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episode1-1-7 魔導列車強盗団(前編)

グダグダと長い会話文が続いてしまいましたが、飽きずに読んで頂けると幸いです。

どうしても短くできませんでした。

ストーリーの展開ってどうやったらテンポよく進められるんだろう。


 オーダリア大陸を横断する魔導列車は、自由都市『マイア』を目指して東へと疾走していた。車窓からは、大陸の中心にそびえるシエラ山脈の雄大な姿がかすかに見える。その山々の向こうには、ジニーの故郷が静かに広がっている。祖母は今頃、大樹の森で薬草を摘んでいる頃だろう。リンクス村では、両親の目を盗んで畑仕事から抜け出した子供たちが丘上の草原を走り回っているに違いない。ジニーはそんな思い出を胸に、魔導列車とともに遠く離れていく。列車はすでにヴァイスラント地方の丘陵地帯から抜け出そうとしていた。

 ジニーは窓際の席に座って、車窓から流れる風景を眺めていた。列車強盗団の存在が原因なのか、空席が目立つ。数少ない乗客達の顔色は暗く、暗澹とした雰囲気が車両全体に漂っている。列車強盗の犯人達がまだ捕まっていない以上、彼等が犯行をやめることは無い。もしかしたなら、次の瞬間にはこの列車が襲われる可能性もある。この列車に乗った人たちは、それを知っていながらも乗っていた。他に選べる道がなかったのだ。彼らは、いつ襲われるかという恐怖に耐えていた。

 ほとんどの乗客が目的地に無事に着けるのかという不安を抱えている沈鬱とした車内の中で、たった一人だけが違っていた。ジニーは目の前に座る少年を見つめた。少年は車窓から見える景色に夢中で、時々感嘆の声を上げている。車窓から見えるのは丘陵地帯の平凡な景色くらいなものだ。むしろ、ジニーは同じような光景をバスの移動中で飽きるほど見ていた。

 そんな車窓から流れる景色を楽しそうに見ている少年にジニーは興味を抱いた。少年はスピッツと名乗っていた。それ以外のことは解からない。ジニーは改めて、目の前に座る少年のことを眺めた。どことなく品のある綺麗な顔立ちをしている。彼の服装は旅人らしいシンプルな装いだが、清潔で上品な物だ。羽織っている外套なんて、どう見ても素材や縫製からみても高級なものだと一目瞭然だ。仕草や立ち振る舞いから、どことなく教養の高さが見て取れる。とてもじゃないが、仕事先を探して地方から出て来た出稼ぎ労働者には見えない。

 視線に気が付いたのか、スピッツが視線をジニーへと向けた。ブラウンの瞳がジニーの姿を映しこんでいる。


「どうかしたか?」

「そうね。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんだよ」

「スピッツってさ、もしかして王子様だったりしない?」


 突拍子もないジニーの問いがよほど面白かったのか、スピッツは腹を抱えて笑いだした。


「何を聞くのかと思えば、俺の何を見てそう思ったんだよ。さっきから神妙な顔をして俺の顔を見てるから変だと思ったけど、そんな馬鹿なことを考えているなんてな」

「でなければ、どこかの御貴族様とかだったりしない?」


 この問いかけにスピッツの表情は瞬間で固まった。


「ど、どど、どうしてそう思うんだよ」


 しどろもどろに視線を泳がせるスピッツは明らかに確信をつかれたという顔をしていた。


「見るからにお金持ちのお坊ちゃんって感じがするんだよね」

「そ、そそそ、そんなわけないだろうが。ば、馬鹿、馬鹿じゃないのかお前。はぁ~、これだから世間知らずの田舎者は何も知らなくて困るな。大体、俺の何を見てそんな勘違いをしたんだか。俺は旅の放浪者さ。まぁ、確かに俺みたいなカッコイイ男を見たら、特別な人間かもしれないって思っちまってもしょうがないかもしれないがな」

「旅の放浪者って設定には無理があると思うけど。見ただけで嘘だって解かるに決ってるじゃん。その辺の子供だって騙されないよ」

「な、せ、せせ、設定じゃねぇーし、俺は旅のさすらい人だっつーの」


 顔を真っ赤にしてスピッツは言い張る。あからさまな嘘を目の前にしてジニーは呆れたように溜息を漏らした。身分を偽る者は、大抵が口にはできな後ろ暗い理由がある。そんな相手は信用されることはない。下手な嘘をついて変な勘繰りをされるくらいなら、正直に言うか何も言わない方がいい。


「大体、各地を転々と放浪している人間が、どうしてそんな身綺麗にしているのよ。ブーツも丁寧に磨かれているし。見るからに服もブーツもマントも高そうなものばかり」

「お、お前は鑑定スキルでも持っているのかよ」

「持っているよ。だけど、まだ低レベルだけどね。でも、誰が見たって一目瞭然でしょ。良い物は素人だってその良さが解かるものなのよ。この車両にいる人達と見比べて見なよ」


