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占い師とカタブツ騎士が、呪いを解く物語

第一話です。緊張でお腹が痛いです。

よろしくお願いいたします。

「結婚してほしい」

「は?」

ミコトは思わず声を上げた。


 自分の腕を掴むのは、青年。しかも、全く知らない。

 歳はミコトより少し上に見えるから、二十五に届かないくらいだろう。

 彼は、ドールのように端正な顔を、緊張にこわばらせていた。

 しなやかな体には、ほどよく筋肉がついている。


「離してよ」

 振りほどいた手が、青年が被っていた帽子のつばにぶつかる。オリーブ色の軍帽が、はらりと地面に落ちた。


 その下から現れた髪は、透けるほどに白い。月光を受けて、夜の路地で煌めいている。

 黒炭のような自分の髪とは、正反対だ。



〇〇〇

 酔っぱらい男がひとり、繁華街を歩いている。

 酒場から漏れる、ひそひそ声の合間を縫うような、おぼつかない足取りだ。

 時折思い出したように、片手に持った酒瓶を煽る。


 男は、ふと足を止めた。

 レンガ造りのビルが二つ。その隙間に、女が座り込んでいた。

 煤けた絨毯の上にあぐらをかいて、トランプよりひと周り大きなカードを、シャカシャカと切っている。


「姉ちゃん、手品師か?」


 声をかけると、女は顔を上げた。

 街灯が、彼女の顔をスポットライトのように照らし出す。


 黄色みがかった肌に、茶色の目。

 そこらじゅうにいる青い目のブロンド娘とは違う、エキゾチックな雰囲気だ。


 何よりも男が目を見張ったのは、髪だった。

 暗がりだから分かりづらいが、その頭髪は黒炭のように、深くきらめいていた。


 魔法使い。


 男がそう言おうとしていたのを知っていたかのように、女はウインクしながら、人差し指を唇に当てた。


「私は、占い師です」


 夜道に合う、低い囁き声だった。誘われるように、彼女の前にあぐらをかく。

 彼女の手にあるカードを見て、眉をつり上げた。


「占いってのは、星を見るもんだろう? カードで、何が分かる?」


「これは、タロットカード」

「聞いたことねぇな」

「私も、自分以外に使ってる人は見たことない。カードが、あなたの本当の気持ちを、真相意識から取り出してくれるの。鏡みたいに」


 女は唇の端を引き上げた。こちらを試すように、カードを切る。男も頬杖をつきながら、身を乗り出した。


「じゃあ、俺を占ってみろよ」

「もちろん」


 女がカードを切る。シャッシャ、という小気味のいい音が、二人きりの通りに響いた。

 そして女は、三枚のカードを裏返しに置いた。


「好きなのを選んで」


 男は、左端のカードを捲った。

 いくつもの聖杯を見上げる、男の絵だ。聖杯には、溢れんばかりの金銀財宝。その周りを、雲が取り囲んでいる。

 女は口の端をぺろりと舐めた。


「あなたは、今、何か大きなチャレンジをしようとしてる。そうね……お金が絡んでる。でも、ビジネスじゃない。博打かな」


「当たりだ。賭場に行くところだった」


「でもそれは、使っていいお金じゃない。違う?」


 男は黙り込んだ。確かに、これは生活費だ。賭場で、増やしてくるつもりだった。家では、妻と息子が、腹を空かせて待っている。


「だって、しょうがないんだ。このところ異変続きで、悪天候だったり、魔法生物が暴れ回ったりしてるだろ? 農作物も採れない、仕事も無い。そんなんじゃ、金を稼ぐ手段なんて、もう博打しかないんだよ」


