episode 1-1-7 魔導列車強盗団(後編)
「お前達、何のつもりだ!」
剣呑な雰囲気を帯びた男の怒声が聞こえると、ジニーとスピッツは咄嗟に連結扉から離れてしゃがみ込んだ。ジニーは少しだけ立ち上がると、連結扉の窓をのぞき込む。前の車両で何が起きているのか確認しようとするが、見えたのは男の背中だけだった。おそらくは五人組の傭兵達の一人と思われる。
「ジニー、窓の外を見て見ろよ」
緊迫と緊張を織り交ぜられたスピッツの声に促されるまま、ジニーは体を屈ませて窓辺へ移動する。身を潜めながら窓の外を覗くと、武装した男達が前の車両を包囲していた。強盗団が持つ銃口が前の車両で籠城する鉄道守衛達を睨みつけている。
「どうやら、この前の車両が一番前の車両のようだな」
ジニーと真向いで車両の壁に身を隠しながらスピッツは車両を取り囲む強盗団を注視する。武器を手にした人間を見て、スピッツは緊張を静かに飲み込んだ。それはレベル的にスピッツがまだ未熟だというわけではない。どのような者でも、抜身の刃を見ても全く緊張しないことなどない。それは人間が危機を回避するための本能のようなものなのかもしれない。
ジニーも真剣な眼差しで外の様子を眺めながら、薄手の手袋を引っ張ってはめ直す。
「強盗団って割にはあまり人数はいないな。全部で七人ってところか」
「でも、その辺の街道にいるゴロツキとは違うみたいだね。全員が腕利きみたいね。傭兵崩れってところかな」
車両を包囲する男達を注意深く観察するジニーは、車両を包囲する強盗団は列車の護衛として雇われた傭兵達よりもレベルが高いと感じた。スピッツも同じように思ったのか無言と頷く。その表情は暗く堅い。
「どうする、ジニー? どう見たって、あの傭兵達であの強盗団を退けられるとは思えないぞ」
「アイツらなんて最初からあてにしてないでしょ? それよりも、今一番考えなくちゃならないのが、アイツらをどうやって先に倒すかってことよ」
ジニーが目線と顔の動きで、スピッツに前の車両を指し示す。
前の車両へと繋がる連結扉を突き破って聞こえてくる怒声は、激しさを増していくばかりだ。ジニーとスピッツが予想通りの展開が、前の車両で起きている証拠だ。
「何を考えているんだ! ふざけているような状況じゃないんだぞ!」
「なんでお前達が俺達に武器を向けてるだよ!」
「なんの冗談のつもりだよ! お、おいおい、ま、まさか、お前達!」
怒声に続く声には、あからさまな下卑た嘲笑が含まれていた。
「鈍いね、お前さんたちは。今更気が付くとはな」
「それもしょうがねぇよ。大陸の東側はどいつもこいつも平和ボケしているからな」
声は冷酷で、その背後に隠された悪意が伝わってくる。ジニーとスピッツは前の車両の中で起きている裏切りの様子をしっかりと聞き取った。列車の護衛役として雇われた傭兵達は、やはり強盗団の一味であることは明らかだ。
「死にたくなかったら、いい加減にその手に持った武器を捨てろ!」
その声は命令ではなく、圧倒的な力を持つ者の余裕に満ちていた。
「お前達の狙いは、あくまでも貨物室の中にある金だけなんだな。客には一切手を出しはしないんだな?」
「あぁ……まぁ、金目の物は頂いていくかもしれないがな。命までは取らねぇよ。さすがに懸賞金を上げるようなことはしたくないしな」
「……解った。全員、武器を捨てるんだ!」
「ですが、主任!」
「いいから言われた通りにするんだ! 我々の任務は乗客の安全だということを忘れるな!」
守衛達の声は悔しさと怒りで震えていた。しかし、彼らに抵抗する術が無かった。彼らは職務に忠実であろうとしたが、絶望的な状況の前に屈せざるを得なかった。その無念さが、次々と床に捨てられる銃と共に響き渡る。
「くそっ……俺たちはただの飾りかよ……」
「お前達、逃げ切れると思うなよ」
守衛達が零した言葉が、連結扉越しに聞こえてきた。その悔しさに滲む声を聞いたスピッツの表情には、あからさまな怒りが浮かんでいる。そんなスピッツをジニーは冷静に見つめていた。スピッツは静かに見つめてくる青い瞳を怪訝そうにして見返す。
「……なんだよ」
「いや、キミってわかりやすいなぁって思ってね」
「う、うるせぇ!」
ジニーの視線から逃げるようにして、スピッツは気恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「ようし、それじゃぁ、全員外に出ろ。手を挙げたままでな」
傭兵の威圧的な怒声に守衛たちは仕方なく指示に従い、ゆっくりと手を挙げて車両の乗車口から外へと歩み出した。次々と車両から出てくる守衛達を見て、強盗団はニヤニヤと卑しい笑みを浮かべて車両へと近づいてくる。列車内の緊張が一層高まり、周囲にはただ静寂だけが広がっていた。