 三等車両に乗っているのは、どれも地方からの出稼ぎ労働者か旅の商人と思える人達ばかりだ。誰もが着ている服はボロボロで薄汚れていて着古されている。スピッツは周囲の人達と自分を何度も見比べて、場違いな自分の出で立ちをようやく理解できたようだ。


「ね? 正直、君は周囲から凄く浮いているのよ。その服、もしかして盗んだの?」

「ぬ、ぬぬ、盗んだ? ば、馬鹿なこと言うな! 俺は他人から物を盗むような奴に見えるってのかよ」


 問い質すように見てくるジニーに、スピッツは慌てた様子で声を荒げて否定する。


「そうね。君は他人を傷つけるようなことができない人、どちらかといえば人が良すぎて痛い目を見るタイプだね」

「な、なんだそれ、褒められている気がしないんだけど。それじゃまるで、俺が馬鹿正直のお人好しだって言われたようなきがするんだが。お前が俺の何を知っているって言うんだよ」

「あれ、違った?」


 ジニーはからかうようにクスクスと笑う。ジニーのその見透かすような青い瞳の前では、スピッツは何を言っても目の前の少女に勝てないことを出会って早々に理解した。


「まぁ、君が何者かなんてこれ以上は詮索しないでおくよ。旅人のスピッツさん」


 ジニーは祖母のコーデリアから、相手のことを探りすぎるのは失礼だと教わっていた。もし相手の秘密を知りたいなら、相手に気づかれないように巧みに話をふるのが上手なやり方だ。それにスピッツの正体が何なのかは、実際にはジニーにはあまり興味はない。反応が面白くてからかっていただけだ。嘘をつくのが下手で子供のように顔を赤くして『旅人』だと言い張るスピッツを、ジニーは悪人だとは全く思っていない。というよりも、ジニーはスピッツのことを一目見た時から気に入っていた。


「……スピッツでいいよ。たく、年下のくせに可愛げのない奴だ。ジ、ジーニアスだっけか?」

「ジニーでいいよ。改めて、よろしくね。スピッツ」


 不敵に微笑む少女の青い瞳をスピッツは見つめていた。まるで飲み込まれてしまいそうな深い海のようで、スピッツはその中に引き込まれそうな感覚に襲われた。怖いと思う一方で、何故か少女の瞳から視線を外すことが出来なかった。


「……何? どうかしたの?」

「な、なな、なんでもない!」


 スピッツは無理やり引きはがすかのように慌てて視線をそらした。顔を赤くして目を逸らすスピッツに、ジニーは不思議そうに見つめた。それから、ジニーも車窓の景色に目を向けるとおもむろに窓の戸を上げた。車両内に入り込んで来た風が、ジニーの金色の髪を巻き上げた。窓から外へ首を出しながら、無邪気に風を浴びるジニーの横顔に、スピッツは思わず見とれてしまっていた。突然、自分の胸の中に芽生えだしたくすぐったい感情を認められなくて、スピッツは不機嫌なふりをした。


「きゅ、急に窓を開けるなよ。風がうっとおしい」

「いいじゃない。スピッツも外に顔を出してみなよ。風が気持ちいいよ」


 ジニーはスピッツのそっけない態度を気にせずに笑顔で言う。そんな彼女の笑顔を見ていると頬が上気してくるのを感じて、スピッツはそっぽを向いた。


「誰がそんなガキみたいなことをするかよ」

「そうなの? 気持ち良いのに。今、ここでしか、この瞬間にしか体験できないことを逃すのは勿体ないことだと思うけど?」

「あのなぁ、今時列車に乗ってお前みたいにはしゃぐ奴なんて子供以外いないぞ」

「それは君の周りではそうかもしれないね。でも私は初めて列車を見て、初めて乗ったんだ。きっと次からはこんな感覚で列車に乗ることはない。だから、私は今だからこそできる初めての体験を心の底から楽しみたいんだ!」


 人は初めてのことに驚きと喜びを感じる。馬の背に跨って風を切る感覚、見知らぬ都市の喧騒と華やかさ、目にしたことのない景色や生き物、舌に触れたことのない味や香り、それらは一度きりの体験として心に刻まれる。

 だが、初めてのことは必ずしも快楽的なものばかりではない。初めての恐怖や苦痛、悲しみや後悔、それらもまた心に深く刻まれる。初めてのことは、人の心を変える力がある。

 この言葉を覚えておいて欲しい。これをここに書き記したことには意味がある。今はそれを気にする必要はない。それが語られるのは大分先のこととなるからだ。

 

