遅すぎた援軍
あるかどうかわからない未来も過去もわからないようなIFの話。
起こって欲しくないけど、起こるかもしれない最悪のシナリオの一つ。
守る側として、守られる側として、攻める側として、援軍に来る側として、沢山の視点で見てくれたら幸いです。
遠くで幾つもの迫撃砲が大音響を上げている。
それが地響きとなって地面に掘った避難壕に響く。
避難した三十人ほどの住民を守るように小銃を持って戦闘服に身を包んだ若い女性が出口の周辺を見回す。
「後藤三曹!君はこの壕で住民の守護及び周囲の警戒をしてくれ。俺は小隊長と共に周囲を偵察してくる」
「了解!」
小隊長、小隊先任、私で避難壕を守っていたのだが、戦闘が激しくなって二十人ほどいた同僚と連絡が取れなくなり、安否と状況を探るために二人は出ていった。
壕の奥では、どの人も恐怖に体を振るわせている。
自分と同じ年の女性も数人居る。
一時間前の小隊長の話では、現在の位置は安全地帯と聞かされていた。
砲撃の音は、かなり遠い。
しかし、民間人にとっては恐怖。
しきりに爆音が響き、地面を揺さぶるのだ。
後藤は三ヶ月前に昇任したばかりだった。ここが平和だと思われていた時期。
まさかこういう事態になるとは夢にも思わなかった。
ここに避難してきた人もそれは感じているだろう。
しかし、戦闘はある日突然起こった。
陸上部隊の十三個師団のうちの七個師団が反乱を起こしたのだ。
連絡も調整も出来ていなかった政府は後れを大幅にとり、いとも簡単に首都は陥落した。
頼みの綱の米軍は見て見ぬ振り。
反乱軍は米軍には一切攻撃をせずに、反乱軍に加担しなかった師団が守る都市を陥落する為に動く。
そして、今の状況。
各師団が反乱軍を押さえているのか敗北したのか解らない。
解っているのは自分の居る師団は明らかに後退していると言う事だ。
「敵襲!」
数十メートル先から走ってくる小隊先任が地面に倒れる。
そのすぐ後ろから歩兵戦闘車が三両、こちらに向かってきた。
「名前は?」
住民の安全を保証させるために後藤は反乱軍に投降した。
「後藤・・・恵」
しかめっ面の反乱軍の兵士は後藤に銃を突き付ける。
「政府の犬は殺せと言う上からの命令なんでな」
引き金を引く指に力が入りもう一息で激発を落とすその時、
「待て!」
太い声が銃殺を止める。
「何故止めるのですか?ここら一帯は全て皆殺しにせよという命令のはずですが?」
「住民の安全を保証するって嘘なんですか?」
後藤は両腕を後ろに縛られたまま兵士に叫ぶ。
「戦争に汚いも糞もあるか。やるかやられるかなんだ」
「ひどい・・・」
「お前の態度次第で、その奥に隠れている住民を見逃してやっても良いぞ」
襟に二等陸尉の階級章が見える若い幹部が彼女に言う。
「何をすればいいのですか?」
若い幹部は兵士の腰に付けてある銃剣を取り彼女に渡す。
「腹を切れ」
「????」
「お前は命を懸けて住民を守るんだろう?例え女だろうが任務は任務だ。見事腹を切ればこのまま前進する」
銃剣を渡された後藤は鈍く光る刀身を見つめ考える。ここで嫌だと言えば殺される。
そして住民も殺される。
しかし、私が約束を守っても、もしかしたら裏切られるかも知れない。
フッと、壕の奥を見ると全員自分の方を見つめている。
どちらを選んでも自分の道は一つだ。
死という道。
入隊して初めて感じた戦慄の恐怖。
あまりの恐怖で自分の座っている地面が湿る。
「おい!こいつ漏らしたぜ!あっはっはっは!」
一人の兵士が後藤を指さし笑うと乾いた銃声が響き兵士は倒れる。
「失礼した。さぁ、始めて貰おう」