守衛たちの後に続くように、銃を手にした強盗団と傭兵たちが外へ姿を現す。守衛たちは、近づいてくる強盗団を睨みつけていたが、怯む様子は一切見せない。彼らは銃口の輪の中に完全に取り囲まれたが、その中で強い意志を保っていた。
ジニーとスピッツはその様子を注意深く見つめている。その二人の姿は、獲物の動向を見る狩人そのもののような鋭い雰囲気を纏っていた。
ジニーとスピッツが乗る車両の乗車口の窓から、傭兵達の一人の背中が見えた。傭兵と強盗達は、守衛達の逃げ道を塞ぐようにぐるっと周囲を囲むようにして立っている。誰もが、真ん中の守衛達に意識を集中させていた。
強盗団の一人がロープを持って守衛達に近づいていく。守衛達の身動きを完全に封じるつもりだ。
スピッツはジニーに向けて鋭い眼差しを送りながら、静かに言った。
「ジニー、完全に守衛達が拘束される前に仕掛けるぞ。上手くいけば、守衛達と共闘して強盗団と傭兵達に対抗できるはずだ」
ジニーは一瞬考え込んだが、すぐに頷いた。
「まず、俺が注意を引く」
「どうやって?」
ジニーは眉をひそめた。
スピッツは軽く肩をすくめて答えた。
「なに、俺はただの旅人ってわけじゃないってところを見せてやるよ。外に出ると同時に、強盗団の真上に強烈な魔法を叩き込んでやる」
「ずいぶんと自信ありげだね」
「あぁ、自分でいうのもなんだが、魔法に関するスキルはそれなりに高いんだぜ」
得意げに話すスピッツからは、驕りや虚勢といった雰囲気は感じられない。彼の言葉には、実力に裏打ちされた確信があった。ジニーはそんなスピッツを冷静に眺めている。
「それなりに、ねぇ」
「なんだよ。さては、信じてないな?」
ジロジロと値踏みしながら言ってくるジニーを見返して、スピッツが軽く笑みを浮かべながら言う。
「信じるよ」
ジニーはスピッツをまっすぐに見つめたまま即答する。スピッツは少し驚いた表情を浮かべると、向けられた青い瞳から逃げるようにして顔をそらしながら聞く。
「……信じてくれるのは、嬉しいけどさ。何を根拠にそう思うんだよ」
「勘。私が信じるのは、私の目と勘だけ」
迷いも、疑いさえも無いまっすぐな言葉に、スピッツは思わずジニーの方へ顔を向けた。その深く青い瞳を見つめ返しているうちに、スピッツはまるで足元がふわりと浮いたような、上下の感覚が奪われる不思議な感覚に襲われた。まるで深い海の中に飲み込まれてしまったかのように、彼はジニーの中に自分の意識が引き込まれていくのを感じた。
ジニーが乗車口の窓から見える強盗の方へ顔を向けると、スピッツを捕らえる青い瞳の呪縛が解けたように感じられた。
「スピッツ、援護をお願い!」
「……ん?」
短かったが、絶対に反論を許さないかのようなジニーの言葉に、スピッツは一瞬だけ自分の耳を疑った。
「お、おい、ちょっと待て! 今、なんて言った? というか、何をするつもりだ!? それに、俺はまだお前が何ができるのか聞いてないぞ! 何かする前に、お前の戦闘に関するスキルを教えろ! 互いのスキルの確認をしてから行動を起こすのが、こういった場合の鉄則だろうが!」
慌てふためくスピッツをよそに、ジニーは肩から下げた鞄から自分の武器を取り出し、スピッツの疑問に答えるかのように見せた。
「な、…杖? いや、金属製の…ロッドか?」
杖やロッドは、通常魔法を唱える際に使われる武器で、装備者の魔力を補い、強化するためのアイテムだ。それを見たスピッツは、ジニーが魔法使いなのかと考えたが、彼女が持つロッドからは魔力が込められているようには見えなかった。
「というよりも、どうやってそんな長い物をそんな小さな鞄の中に入れてたんだよ」
スピッツの疑問を無視するかのように、ジニーはぐっと体重を前に移し、今にも飛び出しそうな構えを取った。
「スピッツ、行くよ!」
「ま、待てって言ってるだろうが!」
スピッツが止める間もなく、ジニーは飛び出した。列車の乗車口の扉を勢いよく蹴り破って外に飛び出すと、目の前にいた傭兵の一人の後頭部に向かってロッドを振り下ろした。
完全に不意をついたジニーの一撃は、傭兵の後頭部に正確に命中した。瞬間、小気味よい打音に続くようにしてその傭兵は声も上げずに崩れ落ちた。まるで意識が一瞬で断ち切られたかのように、彼の身体は糸が切れた人形のように地面に倒れ込んだ。
「な、なんだテメェは!」
強盗団の一人が怒声を張り上げた。
突然の乱入者、ジニーの登場に場の空気が一変する。列車を前にしていた強盗団たちは、目の前で仲間が一瞬にして倒された光景を目の当たりにし、驚愕の表情を浮かべていた。しかし、列車を背にしていた傭兵たちと守衛たちは、その場面を見ておらず、未だに何が起こったのか気づいていない。彼らは背後で何かが起きたことに微かな違和感を覚えながらも、状況を正確に把握するには至っていなかった。
ジニーはその隙を見逃さなかった。