「スピッツも恥ずかしがってないでやってみなよ」

「やらねぇっていってんだろうが! なんで俺がお前の言うことを聞くしかねぇんだよ」

「スピッツ!」


 スピッツはジニーの要求をかたくなに拒否した。彼は顔を背けて、ジニーの目を見よとしない。しかし、強く透き通った声で名前を呼ばれた時、彼はそれを無視することができなかった。スピッツが視線を向けると、彼をまっすぐに見つめる青い瞳が彼の心を確かに飲み込んだ。


「いいから、やってよ。意地になっても損だよ」


 無邪気に微笑む少女の言葉に、なによりも挑発的な視線を向けてくる青い瞳で見られると、スピッツは何故か逆らえる気がしなかった。


「わ、わかったよ。やればいいんだろう」


 スピッツは半ば諦めて窓の外に顔を出した。そして、思い切り声を張り上げた。ジニーも彼につられて、窓から見える緑の丘に向かって叫んだ。二人の声が列車の中に響き渡った。他の乗客達は、二人の楽しそうな姿に微笑んだ。車内に重くのしかかっていた空気が、少しずつ晴れていった。


「ほら、これで満足しただろ」

「やって良かったでしょ。スピッツ」

「……まぁ、そうだな」


 子供のようにはしゃぐジニーを見ながら、スピッツは呆れた表情を浮かべながらも、彼女の憎めない純真な笑顔に苦笑するしかなかった。

 その時、ジニーの腹部から空腹を告げる音が鳴った。ジニーはそこでようやく自分がお腹を空かせていることを思い出した。


「なんだよ、今の音は」


 スピッツはからかうような笑みを浮かべた。


「しょうがないでしょ。お昼ご飯をまだ済ませてないんだから」

「だからって、あんな立派な腹音きいたことないぜ。どんだけ腹を空かせてたんだよ」


 そういって笑うスピッツの腹が盛大な音を出して空腹を告げた。


「そ、そういえば、俺も今日起きてから何も食っていなかったんだっけ」

「アンタも人のことを笑えないじゃない」


 スピッツはお腹が空いているのが辛くて、うなだれて手でお腹を押さえた。ジニーはさすがにスピッツほど苦しむほどの空腹状態というわけではない。


「そんなにお腹が空いているの?」

「ここ三日はまともな食事を取ってないからな」

「お金がないの?」

「無いわけじゃないさ。ただ、放浪の旅人だからな。金は有限、使える額も限られている。できるかぎり節約しないとな」

「お爺ちゃんが言っていたよ。腹が減っていたら動けない」

「そいつは名言だ。だけどな、節約できるときは節約しろ。金が無ければ何もできなくなるって言葉聞いたことないか?」

「似たような言葉は飽きるほど聞かされてきたよ」

「俺もだよ」


 二人の腹が勢いよく鳴り響く。


「あぁ、腹減った。二等車両まで行けば、食料か飲料の移動販売をしている駅員がいるけど、値が張るんだよな。食堂車両は論外だし。こんなことなら、さっきの駅のホームにあった売店で何か買ってくればよかった」

「あ、そうだ」


 ジニーは思い出したように、肩から下げた鞄の中から先程駅のホームの露店で買った(代金未払い)コロッケパンを取り出した。


「……それはなんだ?」

「スピッツが言った売店で買ったもの。コロッケっていう油で揚げたジャガイモをパンで挟んだものだって」


 包み紙から揚げ物の香ばしい匂いが漏れ出して、ジニーの空腹は激しく主張しだした。彼女は食欲に促されるままコロッケパンに噛みつこうとしたが、隣に座るスピッツの視線に気づいた。


「……おいしそうだな……」


 鳴き止まない腹の虫を抱えたスピッツが、粘り気のある視線でジニーが両手に持つコロッケパンを食い入るように見ていた。隣人からの空腹を訴える腹の音を聞きながら、自分だけ食欲を満たせるほどジニーは非情ではない。

 ジニーは溜息をつくと持っていたパンを半分に分けた。


「ほら、食べなよ」

「え? い、いいよ。俺のことは気にしないでくれ」


 強気な言葉とは裏腹に、彼の空腹を告げる腹の音は鳴り止む気配はない。


「だったらその腹の音を黙らせてくれない? 隣で腹を空かせている人を放っておいて、私一人だけ食べていられるわけないじゃん」


 ジニーは半分に分けたコロッケパンの片割れを、スピッツに無理やり渡した。


「あ、ありがとう」


 コロッケパンを手にしたスピッツの声は感激に打ち震えていた。嬉し涙で濡れる瞳でジニーを真っ直ぐに見つめて感謝を告げる。まるで聖母から施しでも受けたかのような大袈裟な反応を見せるスピッツに、ジニーは苦笑いを浮かべた。


