろしいので?」
「何度かお会いしているとは耳に入っております。
ただ、今までの遊び相手の様に決定的な仲にはなっていない様でしたので、
義妹について殿下にご意見は申し上げておりません。」
今までもアレックス王子は異性と不適切な関係をしていると噂になり、
女性の実家から抗議が上がっていたが、
知らぬ存ぜぬ記憶がない、既に男性を知っている女と婚約出来る訳もない、
と殿下の方が一蹴しているのだが、
実際には裏から慰謝料が流れており、
エステルも忠告を何度も殿下にしているのだが、
この類の事で、王も王妃もただ一人の王子に小言を言えないでいたので、
殿下の行状が改善される事はなく、
弄び捨てられた女達とエステルの恨みが募っていくだけだった。
「申し上げます!
アレックス殿下が王宮内で女に刺されたと連絡がありました!」
扉を叩いて入ってきた連絡の騎士がまた別の問題を報告してきた。
予約投稿が上手くいけば1時間毎に投稿される予定です。