地面を這うように身を低くしながら駆け抜けると、近くにいた右斜め前の傭兵に素早く接近し、その側頭部にロッドを横なぎに叩きつけた。
叩きつけられた男は、衝撃に耐えきれず白目をむいてその場に崩れ落ちた。
「おいおい…ジニー、むちゃくちゃすぎるだろ!」
スピッツは驚き半分、呆れ半分でジニーの動きを見守っていた。女の無謀とも言える行動に、スピッツは圧倒されながらも感心せざるを得なかった。ジニーの動きはスピッツの目から見ても熟練された戦闘スキルの高さを窺うことができる。
スピッツが呆然とジニーの戦闘に見入っている間も、ジニーの動きは一瞬たりとも止まらない。彼女は地面を蹴り、素早く移動して残る三人の傭兵との距離を一気に詰めた。
「ど、どこから現れやがった!」
さすがに傭兵たちも事態に気づき、ジニーを視界に捉えた。銃口が彼女に向けられるが、すでにジニーは間合いに入っていた。彼女は鋭くロッドを突き出し、その先端が傭兵の腹部を深々と貫く。男は苦悶の表情を浮かべ、泡を吹きながら地面に崩れ落ちた。
「ぶっ殺してやる!」
すぐ左隣にいた男がジニーに銃口を向ける。しかし、ジニーはすかさず手にしたロッドを左に振り抜き、男が手にしていた銃を叩き落とした。男が慌てて腰に下げた短刀を抜く暇もなく、ジニーはロッドを振り上げ、男の顎を強烈に突き上げた。男は反射的に仰向けに倒れ、そのまま気絶してしまった。
「あんまり調子に乗るんじゃねぇぞ。お嬢ちゃんよ」
傭兵はジニーを脅すように声を張り上げる。しかし、ジニーはロッドを強く握りしめたまま、地面を蹴って男に向かって跳躍した。
「バカが!」
「バカ野郎!」
スピッツと傭兵が同時に同じ言葉を発した。スピッツは慌てて魔法を唱えようとするが、それよりも早く、ジニーはロッドを振り下ろした。傭兵は剣を構え、正面からの攻撃を防ごうとする。真っ向勝負での一撃を防ぐことは、彼にとっては容易いことに思えた。
だが、ジニーは構わず全力でロッドを振り下ろす。彼の剣で受け止められるかに見えたその瞬間、ジニーの渾身の一撃が剣を簡単に砕き、そのまま男の肩に深々とめり込んだ。
傭兵は目の前で起きたことを理解できないまま、驚愕に目を見開き、そして意識を失って倒れ込んだ。
ジニーの驚異的な一撃を目の当たりにした守衛達も目をむいて驚いている。それは列車の窓から身を隠しながら覗いているスピッツも同じだった。どう見たって、ジニーは普通の、しかも年端もいかない幼い少女にしか見えない。とてもじゃないが、剣を砕くほどの膂力を持っているようには到底思えない。あんな細い腕で振り回している金属製のロッドだって、その重さは大したことはないはずだ。
疑問に首を傾げるスピッツだが、すぐに一つの答えが浮かんだ。
ジョブクラス『モンク』。聖魔法を操り、身体を強化する様々な魔法とスキルを駆使して戦う戦闘職だ。
もし、ジニーがモンクならば、先ほどの常人離れした攻撃にも納得がいく。
「だけど、これ以上はさすがに無理だ」
スピッツは乗車口の窓から、じっと状況を見据えていた。ジニーの奇襲によって、瞬く間に五人の傭兵たちが倒れた。しかし、数の上では依然として不利な状況が続いている。ジニーは強盗団に周囲を囲まれ、複数の銃口が彼女を狙っていた。
武器を持たない守衛たちは戦力として数えることができず、恐怖に立ちすくんでいた。彼らも、動きたくても動けないでいる。スピッツはジニーの危機的な状況に焦りを感じながらも、冷静さを失わずに戦況を分析していた。
強盗団は傭兵たちとは明らかにレベルが違う。残っているのは七人だが、その一人ひとりが高レベルの戦闘スキルを持っていることが窺える。ジニー一人で全員を相手にするのはさすがに厳しい。
スピッツは息をひそめながら、攻撃のタイミングを慎重に見極めていた。幸い、まだ自分の存在は気づかれていない。彼がここで一撃を放てば、この不利な状況を覆すことができるはずだ。
「ジニー、下手なことはするんじゃないぞ」
スピッツは深呼吸して逸る気持ちを落ち着かせると、意識を集中させた。何があっても即座に動くことができるように、スピッツはジニーの動きに注視する。彼が今、この局面を打開しなければ、ジニーは圧倒的な数の前に押しつぶされてしまうだろう。
緊張が高まる中、スピッツは静かに、だが確実に魔力を集め始めた。彼の手の中でエネルギーが集約され、魔力による白光現象により、かすかに浮かび上がる魔法陣がその存在を示していた。背後で潜むスピッツの存在を意識しながら、ジニーは目の前に佇む強盗団から視線を動かさなかった。
「全く、情けねぇ連中だ。こんなガキ相手に簡単にのされやがって」
「まぁ、手間が省けて良かったじゃねぇか」
強盗団の内、銃を構えている三人が銃口をジニーと守衛に向けながら近づく。