「正直、助かった。だけどタダで何かを貰うことはできない。だからこのパンの代金は俺に払わせてくれ」

「いいよ。このくらい気にしなくていいよ」

「いいや、そういう訳にはいかな。俺は金の大切さをよく知っているんだ。タダほど高い物はない。このパンは一体いくらだったんだ?」


 スピッツの言葉には理解できるが、それとは別の理由でジニーは一瞬言い淀んだ。ジニーがコロッケパンをいくらで購入したのか覚えていなかった。そもそも、ジニーはパンの代金を支払っていない。ジニー自身は後で必ず払うつもりでいるが、現段階においてこのパンは盗んだ物ということになるが、これは断じて盗んだわけではない。いつになるか解からないが、ジニーは後でちゃんと代金を払うと決めているのだ。


「貰って増えはしても、減りはしないだろ?」


 スピッツは小銭を探しているのか、スピッツは外套のポケットの中を探っている。


「まぁ、スピッツがそうしたいのなら、別に構わないよ」

「ひとまずこれで足りるか?」


 そう言って値段も聞かずにスピッツが手渡したのは、金貨一枚だった。しかも、世界貨幣の金貨だ。金貨一枚の価値は10万ギルになる。これ一枚で、過度な贅沢をしない限り十年間は働かなくても生活することができる金額である。一般人ならまず目にすることはないし、自称旅の放浪者が手にすることがない高額貨幣だ。この硬貨は、高額の金銭のやり取りを行う特別な階級の人間だけが使用する貨幣とされている。

 ジニーはその金貨を手にした。初めてではないが、その価値を知っているからこそ驚いた。彼女は鑑定の素人だが、これが本物だとすぐに分かった。ティンバーの券売所での駅員が言っていたように、本物の金貨なのは見れば分かる。問題は、このような人目のある場所で、しかも三等車両という空間の中で、金貨という存在がどれほど危険を孕んでいるのかということだ。金貨の価値を知らない子供でなければ、それくらいは誰でもわかるだろう。


「馬鹿じゃないの!」


 ジニーは可能な限り声を抑えて怒鳴った。怒りに任せてスピッツに金貨を乱暴に突き返す。スピッツは何故怒られたか理解ができず、不満顔でジニーを睨んだ。


「何が気にくわなかったんだよ。これじゃ足りなかった?」

「もう一度言うね。馬鹿じゃないの。何がお金の価値は知っている、だよ」

「何を怒ってんだ。これはれっきとした金だろうが」

「確かに、それはお金だよ。だけどね、人目の付く場所で出したら絶対に駄目なお金なの! 私の言っている意味が解かる? 君はそんなことも解からないの?」


 スピッツは脇に置いておいたリュックから小さな袋を取り出すと、ジニーに向けて袋の紐を弛めた。中身なんて見せなくても、硬貨同士がこすれ合う音が聞こえただけで容易に想像できた。


「あと何枚必要なんだ?」


 ジニーが危惧した通り、小袋は金貨の小袋だった。ざっと見た限り、2、30枚以上は入っているだろう。この小袋の分だけで、庶民ならば一生働かずに贅沢三昧の人生を送ることができる。


 「バカじゃないの」


 ジニーに声を抑える余裕はなかった。その怒鳴り声は車両全体に響き渡り、何事かと乗客達の視線がジニーに集まる。周囲の視線を気にする余裕はジニーには無かった。怒りに任せてスピッツが持つ小袋を引っ手繰ると、紐を固く締めるとぐるぐる巻き付けて固く縛って彼の胸に乱暴に押し付けた。


「いてぇな。ってか何すんだよ!」


 ジニーの乱雑で乱暴な行動にスピッツが声を荒げるのも仕方ないが、この場合においては悪いのは完全に彼の方である。


「それは二度と出さないで! 私がいる前では絶対に!」

「だ、だから、なな、何でだよ!」

「いいから、絶対に私の前に出さないで! 出す時は私が良いって言った時だけ! 解かった?」


 ジニーの威圧的な口調に、スピッツは言い返せなかった。仕方なく金貨の入った小袋をリュックにしまうが、その顔は自分がどんなに危険なことをしたのか分かっていないようだった。そんなスピッツにジニーは呆れ果てたようにため息をついた。


「何だよ。その溜息は」

「何でもない。放浪の旅人さんがあまりにも世間知らずでね」


 ジニーの毒のある言葉にスピッツは不機嫌な顔をして文句を言おうとしたが、それ以上に不機嫌な顔をしたジニーに睨まれてしまい、スピッツは黙って言葉を飲み込むことにした。不平不満をブツブツと言ってはいるが、コロッケパンを一口食べてからは一言も言葉を発することなくは無くなった。

