曾お婆ちゃんと万華鏡。
「あれ? ここどこ──?」
──病院……? じゃない。
いつもの、冷たいコンクリートの壁と切り抜かれた窓辺から、青い空と雲を眺めてたはずなのに。
病院のベッドに居るはずが、格子状の木組みと和紙の貼られた襖の向こうから温かい日差しが射している。
畳の上にスーッと伸びる光の先に誰かが居た。
「みさきちゃん、目が覚めたかえ?」
薄暗い部屋に射し込む日差しにボンヤリと──、和服を着た小さなお婆さんが居た。
「え? あの──」
「──覚えとらんかえ? みさきちゃんの曾婆ちゃんじゃ」
しわがれ声に、カクシャクと、私の曾お婆ちゃんを名乗るお婆さんが、喉仏を動かしてしゃべる。
その人と私の目の前に、コロコロと畳の上を、何処からか赤い万華鏡が、転がって来た。
「あの、これ、万華鏡──?」
──何故か、病衣ではなく、学校の制服を着てる私。
襖の隙間から風が吹いて来て、私の制服のリボンとスカートが揺れる。
「よう、覗いてみ? 人生は万華鏡。何がみさきちゃんには、見えるかえ?」
お婆さんに言われるままに、赤い万華鏡を手にして畳の上に座る。それから、少し万華鏡を眺めてから想い出した。
(何処かで、見たことあるような──)
──懐かしい赤い縮緬の模様。
初めて子どもの頃に、中を覗いた時──、世界がクルクルと回るような鏡の中を、赤や黄色が反射する世界に目を奪われたんだっけ。
私は、懐かしい気持ちとともに、赤い万華鏡の中を覗いた。
──────……─╂─……──────
「あれ?」
病院のベッドの上で酸素マスク着けてる私がいる。
それに、お父さんお母さん、お祖父ちゃんお祖母ちゃん──みんなが、いる。
「あれ?」
赤い万華鏡から、目を離すと──、やっぱりさっきの和服を着た小さなお婆さんが、私を見つめて畳の上に座っている。
「何が、見えたかえ?」
「えと、私とお父さんお母さん、お祖父ちゃんお祖母ちゃん……です」
私の曾お婆ちゃんを名乗る人。
その人の背中の後ろ側にあるお仏壇から、お線香の香りがした。
「まだまだ、みさきちゃんには未来がある。ええ事も悪い事も、たくさんたくさん知らにゃあなぁ」
正座をして膝もとで手を組んでたお婆さんが、小さなシワシワの手のひらから、透明な綺麗な石ころみたいなのを私に見せた。
「これ。持っておいき」
お婆さんの手のひらから、透明な石ころが私の座る目の前の畳の上を転がる。
「この石……」
「石やないよ、みさきちゃん。小さい時、みさきちゃんが好きやったドロップ──飴ちゃんやよ」
私が手にすると、透明に光輝く石ころみたいな飴玉が、日の光を浴びて、万華鏡のように赤や黄色に変わる。それに、甘い香りもした。
「ありがとう。曾お婆ちゃん──」
「ええよ。昔みたいに、曾婆ちゃんも、ここじゃあボチボチやっとるで。時々、みさきちゃんのこと空から見とるけ」
私は、曾お婆ちゃんのくれた万華鏡のように輝く飴玉を頬張った。
甘くて懐かしい──色んな味のフルーツの香りがした。
「さぁ、お行き……」
曾お婆ちゃんが、座ったまま私を見送る。
私も、襖を開けて、もう一度日の当たる光の向こう側へ、行かなきゃって、想う。
「うん、ありがとう。曾お婆ちゃん。またね」
そう言って、私は襖を開けて、光の向こう側へと歩き出した。
振り返ると、曾お婆ちゃんが、ずっと私を見つめて居るのが分かった。
(そうだ。曾お婆ちゃん……。時々、私、曾お婆ちゃんの畳のお部屋でよく遊んでたっけ)
光の先が、どんどん小さくなる。
一瞬、瞬きをしたら、それっきり暗闇になって、不安になった私は、必死で目を開けようとした。
「えっ!? お願い──!! 開いて!!」
すると──、暗闇になった私の目の前から、少しずつ小さな光が射し込む。
──私の顔を覗き込むお父さんお母さん、お祖父ちゃんお祖母ちゃんの顔が見えた。
「みさき……」
「お母さん……」
お母さんが、私の名前を呼んで泣いていた。お父さんの鼻をすする音が聞こえた。
お祖父ちゃんお祖母ちゃんは、手を合わせて私を拝みながら泣いてて、ちょっと笑いそうになった。
「ただいま」
私の口から空気が流れ込む。
病院の窓からは今日も青い空と白い雲が見える。
何故か、窓辺には、いつもの花の隣に、曾お婆ちゃんが持ってた赤い万華鏡が置かれてあった。