「礼を言うぜ。最初からこいつらはここに置き去りにしていくつもりだったからな」
「嬢ちゃんみたいなガキに簡単にのされちまうような雑魚のくせに、いっちょ前に分け前を要求しやがるんだからな」
強盗の一人が銃を構えたまま、ジニーを睨み据えたまま剣呑な声音で声を張り上げる。
「さぁ、嬢ちゃん。その手にした武器を地面に捨てろ。大人しくするなら、怪我一つさせないと約束してやるよ!」
ジニーはその言葉を聞き流すように、冷たい目で強盗団を見据えた。そして、笑みを浮かべて言い放った。
「それは無理な相談だね」
その声は明るくて無邪気に遊ぶ子供のような無邪気な声だった。
「何故なら、こんな簡単なことで躓いてなんかいられないんだから!」
次の瞬間、ジニーは迷わずロッドを握りしめ、まっすぐに強盗団に向かって突進した。その無謀とも言える行動に、強盗たちは一瞬驚愕し、すぐに銃口をジニーに向けた。引き金に指がかかり、発砲する刹那——。
「ライトニング!」
突然、スピッツが乗車口から飛び出すと同時に、右手を突き出して魔法を唱えた。瞬間、右手の先に浮かんだ魔法陣から雷光が迸り、一直線に強盗たちに向かって疾走した。雷は鋭い閃光となって、真っ直ぐに強盗たちを貫いていく。轟音と共に、雷の電流が彼らの体内を駆け巡り、銃を構えていた男達は、痙攣しながら崩れ落ちていった。
「なっ!」
「まだ仲間がいやがったのか!」
凝然と驚く強盗団達の視線がスピッツに釘付けになる中、ジニーは立ち止まることなく残った四人の強盗団に肉薄する。
ジニーは迷わずその内の一人に向かってロッドを振り下ろした。
「調子に乗るんじゃねぇ!」
男は素早く腰に下げていた曲刀を抜き、ジニーの攻撃を受け止めた。先ほどまでの相手とは違い、この男の剣は簡単に砕かれない。ジニーの一撃を見事に受け止められ、ロッドと曲刀が激しくぶつかり合う。
ジニーはロッドに力を込めて押し込もうとするが、男は巧みにその力を受け流し、簡単には引き下がらない。
「嬢ちゃん、見かけとは違って大した力持ちのようだが、戦闘スキル自体は大したことないな?」
男は力の強弱を絶妙に操り、拮抗していた力のバランスを崩す。突然、相手からの力が抜け、ジニーは予想外の力の変化にバランスを崩してしまう。その隙を男は逃さず、曲刀ごしにジニーを押し返した。ジニーは反射的に後ろへと飛び退く。
男は間髪を入れず、猛然と曲刀を振るう。ジニーは必死にロッドを操り、なんとかその攻撃をいなしていく。
「へぇ、ガキの割には上手くいなすじゃねぇか!」
「ジニー!」
スピッツは援護しようと魔法を唱えようとするが、ジニーと男の距離があまりにも近すぎて、手を出せないでいた。スピッツは、男の動きの巧妙さから、彼がこの強盗団を率いるボスだと直感する。
男の動きは狡猾で、スピッツが魔法を放てば、ジニーにまで攻撃が届いてしまうように絶妙な位置取りで攻撃を続けている。ジニーもそのことを理解しており、どうにか距離を取ろうと試みるが、男の戦闘スキルの高さゆえに、その攻撃範囲から抜け出すことができない。男の巧みな立ち回りが、ジニーの動きを封じ込めていた。
「お前達、何をぼっと突っ立ってんだ! やっかいな魔法を打たれる前に、列車から出て来た小僧を捕まえろ!」
「だけど、ボス。あのガキに近づく前に、俺達もアイツらみたいに魔法でやられちまう…」
「バカか、さっきやられた奴らの銃を取って来い。そんで守衛を人質にしろ!」
「そ、そんなの無理だ。あのガキ、すでに俺達を狙っていやがる…」
スピッツは鋭い視線を背後の男達へ向けていた。魔法の準備を整え、少しでも相手の人数を減らすつもりでいる。男達は降参したかのように手を挙げて、その場から動くつもりがない。
「たく、どいつもこいつも使えねぇやつばかりだ!」
男は苛立ちに任せ、猛然と曲刀を振るいながら、顔を逸らして背後の仲間を怒気に満ちた視線で睨みつけた。
「戦闘中に余所見なんて、随分と余裕じゃない?」
ジニーはその隙を見逃さず、ロッドを突き出した。しかし、男はまるで背中に目があるかのように振り向きもせず、そのロッドを掴み取った。
「これでも俺は西側じゃそれなりに名の知れた傭兵でな。周囲で気絶してる雑魚や、後ろの腰抜けとは違うんだよ!」
男は力任せにロッドを引っ張り、ジニーとの距離が一瞬で縮まる。ニヤリと冷笑を浮かべ、男はジニーを睨み据えた。
「諦めて手を放せ。大人しくするなら、怪我一つさせないと約束してやるよ。嘘じゃねぇさ。それに、他の奴だってそうだ。誰一人、殺しはしねぇ、誓ってもいいぜ。殺したら厄介な面倒事になっちまうからな。」
「何、もう勝ったつもりなの?」
「誰がどう見たってそうだろ?」
男は曲刀の切っ先をジニーの喉元へと突きつける。だが、それでもジニーの顔に恐怖の色はない。むしろ、不敵な笑みを浮かべている。男はその表情に苛立ちを隠せなかった。