 そんなスピッツを横目に、ジニーもコロッケパンにかぶりつく。

 潰したジャガイモを油で揚げたコロッケというものを、ジニーが食べるのは初めてだ。それをパンと挟んだだけのシンプルな料理、味は容易に想像できる。しかし、最初のサクッという食感の後に続く美味しさに、ジニーは頬を綻ばせた。

 横目で見るスピッツもジニーと同じ表情を浮かべている。潰しただけのジャガイモを油で揚げた物を、パンで挟んだだけとは思えない美味しさだ。美味しさの秘訣はコロッケ自身と、なにより濃厚なソースだ。豊かで深い味わいで、様々な野菜の旨みが濃縮されているのがジニーでも理解できた。牛肉の挽肉が入っているからだろうか。潰したジャガイモを油で揚げただけとは思えない美味しさだ。

 空腹もあってか二人はもくもくとコロッケパンを食べ続ける。半分に分けても自分の頭と同じくらい大きなコロッケパンを、ジニーはぺろりと食べきってしまった。空腹がおさまれば、二人とも先ほどまでの怒りが消え失せている。機嫌のよさそうな表情で満腹感に浸っていた。

 二人とも無言と窓の外の景色を眺めていた。 


「そろそろ丘陵地帯を抜けるところかしらね。襲ってくるとしたらそろそろかな」


 小さく呟いたジニーの不穏な言葉を、スピッツは聞き逃さなかった。スピッツにはジニーの言葉の意味がすぐに理解することが出来た。


「それって強盗団のことか?」

「そりゃ、この辺にはいくらでも隠れられる場所がありそうだもの。それに列車は周囲が小高い丘に囲まれた隘路を進んでいるしね。待ち伏せして襲撃するのに絶好のポイントだと思うんだけど」

「確かにこの周辺には廃鉱山やら廃トンネルやらと隠れ家にする場所はいくらでもあるしな」


 ティンバーの領地には、廃鉱山がいくつも点在している。かつては賑わっていた鉱山とトンネルは、今では使われなくなっている。その無数の穴は、強盗団にとって絶好の隠れ場所だ。追跡する者たちは、その複雑な迷路に翻弄されている。

 

「随分と詳しいね」

「当然だろ。俺はあちこちを旅しているからな。情報通ってやつだ」

「ヘー、ソウナンダ。スゴイネ」


 表情も無く無感情な声音で、ジニーはスピッツのドヤ顔を無視した。


「大分日も傾いてきたね」


 冬は終わって暖かくなってきたからといって、日没はまだ早い。車窓から見える空はだんだんと暗くなり、辺りには夕闇が立ち込め始めていた。


「襲って逃げることを考えると、やるならこの時間帯がちょうど良いな」


 ジニーの話を冷静に聞き入るスピッツの表情は、疑いの色もなかった。先ほどまで顔を赤くして動揺していた少年とは別人のように落ち着いている。


「私の話を疑いもせずに聞いているってことは、スピッツも同じことを考えていたってこと?」

「いや、さすがに強盗団が本当に襲ってくるとは思わなかったな。ただ、狙うならこの列車だろうとは考えていた」


 スピッツの話によると、列車強盗団が撃退され、懸賞金がかかったことで、魔導列車の利用客は増えているらしい。ティンバーでは少なかったが、前の駅では列車に乗り込んで来た者が多かったとのこと。そのほとんどが二等客室以上の車両に乗り込んだという。つまりは富裕層の乗客ばかりだということだ。


「懸賞金がかけられたみたいだしな。懸賞金もそれなりの金額がかけられている。となると、列車強盗もやれて一回か二回」


 懸賞金がかけられた以上、強盗団の追跡者がティンバーの憲兵隊やリンドブルムの軍隊だけでない。懸賞金目当ての賞金稼ぎもその中に加わることになる。その金額が高額であるほど、高レベルの賞金稼ぎが強盗団を追い回すことになるということだ。


「そう考えていたら、ティンバーで交代で乗り込んで来た傭兵連中を見たら、この列車が狙われているような気がしてしょうがないんだよな」

「まぁ、どう見ても守る側というよりも、襲う側のほうがしっくりくる連中だよね」

「まったく、何を考えてあんなろくでもない傭兵共を雇ったんだか。それまではまともな奴等が護衛として乗っていたっていうのに」


 傭兵を雇うならどこかの傭兵ギルドに所属している傭兵を選ぶべきである。野良の傭兵を雇うよりかは契約金は高いかもしれない。だが、信用はできる。なにより、雇用主の心証を悪くするような行動と言動をするはずがない。少なくとも、ジニーがティンバー駅で見たような蛮行は決してしない。