 男はうなだれた。酒のおかげで温かかった体が、急激に醒めていく。

 女は何も言わずに、男の目を見て頷いた。つり目のまなじりは、優しく丸まっている。男は、自然と話し始めていた。


「俺だって分かってんだ。こんなことしてちゃダメだって。でも、どうすりゃいいか分かんねぇ。

 領主のコシュマール様は、何もしてくれねぇ。兄君のデュミナス様は魔物を退治してくださるが、あのお方は魔法を使えない……貴族のくせに、だ」


「何もかもおしまいみたいに感じるのね」


 男は頷いた。視界が滲む。

 そうだ。貴族は魔法が使えるくせに、領民の俺たちのためには、何もしてくれない。

 だから、賭場に行ってでも、金を増やさなきゃならない……。


 ふと、手が温かいものに包まれた。

 女の両手が、自分の手のひらを包み込んでいる。透き通るような彼女の瞳に、思わず吸い寄せられた。


「あなたは今、ちょっと浮き足だってるのね。心と体のバランスが、乱れてる。

 生活を良くしよう、良くしようって頑張りすぎてるの。でも、今は挑戦するのはやめた方がいい。今は、守りに徹する方がいいってカードが出てるから」


 男はカードに視線を落とした。

 聖杯の金銀財宝を取り囲む、白い雲。両手を広げてそれを見あげる男は、恍惚としているように見えた。


 ポケットの中で、金貨が鳴る。賭場で得られるかもしれない、金銀財宝。

 でもそれが、雲が見せている、幻だとしたら……?

 

 ふと、足元の水たまりが視界に入る。自分の顔は、カードの男に似ている気がした。

 喉を震わせながら、尋ねる。


「『守りに徹する』って、何だ?」


「きっと家族ね。あなたは、家族との時間を大切にしたいって、思っているのかも」


 男の頭に、息子の姿が過った。小さな手を精一杯伸ばして、「パパ」と笑ってくれている。

 その後ろには妻がいて、息子を微笑ましく見守っていた。

 どんなに貧しくても、家の中はいつも笑顔で溢れている。


「あいつらは、ちょっとのパンでも喜んでくれるかねぇ」

「ええ、きっと。あなたが家族のために頑張った証ですもの」


 男はふっと笑いを漏らし、銀貨を一枚、女の足下に置いた。どうも、と女は口元を緩めた。

 男は、立ち上がろうと腰を浮かせた。服の袖を、女が指でつまむ。


「ちょっと待って」

「どうしたってんだい」


 女は、背後に置いたバスケットから、ネックレスを取りだした。木の枝を編んで作られている。真ん中に嵌まっているのは、天然石だろうか。


「これ、タリスマンっていうの」

「タリスマン?」

「祝福を呼び込むお守り。あなたに一番合ったおまじないをかけたの。この……」


 魔法使いが。

 女は唇だけで言った。


 男は、銀貨をまた一枚置いた。

「これで足りるかい?」

「じゅうぶん」


 女は目を細めて笑い、男の首にネックレスをかけた。まるで、勲章を受け取った騎士みたいで、自然と背筋が伸びる。


「お酒も控えめにね」

「おう」


 男は豪快に笑い、酒瓶を女の足下に置いた。歩きざまに振り返ると、女がひらひらと手を振っていた。


 空を見上げると、思ったより空が開けていたことに気づく。雲がかかっていた空は群青に晴れ渡り、満月が顔を覗かせていた。

 男は鼻歌を歌いながら、男は来た道を引き返した。




「よかった」

 女……ミコトは、安堵のため息をついた。銀貨をつまみ上げ、ポケットに入れる。

 これで、明日の食事はまかなえる。


 今日はもう、寝床を探そうか。いや、もう少し粘ってみようかしら……。

 手持ち無沙汰にカードを切る。ミコトの視線は、人っ子一人いない通りを滑っていく。

 

 領主のコシュマール・フランムと、兄のデュミナス。彼らの話は、通行人から何度も聞いた。フランム領で、異変が起こっていることも。

 そろそろ、この街も潮時か。

 精霊を使役し、魔法を使える「魔法使い」の数自体は、少なくない。だが、この国で魔法を使えるのは、「魔道士」と呼ばれる貴族だけだ。捕まりかけたことは何度もあったが、その度に、魔法を武器に逃げ延びてきた。


 がさり。


 何かが動いて、ミコトは手を止めた。

 いつの間にか、目の前に青年が正座していた。影になって、顔はよく見えない。ミコトの視線に気づいてか、青年は隠すように軍帽のつばを下げた。彼は薄い唇を、真一文字に結ぶ。

「こんばんは」

「こんばんは」

律儀な挨拶が返ってくる。青年は、ぴしゃりと背筋を伸ばし、ミコトの手の中を指さした。

「俺も、占ってくれないか」

 二人の間を、冷たい風が通り過ぎた。軍帽の隙間から覗く白髪が、星明かりを受けて煌めいた。


 それが、辺境伯の兄、デュミナス・フランムとの出会いだった。

読んでくださり、ありがとうございました。

評価、コメントいただけますと、執筆への大きなモチベーションになります。

よろしくお願いします。

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