「まだ状況が理解できないのか?」
剣呑な気配を放つ男に、スピッツが声を張り上げながら駆け出す。
「ジニー!」
男は鋭く声を張り上げた。スピッツの動きが止まる。
「動くな、動いたらこのガキの綺麗な体を切り刻むぞ!」
曲刀の刃先がジニーの体に触れる。スピッツは動けず、悔しげな表情で男を睨みつける。
「殺すと面倒事になるんじゃないの?」
「別に腕の一本や足の一本無くなったって、人間は死なないもんだ。それに安心しな、回復用のポーションはあるからな。絶対に死なせやしねぇよ。」
「随分と親切な脅し方だね。」
それでもジニーの顔には一切恐怖が浮かばない。その無神経な態度が、男の神経を逆撫でする。
「嬢ちゃん、そろそろ諦めろ。身体強化しかできないモンクとして低レベルのお前が俺に勝つことは無理だ。」
「……モンク?」
ジニーは首を傾げ、そして無邪気に笑った。
「あぁ、私のクラスがモンクだと勘違いしてるんだ!」
ジニーの笑顔が一瞬輝きを増し、その瞳には確かな自信が宿っていた。
「おじさん、良い事教えてあげるよ。勘違いは即死に繋がるって、お祖母ちゃんから嫌というほど聞かされた戦闘のルールだよ。」
突然、ジニーのロッドが青白く光り始めた。魔力による白光現象がロッドを包み、その光は男の視界を一瞬奪った。
「なっ…!?」
驚愕する男の反応を楽しむように、ジニーは笑顔で言い放つ。
「私のクラスはアーティファクターだよ!」
次の瞬間、ロッドの先端から雷が爆ぜるように放たれた。男はロッドを掴んだままで、その雷から逃れる術はなかった。強烈な雷光が彼の全身を駆け巡り、男の体は激しく痙攣した後、黒焦げになって崩れ落ちる。
「て、てめぇ、なに……をしやが……った」
男は驚愕の表情を浮かべたまま、地面に無力に倒れ込んだ。
「さて、あなたたちはどうするの?」
ジニーはロッドの先を強盗団に向けた。先ほど雷を放出したばかりのロッドには、まだエネルギーがほとばしっている。青白い光が断続的に閃き、空気がピリピリと震えていた。
残った強盗団は、ボスが倒されたことで完全に戦意を失っていた。一人が無言で銃を地面に投げ捨てると、他の者たちも次々に武器を放り出した。
「ジニー、大丈夫か?」
スピッツが急いでジニーに駆けつける。その顔には心配の色が浮かんでいる。
「うん、ダメージはなし。それどころか、相手の方が気の毒だったかも。」
ジニーは足元に倒れた強盗団のボスを見下ろした。ボスの体はひどい状態だ。全身を雷に打たれたかのように痙攣しており、焦げた衣服からは煙が立ち上っていた。
「人間相手に使ったのは初めてだったから、加減がわからなかった。危うく殺しちゃうところだったよ」
スピッツはジニーの言葉に一瞬戸惑いながらも、呆れたように肩をすくめる。
「まったく…なんて奴だ。そもそも魔法が使えるなら、なんでもっと早くに使わなかったんだ?」
スピッツは息を整えながら、ジニーに問いかける。驚きと混乱がその声に混ざっていた。
「魔法なんて使えないけど」
ジニーはロッドを軽く回しながら、にっこりと笑う。ロッドの先端からは微かな残光が散っていた。
「え、今のは何だったんだよ」
スピッツはジニーの言葉にさらに混乱した様子で聞き返す。
「あぁ、それはこの『雷のロッド』の効果」
ジニーは手にしたロッドを持ち上げ、スピッツに見せる。見た目はただの金属の棒のようだが、握り手の部分にわずかに光る、複雑な回路のような線が浮かび上がっていた。
「雷のロッド?」
スピッツは不思議そうにジニーの手元を見つめた。
「雷の杖ってあるじゃない。あれと似たようなものかな」
ジニーは微笑みながら答える。
雷の杖とは、魔法使いが雷魔法を唱える際に足りない魔力を補うための補助アイテムである。魔法を放つには、詠唱者の属性適性が必要だ。火の魔法には火の属性、水の魔法には水の属性、といった具合に。しかし、魔力を帯びた特殊な樹を加工し、呪文を刻んだ「雷の杖」を持つことで、雷の属性を持たない者でも雷魔法を放つことが可能になる。ただし、使用者のレベルや杖の品質によって、使える雷魔法の強さには限界がある。
ジニーは軽くロッドを振りながら続けた。
「その点、この雷のロッドはただ魔力を込めるだけで、誰でも簡単に雷魔法を放つことができるの。雷の杖と違って、込められる魔力の量に応じて威力がどこまでも上がるし、詠唱だって必要ないの」
スピッツはロッドに視線を移し、しげしげと観察する。外見はただの金属製だが、手に握られた部分に内蔵された魔石がかすかに光を放っている。
「これは超古代文明のアーティファクト。魔法と科学の技術を融合させた魔導技術で、列車とかバスと同じような原理で動いているの。だけど、このロッドは私たちの時代では作ることはできないロストテクノロジーの結晶なんだって」