 終らない戦争は、多くの難民を生んだ。戦乱期における傭兵稼業は、どこの国にも属さず身分が登録されていない最低階級層の人間の選択肢のひとつだった。名も無い物乞いがどこぞの領主になったという話は、誰でも聞いたことがある夢物語の一つだ。実際、身分の無い最低階級層の人間が金を儲けようと思ったなら、手っ取り早いのが傭兵としてどこかの戦場で功績を上げることだ。だが、戦争が終わってしまったことによって戦場の数は激減した。各地では小規模の戦闘が行われているが、そういった戦場の多くは功績を持つ傭兵ギルドによって管理されている。名のある傭兵は、大国が多額の金銭と身分によって出迎えられたが、そうでない傭兵は行く当てなどどこにもない。傭兵ギルドにも登録せず、功績も無い傭兵が最終的に行き付く場所は簡単に予想できる。

 傭兵にとって、安定した仕事場は貴重だ。魔導列車の護衛は、そんな仕事のひとつだ。魔導国リンドブルムを中心とした自由都市国家連盟が運営している列車だ。小規模な戦闘が続く各地よりも、比較的安全に金を稼げる。

 そのはずなのに、駅員や乗客に暴言や暴力を振るう連中は一体何を考えているのだろうか。


「そんなのは簡単よ。守るつもりがないだけ。アイツらは最初から、この列車も乗客も守る気がないのよ」


 そのジニーの言葉にスピッツは驚いた。


「おいおい、その言いぶりだと、まるであいつらが強盗団の一味だって言ってるみたいだな」

「そうよ。スピッツだってあいつらのこと信用していないんでしょ。でなければ、あの連中を見てこの列車が襲われるかもしれないなんて考えないでしょ」

「た、確かにそうだが。それでも俺が考えていたのは、あいつらはいざとなったら乗客を守らずに逃げ出すような気がしただけだよ」


 だが、考えてみればジニーの言う通りなような気がした。もしそうならば、彼等の乱暴な言動は納得がいく。この仕事に未来を見ていないなら、雇い主の顔色なんて気にしないだろう。


「でもジニー、アイツらは何回も列車強盗を退けてるじゃないか」

「その時の列車は客が減っていたんだよ。リスクのわりに得られる者は少ない。美味しいお肉が食べたいのなら、家畜に餌を与えて肥え太らせてやればいい。これまで何度も強盗を撃退しておきながら、一人も捕まえられていないっていうことを考えると、辻褄が合うとは思わない」


 そういうジニーの冷ややかな笑みに、スピッツは背筋を凍らせた。スピッツは緊張で張り詰めた顔で、後方車両へ続く連結扉をジッと見つめた。その扉の先にいるのは自分達の身を守ってくれる味方ではなく、自分達に害を成す敵が潜んでいる。


「……やべぇな。お前の話を聞いていると、そうとしか思えなくなってきた」


 スピッツの表情から柔和さが消える。そんなスピッツの表情の変化に、ジニーは小さく驚かされた。ジニーはスピッツのことを、世間知らずでお人好しなお坊ちゃんだと思っていた。だが、敵が近くにいると気づいて真剣な表情を浮かべるスピッツからは甘さが消えていた。


「これを車掌や乗務員に言ってもすぐには信じて貰えないだろうな」

「そうね。所詮は憶測だもの」


 冷静に言うジニーにスピッツは少しだけ苛立ちを感じた。


「誰かに話しをすれば奴等の耳にも入るだろうし。そうなると下手をすれば、奴らから疑心を持たれることになって悪い事態に進む可能性があるな」

 

 田舎から出てきた少女と、身分を偽るの自称旅人の少年の憶測などを信じる大人がいるだろうか。駅構内での乱暴狼藉を見れば、雇われた護衛集団が列車に乗る乗務員や警備兵達に好意的に見られているとは思わない。この話をすれば、少なからず彼等に疑心を植え付けさせることはできるだろう。だがこれまで奴らが積み重ねてきた実績を覆す決定的な証拠が無い以上、話をしてもすぐに奴等が捕まえるという動きにはならない。


「というよりも、多分だけど駅員の中に強盗団に内通している人がいると思うんだよね」

「はぁ? なんでそう思うんだよ」

「雇った傭兵が何度も強盗団を撃退したから郵便の業務を再開させるとかで、ティンバー駅で貨物車両に現金の積み込みをしていたみたいだから」

「……なんでそんな重要なことをお前が知っているんだよ」

「親切な駅員さんが色々教えてくれたの」

「じょ、情報が駄々洩れじゃねぇかよ」


 呆れたようにスピッツは項垂れた。貨物車両の積み荷、特に金銭は機密扱いのはずだ。積み込まれた荷物の内容が外部に漏れれば危険性が上がるだけである。それなのにそのことをジニーが知っている時点で、様々な方面に流布されていると考えるのが普通だろう。人の口に戸は立てられないというが、あまりに緩すぎる情報管理にスピッツが呆れるのも当然だ。

