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虹が消える時

作者: 葉月




『虹の端を触ると幸せになれる』



昔、何処かでそう聞いたのを覚えている。

小さい頃は、虹が出る度に親に「虹を触る」と駄々を捏ねて、車に乗った記憶がある。

今思えば、子供らしくて無邪気だったが、親からすれば迷惑だったろうなと虹を見る度に思い出す。


電車に揺られながら、雨が降りしきる窓の外を眺める。雨上がりに出る虹を思い浮かべ、昔に思いを馳せていると、隣から「どうしたの??」と声がする。私がボーッと外を眺めていたから心配したらしく、冬馬とうまが話し掛けてきたのだ。

「ううん、なんでもないの。ちょっと昔の事を思い出しただけ」

「昔??」

「小さい頃の話よ」

「ふーん」

私が話を広げない事を面白くなかったのか、冬馬は少し不機嫌になる。


冬馬は同じ大学の1つ歳上のサークル仲間だ。そして、私の彼氏でもある。気さくで周りへの気遣いもできるから、女子には大人気だ。だが、自分が分からない話になると不機嫌になる節がある。それに、予定が狂うだけでもイライラする。そして愚痴が止まらなくなるのだ。一緒にいても気分が滅入るだけなので、その性格は直してもらいたいと常々思っていた。

「それにしても、残念だったね」

「ああ、せっかくチケット取れたのにな」


今日は冬馬の好きなタレントのトークショーに行く予定だった。チケットの抽選に当選したが、会場が電車で片道2時間かかる場所だった。私は興味無かったが、冬馬が1人では行きづらいと言うのでついてきたのだ。

だが、タレントが急な体調不良のため、トークショーが中止となってしまった。会場に着いてから知ったのだが、どうやら今朝SNSで中止の旨は知らせていた。私も冬馬も確認していなかったので、交通費だけ無駄になってしまった。それを思い出してか冬馬はまたイライラし始める。

「大体、SNS以外でも知らせろよな」

「でも冬馬、メールとか見ないじゃない…。メッセージも見ないし」

「そうだけどさ、電話があるだろ」

「当選者全員に連絡なんて無理よ」

「チケット代は返ってくるけど、交通費は返ってこないからその分損してるんだ。スタッフがその分働くのは当然だろ」


さっきから、この調子でずっと文句を言っている。それが聞きたくなくて窓の外を見ていたのに、冬馬が私を愚痴に付き合わせる。冬馬に聞こえないように小さく溜息を吐いてスマホを眺める。

せっかくここまで来たのだからお昼を食べて、観光でもしようかと思っていた。だが、電車に乗ったと同時に雨も降り出した。今日はとことんついてない日だなと思い、冬馬の話を遮るように話題を変える。


「ねえ、卒業旅行の計画は順調なの??」

冬馬は何事も無ければ春には卒業する。それに合わせて友人と卒業旅行に行こうと前々から計画を練っていたのだ。

「ああ、スペインに行く。バルセロナ中心に行く予定だ」

先程とは打って変わって、楽しげに行く場所の説明をする。私は「いいなぁ」等と相槌を打ちながら聞いていた。


里奈りなもそのうち卒業旅行に行くだろうし、体験談とか話してやるよ」

「……うん、土産話楽しみにしてるね」

「ああ。話だけで悪いけどな」

言い方が気になると思っていたら、どうやらお土産を買ってくる気は無いらしい。恐らく旅費の他に使える額は少ないのだろう。



私はもうダメかもしれないと察した。



別にお土産が欲しい訳では無いが、少しは申し訳なさそうに言うのが普通じゃないだろうか。それなのに、冬馬は悪びれる素振りも無い。思い返せばいつもそうだった。「してあげた」「やらせてあげる」「連れてってあげる」と何でも上からだった。


自分がしたい事や行きたい場所に行く時はそんなことは無いのに。冬馬は釣った魚には餌をあげないタイプなのだろう。あまり大事にされている気がしなくて、このまま交際を続けていて大丈夫なのか不安になる。恐らく卒業してしまえば、仕事の忙しさを理由に連絡も疎かになり、そのまま別れそうだ。


まるで色鮮やかな虹が少しずつ消えるようにこの関係も終わるのだろう。そう思うと今のこの時間は何なのだろう。別れを想像出来てしまう関係なんて、無駄な気がしてくる。


私がそんな事を考えていると、いつの間にか目的地の駅に着いた。

「やっと着いたか。ほら、降りるぞ」

「……うん」

私はあまり気乗りしない返事をし、重い腰を上げる。そして、先に電車から降りようとする冬馬の後に続くが、ドアの前で止まる。

このまま冬馬について行って、私は楽しめるだろうか。今日のデートを良い思い出として振り返られるだろうか。


「…無理かな」

冬馬に聞こえないように小さく呟き、「冬馬」と呼ぶ。

「何だよ、早く降りろよ」

面倒くさそうに私に降りるよう促すが、私は動かない。

「私たち、別れましょ」

「………は??」

私が別れを告げたタイミングで電車のドアが閉まった。冬馬は理解出来なかったようで、口を大きく開けたまま突っ立っていた。

ドアが締まり切った電車は、冬馬から私を離すように走り出す。


私は座席に戻り、窓の外を眺める。

冬馬からの着信が鳴り止まないが、全て無視する。あまりにも煩いので、私が感じた事をそのままメッセージに入力し、送信する。そして、スマホの電源を切った。


再び、外を眺めると空が明るくなり雨が上がりそうだった。雨が上がったら虹が見られるかもしれない。そうしたら、虹の端でも触りに行こう。見つけられるかは分からないが、希望は持ちたい。



雨上がりまでもう少し。

私は降りる準備をするため立ち上がった。







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