ジニーは説明しながら、ロッドをスピッツに差し出す。手に持つ部分からは、微かな機械音が聞こえるような気がした。
「このロッドの内部には魔石が組み込まれていて、それを使って雷のエネルギーを放出することができるの」
スピッツはロッドをじっと見つめながら、試しに自分の魔力を流し込んでみた。しかし、ロッドはまったく反応を見せず、ただの金属の棒のように冷たいままだった。
「あれ、どうしてだ? なぁ、これどうやって使うんだよ」
スピッツは少し困惑した表情でジニーに問いかける。
「使うには特殊なスキルが必要なの。君には無理だよ」
ジニーは楽しそうに微笑んだまま、スピッツの手からロッドを取り返した。途端にロッド全体が雷を纏い、バチバチと放電し始める。青白い稲妻がジニーを中心にして、周囲にほとばしった。
「アーティファクトを使えるのは、アーティファクターだけ。それが私のクラスなの」
スピッツは、突然目の前で放電が起きたことで、思わず後ずさりした。
「あ、あぶなっ! 解った、解ったから、その雷を止めてくれ!」
スピッツは驚きながら手を上げ、ジニーに訴えるような表情を浮かべていた。
ジニーはへっぴり腰になっているスピッツに呆れたように肩をすくめると、雷の放電を止めた。ロッドから発していた青白い光が消え、再び無機質な金属の棒へと戻る。
「すごいな…これがアーティファクトの力なのか」
スピッツは感嘆の声を上げながらジニーに近づく。彼は驚きを隠せない様子で、ロッドに目を向けていた。
「アーティファクターか、クラスとしては知っていたけど、実際に見たのは初めてだよ。魔力も少なく、無詠唱であれだけの威力の雷魔法が使えるなんてな」
「これでも、まだ加減したんだけどね」
ジニーは肩をすくめ、ロッドを手にしながら軽く笑った。
「となると、さっき傭兵共や強盗団を一撃で倒した馬鹿力も、アーティファクトの力なのか?」
「そうよ。この手袋、ただの薄手の手袋じゃないの」
ジニーは両手を見せるように手袋を広げた。
「これは『パワーグローブ』っていうアーティファクト。装着者の力を何十倍にもする効果があるのよ。さっきみたいに、ちょっとした一撃でも骨を砕くような力を出せるのは、そのおかげ」
ジニーは手袋の上を指でなぞるようにしながら、説明を続ける。
「ただの布に見えるけど、特殊な繊維で編まれていて、魔力を通すと瞬時に力が増幅されるの。その辺にいる力自慢なんて目じゃないくらいには、力持ちになれるの」
「へぇ、これもアーティファクトなのか。本当に便利だな」
その時、スピッツは先刻ジニーが口にした言葉を思い出した。
「ただの布に見えるけど、特殊な繊維で編まれていて、魔力を通すと瞬時に力が増幅されるの。その辺にいる力自慢なんて目じゃないくらいには、力持ちになれるの」
「へぇ、これもアーティファクトなのか。本当に便利だな」
その時、スピッツが強盗団が襲撃する直前と、つい先ほど口にしたジニーのセリフを思い出していた。
「……ちょっと待て、そういえば、お前さっき強盗団が襲撃する前に、ちょうどいい機会とか言ってたよな。それに人で試すのは初めてってことは、お前もしかしてこれが初めての対人戦だったのか!?」
大声で言うスピッツの声に、ジニーは真顔で答える。
「そうだね。一応、お祖母ちゃんからは対人戦については教えられてきたけど、実際に戦うのは初めてだね」
スピッツはジニーを指さしながら、信じられないようなことに驚きおののくように言う。
「もしかして、それを試す為にお前は単身で強盗団に突っ込んだのか?」
「この程度のレベル相手に通用しなかったら、それこそ問題だしね」
悪戯が見つかってもなお悪びれた様子を見せない子供の用に、ジニーは不敵に笑う。そんなジニーにスピッツは心の底から呆れた。
「い、いかれてやがる」
スピッツは半ば呆然としたように呟いた。彼の中にある常識では、到底理解できない人物がそこに立っているのを、改めて実感していた。
二人がそんな会話をしているうちに、周囲の様子はすっかり変わっていた。強盗団はすでに守衛たちによってしっかりと縛り上げられ、身動きが取れない状態になっていた。隊長と思しき守衛が、ジニーとスピッツの方に歩み寄ってくる。
二人がそんな会話をしているうちに、周囲の様子はすっかり変わっていた。強盗団はすでに守衛たちによってしっかりと縛り上げられ、身動きが取れない状態になっていた。隊長と思しき守衛が、ジニーとスピッツの方に歩み寄ってくる。
「君たちのおかげで助かった。ありがとう」
守衛の隊長が深々と頭を下げる。
「裏切り者は、傭兵たちだけじゃなかった。機関士たちも奴らと通じていたらしい。だが安心してくれ、彼らも無事捕らえた。だが、その為にしばらく列車を動かすことができないんだ」
その言葉に、ジニーの表情が一瞬で強張った。