 

「貨物車両にそれなりの金が積まれていりゃ、強盗団に狙われて当然じゃねぇかよ」


 規模が小さい商業ギルドとはいえ、扱う貨幣は世界通貨を使用するのが普通だ。商人でなくても、親類縁者に仕送りをするなら世界通貨でするのが当たり前だ。すべての国で使用することができて、貨幣価値が変わらない世界貨幣は便利な反面、犯罪者にも魅力的な貨幣である。

 スピッツは深い溜息を吐く。思考を落ち着かせようとしているようだ。


「だとしたら、ジニーが言う通りに、内通者がいてもおかしくはないな。さて、どうしたものか。最悪、面倒事に巻き込まれる前に列車から飛び降りるか」


 明るい声音で言うスピッツの言葉は、当然冗談である。しかし、それを聞いたジニーは真剣な眼差しでスピッツを見つめた。青い瞳から発せられる無言の圧力の前に、スピッツは緊張を飲み込んだ。真っ直ぐで純粋な青い瞳からは、非難も肯定のどちらもなくただ見つめていたのだけだ。その純粋な視線を前に、スピッツは微かな恐れから何かを誤魔化すように言う。


「じょ、冗談だって、それにこんな辺鄙な場所で飛び降りたら、次の都市まで歩いていかなくちゃならないし、むしろそっちのほうが遥かに危険だしな。それにそんな薄情なことをするつもりはないしな」


 スピッツは吸い込まれそうになる青い瞳から逃げるように、顔を逸らして軽い口調で話し続ける。青い瞳の魔力から逃げるように、その魅力に掛かっているのを誤魔化すように、スピッツはそれ以上ジニーの瞳を見ていたくなかった。スピッツにはその瞳が、まるで心を見透かして試そうとしているように思えた。


「そ、それに強盗連中の狙いは、金持ちの財布だ。三等車両の貧乏人の荷物なんて眼中にないだろう。ここで大人しくしていれば安全さ」


 ジニーに対してというよりは、自分自身を納得させるような話し方だ。スピッツの考えはある意味では正しい。強盗団の狙いを考えれば、三等車に引きこもっていれば何事も無く嵐をやり過ごすことができる。だが、そんな薄情な判断を選択できるほど、スピッツという人間は利口ではない。ジニーはそんなスピッツの心を見透かしていた。


「でも、君は大人しくしているつもりはないんでしょう」


 それは質問ではない。スピッツの心を見透かしたうえでの言葉である。スピッツはジニーの言葉に答えるのに迷ったが、やがて諦めて正直に言った。スピッツの下手な言い訳では、この鋭い青い瞳を持つ少女の前では、スピッツは何を言っても自分を誤魔化すことができなかった。


「……さすがに、黙って見過ごすことはできない……な」


 スピッツの表情にはある種の覚悟が浮かんでいた。軽い微笑みには、薄くだが死を意識しているのが匂っている。彼はたった一人で強盗団と戦うつもりでいるのが表情からでも見て取れる。それは無謀というものだ。ジニーはそんな決意に対して、小さく溜息を吐いた。


「バッカみたい。それでカッコつけているつもりなの?」

「うるせぇな。だったら、どうすれば良いって言うんだよ」


 スピッツは苛立ちのあまりに強い口調で答えた。人を安心させる不思議なブラウンの瞳が、焦燥とした苛立ちで荒んでしまっている。しかし、睨まれた程度で大人しくおじけづくようなジニーではない。


「もっと簡単な方法があるじゃない」

「どんな方法があるっていうんだよ。仮にだぞ。俺がどうにかして駅員にこの話を信じさせたところで、何が変わるって言うんだよ。強盗団に襲われることが確定している以上、戦う以外の方法があるっていうのかよ」

「やっぱり君は馬鹿だよ。最善の方法を思いついていながら、最悪の手を打とうとしている。そうでしょ?」


 激情の槌を振り下ろすように睨むスピッツの視線をジニーは平然と受け止めた。


「だったらお前はこれから目の前で略奪が行われようとしているのを、自分の身が大事だからって無視するのか?」

「でも最善の策の一つがそれだよね。もし戦闘が激化すれば、下手をすれば乗客に死人がでるかもよ。戦闘で強盗共が負傷もしくは死傷者がでれば、冷静さを欠いた奴等が何をするか解からなくなる、かもしれない。そうだよね」


 スピッツはジニーの言葉が正しさを噛みしめているかのように、口を固く閉ざして臓腑から込み上げて来る怒りを抑えこんでいる。ジニーの言っていることは正しい。いわゆるところの、被害を天秤に乗せてどちらが軽いか、という話である。すんなりと強盗団の目的を完遂させてしまったほうが被害は明らかに少なくて済む。懸賞金が出ている時点で、追われている奴等が無茶なことをする可能性は低い。列車強盗の上に乗客を殺せば懸賞金が跳ね上がり、それこそ手におえない高レベルの懸賞金ハンター達にどこまでも追われ続けることになる。