若い幹部は拳銃を腰に治め後藤から数歩下がり座った。意を決した後藤は戦闘服の上衣を脱ぎシャツ一枚になって銃剣を左手に握る。切っ先を左下腹部に当て押し込むが手が震えて刺すことが出来ず、手の汗で銃剣を地面に落とす。
「お前の責任感はこの程度か?話にならん」
立ち上がろうとする幹部に後藤は叫んだ。
「ま、待って下さい!汗で滑ったんです。今度はしっかりやりますから住民の命だけは・・・」
若い幹部は座り直し言う。
「では、裸でやれ。無条件でもう一度など甘い。それでも良いのならもう一度待ってやる」
後藤はその言葉に思わず息をのんだが、ゆっくりと頷いた。
きれいに服を畳み、シャツで銃剣と左手をグルグル巻にして外れないようにして正座をする。
後藤は最後の言葉と言わんばかり若い幹部に言う。
「住民の命は助けてください」
「あぁ、わかった。しかし、お前が体勢を崩さずそのまま切腹して果てることが出来たらな」
「宜しくお願いします」
遠くで炸裂する爆音が少しばかり激しくなった。
その振動が彼女の鼓動を更に早める。
いろいろな思いが脳裏を巡り、後藤は涙を流した。
何故私はこんな姿でこんな事をしなければならないのか?その問いかけを遮るように気合いと共に銃剣を自ら受け入れる。
三十センチほどある刀身の半分がその身に埋まり、血が流れるように股をくぐって地面を染める。
「それで終わりか?」
若い幹部の声に後藤は銃剣を右下腹部へ切り進む。
「ぐっ・・・うっ・・・ぐっ」
頭全体に冷めた電気が走り、痛みが限界を超えて意識がもうろうとする。
倒れそうになりながらも後藤は荒い息をしながら態勢を戻し、胸の方へ切り上げる。
「ごふっ・・・ぐふっ」
思わず咳き込み、大量の血を吐き出す。目はかすみ、痛覚が麻痺してもうろうとしているが、後藤はそのままの姿で耐えた。
「敵襲!」
兵士の声に若い幹部は立ち上がる。
「早いな。先発隊は全滅したって言う事か・・・ここに長居は無用だ!撤退!」
そう言うと兵士達は乗ってきた歩兵戦闘車に乗り込む。
「お前の責任感は見せて貰った」
若い幹部はそう言うと上着を脱ぎ、後藤を寝かせて上衣を被せた。黒い排煙を吐き、歩兵戦闘車がその場から去ると、壕から住民が恐る恐る出てきた。
「可哀想に・・・」
「まだ私と年が変わらないのに・・・」
周囲に立ちつくす住民の背後から戦車がキャタピラ音を響かせて近づいてくる。
住民は又壕の中へ逃げる。
壕のすぐ前で戦車は止まりエンジン音が止まる。
「おい!大丈夫か?」
掛けてある上着を剥ぐとその男は思わず口を押さえた。
後藤の腹から内臓がほとんど流出し、おびただしい出血がわかったからだ。
「救護班!」
担架を担ぎ二名が後続のトラックから降りてきた。
「こ・・・れは酷い」
「もちそうか?」
若い医官は首をゆっくりと横に振った。
「頑張れ!助かるぞ!」
後藤を担架に乗せ、男は必死に励ますが浅い息はトラックに運び込む前に止まってしまう。
「ばっかやろう!息するの忘れるんじゃねぇ!」
男はそう言うと必死に人工呼吸をし、止まった心臓を動かそうと努力するが、無駄な抵抗に医官がゆっくりとその腕を止めさせた。
「遅かった・・・遅かったんだ。もう少し早くここまで来れたら・・・」
「お前らが遅いせいで俺達が酷い目にあっただろうが!税金払っているんだぞ!国民を守るのがお前らの役目だろうが!」
後藤の遺体に祈る住民とは別に、怒鳴りながら一人の男が数人兵士を殴っていた。
ぐっと堪える兵士の姿を涙で見守る男。
一陣の風が魂を天に上げるように上空へ吹きあがった。
20年近く前に書いた小説を手直しして投稿しました。
評価してくれると嬉しいです。
よろしくお願いします。