「え、そんな! それじゃ、困る! 私、すぐにでもマイアに行かないといけないのに!」
ジニーは思わず声を上げた。彼女には時間が限られていた。ジニーは一か月以内に外界へ渡らなければならない。
焦るジニーを見て、守衛の隊長は微笑みながら静かに言葉を続けた。
「安心してくれ。ティンバーで置き去りにされた仲間達が、パトロール列車に乗ってこちらに向かっている。もうすぐ到着する予定だ。代わりの機関士が来れば、すぐに列車は再出発できる」
その言葉を聞いたジニーは、ほっと胸をなでおろした。
「よかった…。危うくマイアまで歩いていくしかないかと思ったよ」
「何か月かかると思ってんだよ、そんなの無理に決まってるだろ!」
スピッツが呆れたように言う。
そんな二人のやりとりを見て、守衛の隊長は微笑みながら、楽しそうに肩をすくめた。
「列車が動くまでの間、一等車両の個室でゆっくり休んでいてくれ。乗客も貨物も君たちのおかげで無事だし、目的地までその個室は君たち専用にして構わない。ささやかながらの礼だ」
ジニーとスピッツは顔を見合わせ、喜びを隠せなかった。
「一等車両個室、やった! 久しぶりに横になって眠れる!」
ジニーが嬉しそうに声を上げると、スピッツも苦笑しながら軽く頷いた。
「本当にいいのか?」
ちなみに一等車両の乗車賃は、三等車両の五倍以上の料金だ。
「もちろんだとも、このくらいのことはさせてくれ」
守衛の隊長は笑いながら頷き、二人を一等車両の個室へと案内した。
重厚な木製のドアが開かれると、部屋はこじんまりとしているが、クラシカルで上品な内装が広がっている。部屋の左右には、一つずつふかふかの寝台が備えられている。どちらのベッドも、柔らかなシーツと豪華な刺繍が施されたクッションで整えられ、いかにも居心地が良さそうだ。中央には小さな木製のテーブルが置かれ、二脚の椅子が対面するように配置されている。
「やっほぅ!」
ジニーはさっそく部屋に飛び込むと、右側の寝台に飛び乗った。ふかふかの布団に体が沈み込み、思わず笑みを浮かべる。
「あぁ、長旅の疲れが溶けていくよう」
スピッツも左側の寝台に腰掛け、感心したように部屋を見回す。
「確かに、これならしばらく快適に過ごせそうだな」
彼も安堵の息をつき、肩の力を抜いた。
スピッツはしばらくジニーがベッドに埋まり、リラックスしている様子を眺めていた。
ジニーはふと、スピッツの視線に気づき、訝しげな表情を浮かべた。
「な、なに?」
ジニーが少し身を起こし、警戒するようにスピッツを見つめる。
「い、いやさ…お前のバッグが気になってな。どうしてあんな長いロッドがその鞄の中に入っていたのか、どうしても不思議で…」
スピッツは少し言い淀みながらも、疑問を口にする。
「あぁ、これ?」
ジニーは、バッグを持ち上げると無造作に鞄の中に手を突っ込むと、明らかに鞄よりも大きな寝袋を取り出した。
「これはアイテムボックスなの」
アイテムボックスとは、アーティファクトの一種であり、内部が亜空間と繋がっている特別な鞄である。外見は普通のバッグに見えるが、その内部には見た目以上の大量のアイテムを収納することができる。その形状や素材によって容量は異なり、より強力なアイテムボックスほど多くのものを入れられるのだ。
「あ、や、やっぱそうなんだ」
スピッツは、ジニーの説明を聞きながら相槌を打つが、その声はどこか落ち着かない。彼は視線をあちこちにさまよわせ、ジニーのバッグに集中していない様子だった。
ジニーはスピッツの態度に少し眉をひそめた。スピッツの目が何かを探しているようで、どうも心ここにあらずといった様子だ。彼の態度が気にかかり始める。スピッツのそわそわとした様子は、まるで何かを聞き出したいのにどう切り出していいのか分からないといった感じだった。
ジニーは腕を組み、不機嫌そうにスピッツを睨む。
「もう、さっきから何なのよ?」
「い、いや、お前さ、さっきさ、マイアに行くって言ってたけどさ……俺もなんだよ」
スピッツの言い方はどこか探るような響きを含んでいた。
ジニーはそんなスピッツを怪訝な様子で見つめる。彼の意図がわからないが、特に興味がなさそうな顔をして、そっけなく言葉を返す。
「そうなんだ、奇遇だね」
スピッツは、さらにジニーの旅の目的を知りたそうに、遠回しに話を続けた。
「マイアに何か用事があるのか?例えば…誰かに会うとか、何かを探しに行くとか」
ジニーはしばらくスピッツを黙って見つめた。彼の意図を見抜こうとしているような鋭い目をしていたが、やがて軽く息をついて、ゆっくりと話し始めた。
「マイアから出ている外界への定期船に乗るつもりよ」
「へ、へぇ、それは何で?」
「私、冒険者になりたいの」