 そんなことはスピッツだって理解している。頭では理解しているけど、心が納得しない。そんな感情が込められているかのように、スピッツの瞳は力強くジニーに訴えかけていた。

 自分の身を守るために、目の前の悪を見逃すのかと。


「本当に君は馬鹿だよ」


 ジニーは呆れたように溜息を一つ漏らした。


「お婆ちゃんから飽きるほど教えられたよ。何かを成したいのなら、利用できる者は利用しろ、ってね」

「……孫になんつーことを教えてんだよ」

「スピッツは一人で戦おうとしているってことは、ある程度戦闘スキルを持っているってことなんだよね。だけど一人で強盗集団を撃退できるほどではない」


 スピッツは不機嫌とそっぽを向いて言う。


「あぁ、そうだよ。後ろの車両にいる連中だけなら、俺一人でもどうにかなるけどな。その程度のレベルさ。弱くて悪かったな」


 拗ねたように言うスピッツは不思議と心を落ち着かせていた。ジニーと話しているうちに焦燥とした苛立ちが消え失せてしまったようだ。そんなスピッツを見て、ジニーは自然と頬を弛ませて笑う。そんなジニーの笑い顔を見て、スピッツも釣られるように笑った。肩に乗せていた重荷を下ろしたような気分だ。二人の間で張り詰めていた緊迫とした空気が弛んでいく中、ジニーはスピッツも驚く様なことを言いのけた。


「考える必要ないじゃない。簡単なことじゃん。襲われたら襲われたらで、スピッツと私で強盗団をやっつけちゃえばいいでしょ」


 あっけらかんとしてそういうジニーをスピッツは信じられないというような顔で見つめた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。誰と誰が強盗団を退治するっていったんだ?」

「君と私。二人でなら、多分なんとかなるんじゃないの?」

「俺とお前で?」


 様々な考えで頭の中が混乱しながらも、スピッツは一番疑問に思ったことを口に出した。


「ていうか、お前戦えるのかよ!」

「少なくとも、後ろの車両に乗っている連中よりは戦闘スキルは高いと思うけど、解からないな。私、対人戦闘の経験はないから」


 ジニーが嘘をついているとは思えない。スピッツはジニーのことを何一つ知らないが、彼女が嘘をいうような人間だとは思えなかった。魔導列車を襲おうとする強盗団は、街のチンピラや喧嘩自慢とはレベルが違う。本物の悪党だ。それを平然と倒せると言う少女を前にして、スピッツは先ほどまでに苦しむほど考え込み、最悪死ぬ覚悟すら決めていた。だが、二人で強盗団を倒せばいい、と簡単に言うジニーを前にしていたら急に馬鹿らしくなってきた。


「一体、俺は何を色々と思い詰めて悩んでいたんだか」

「だから言ったじゃん。馬鹿だって」

「あぁ、本当だな。利用できる物はなんでも利用しろ、か。俺がやりたいことを成功させたいなら、ジニー、お前を利用しろっていうんだな」

「私を利用する? 違うわ。私が君を利用するのよ!」


 不敵な笑みを浮かべるジニーに、スピッツは首を傾げた。


「お前が俺を利用するだって? 結局の所、お前だって強盗団と戦うつもりだったってことじゃねぇか」

「君と一緒にしないで。少なくとも、私は一人なんかで挑もうなんて考えてなかったよ」


 強盗団の狙いが富裕層の財布だとしても、三等車両の貧乏人の財布を絶対に狙わないというわけではない。強盗団が欲をかいたとき、ジニーは自分の夢を守るためにあらゆる手段を講じなくてはならない。彼女が今持っている全財産は、彼女の夢を叶える為にある。それをわざわざ他人に奪われるわけにはいかない。

奪われない為なら、ジニーは非情で薄情な手段を取ることも視野に入れていた。

 それを平然と告げると、スピッツは驚きと呆れが入り混じった表情を浮かべた。


「全く、お前は一体どんな教育を受けて来たんだよ」

「褒め言葉として受け取っておくよ」


 しかし、スピッツは知らない。ジニーが強盗団と戦うのは、自分の財産を守る為以外の目的があることを。


「それに、これはちょうど良い機会だしね」

「それはどういう意味だ?」


 笑みを浮かべて嬉しそうに言うジニーの言葉を、スピッツは眉根を寄せて訝しんだ。まるで問い詰めるようにジニーを見つめている。

 次の瞬間、車内に悲鳴が響き渡った。



次話でようやく戦闘シーンが入ります。

後編ではもう少し文字数を抑えるように努力してみます。

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