ジニーの旅の目的は、外界唯一の人間国【イーストキングダム】の首都【アレクサンドリア】にある、様々なスキルを習熟できるクラス養成所【アカデミー】に入学するためだ。そこの入学受付書を今月末までに提出しなければならないのだ。
ジニーは目を輝かせながら、まっすぐにスピッツを見据えた。その瞳は青く澄み、まるで大空の果てを映し出しているかのようだった。そこには、迷いやためらいの影は一切見当たらない。ただ純粋な決意と希望だけが、彼女の全身から溢れていた。
「ゆくゆくはこの世界の果て、未知なる世界、UNKNOWN-WORLDをこの目で見て、この足で踏んで、未知を未知で無くすつもり!」
ジニーの言葉はまるで雷のようにスピッツの胸を打った。その声は強く、しかし清々しく響き、スピッツの心の奥深くに何かを呼び覚ますようだった。
スピッツはその言葉に圧倒され、しばらくの間、ただジニーの瞳を見つめていた。その青い輝きが、彼の心の中に波紋を広げていく。ふと、スピッツは自分の心臓が高鳴っているのを感じた。まるで彼女の決意が、自分の内側にも火をつけたかのように。
「お、俺もだ!」
スピッツは思わず声を張り上げた。
「俺も冒険者になって、未知なる世界、UNKNOWN-WORLDを目指すつもりだ!」
スピッツの心は、ジニーの青い瞳に引き込まれ、その深さに飲み込まれていく。まるで未知の冒険が詰まった地図を初めて見た少年のように、彼の胸は高鳴り始めた。
その瞬間、スピッツの中で何かが確かに動き出した。心の奥底で眠っていた冒険心が目を覚まし、全身に広がっていく。それは、今にも新しい世界が目の前に広がるような、言葉では説明できない、期待と興奮が入り混じった感覚だった。
彼の目の前には、ジニーの瞳が広がる青い世界。そこには、まだ見ぬ未来の可能性が無限に広がっているように思えた。
ジニーはしばらく、スピッツを黙って見つめていた。彼女の青い瞳には、何を考えているのかまったく読めない不思議な輝きがあった。まるで深い湖のように、表面は穏やかだが、その奥底には何か壮大な秘密が隠されているかのようだった。スピッツはその瞳の奥から、何かに呼びかけられているような気がした。
彼女の瞳には、言葉にできないほどの大きな夢が宿っている。スピッツは、その輝きに触れた瞬間、自分の中にも何かが目を覚ましたような感覚を覚える。まだ見ぬ世界の果てへと続く道のりが、その目の中に映し出されているように思えた。これまで感じたことのない、得体の知れない期待感が、胸の奥で静かに膨らんでいく。
しばらく見つめた後、ジニーは明るく無邪気な笑みを浮かべると、右手を差し出した。
「それじゃ、改めてよろしく、スピッツ」
スピッツは、ジニーの瞳に込められた不思議な輝きに引き込まれながらも、笑顔を浮かべ、その手をしっかりと握り返す。
「こちらこそ、よろしく。ジニー!」
それからしばらくして、パトロール列車が汽笛を山中に響かせながら到着した。守衛たちは手際よく強盗団と傭兵たちを拘束し、列車へと引き込んでいく。彼らを連れ戻すため、ティンバーへと向けて引き返すようだ。数人の守衛が乗り込むと、パトロール列車は夜の暗闇に溶け込むようにして走り去っていった。すぐに、機関士や駅員たちもまた、慌ただしく動き回りながら、列車の準備を整え始める。
その間、ジニーはベッドの上で長旅の疲れを癒すように静かに眠っていた。スピッツは車窓からじっと外の景色を眺めている。まるで、宵闇の向こう側にある何かを探しているかのように、瞳は遠くを見つめていた。
やがて、機関車が深い唸り声を上げ、列車がゆっくりと動き出す。鉄のレールの上を滑る車輪が、少しずつ速度を上げていく。最終目的地、自由都市マイアへと向けて加速する列車。その音は、静寂の中に一種のリズムを生み出し、暗い夜の世界を切り裂くように進んでいった。外の景色がどんどん後ろへと流れていく。星明かりが揺れ、闇が舞い散るかのように列車の周囲を包んでいる。
スピッツはふと、横目でベッドに眠るジニーを見つめた。その穏やかな寝顔を見ながら、彼は確かに感じていた。今、この瞬間、自分の中で何かが静かに動き出したことを。
それはスピッツ自身にも説明できない、形のない感情だった。胸の奥深くで、新しい期待に胸が高鳴るように、熱がじわりと広がっていく。まるで、体がこれから始める得体のしれない何かを待ち望んでいるかのように、疼き出すのを感じる。
風が窓を叩く音が響き、列車はますます速度を上げていく。夜の闇を切り裂き、未知の世界へと疾駆する。ジニーとスピッツの行く先には、誰も知らない新しい世界が待っている。この夜の帳の向こうで待ち受ける運命を、彼らはまだ知る由もない。
列車は夜の静寂を破り、未知なる世界へとまっすぐに向かっていく。
久しぶりに更新することができました。
半年以上ぶりですか。
覚えている人いないだろうなぁ。
次はもっと早く仕上がるといいなぁ




