5話 君と話したい
私には幼馴染がいる。
子供の頃から、ずっと一緒で、何をするにも私と一緒だった。
気に食わないことに、アイツは何でもかんでも私のすぐ目の前を歩いていた。
最初に木剣で遊び始めたのも、魔法を勉強し始めたのも、全部アイツが最初だった。
それが無性に悔しくて、私は必死に彼の後ろを追った。
そして、余裕でそれを追い越してしまった。
嬉しかった。
私にとっては兄のような存在だったアイツに勝てることが、何よりも嬉しかった。
だから、必死にもっともっと頑張った。
そして、何年か月日が経つと、私とアイツの差は明確に開いてしまった。
私は、魔法は上級まで、剣術は剣聖クラスまで、ほとんどの分野で常人じゃ到達できない領域に手が届いた。
でも、彼は魔法すら全く使えず、剣術だって初級止まりだった。
彼を追い越すため、彼に並びたいがために頑張った結果は、彼を追い越しすぎて、後ろ姿すら見えないくらい差が開いてしまった。
「嬉しい……のかな」
私は小さく窓の外を見ながら、独り言を呟いた。
あの村から王都に出て来て3年が経った。
その3年間で、私はSSSランク冒険者に到達した。
これ史上最速かつ、史上最年少でのSSSランク到達だった。
嬉しかった。
多分、嬉しかった。
でも、どうしてだか、少し虚しい気持ちがした。
「そう言えば……アイツは何してるんだろう……」
3年間、ずっと冒険者をやり続け、幼馴染のアイツにほとんど会ってなかった気がする。
今は何してるんだろう?
冒険者になるって言ってたけど、全く名を聞かないし……多分Cランクくらいで止まっているのかな?
近いうちに会って話してみたいなぁ……。
え……? なんで会って話してみたいんだろう?
私はSSSランク冒険者で、エリートで、才能の塊で、史上最強になる予定の冒険者。
あんな落ちこぼれの無能に会う必要はあるの?
私は意味不明な感情と心の中で喧嘩する。
「────ミリナ。早く行くよ」
すると、扉の向こう側から声が聞こえてくる。
この声は同じパーティーに入ってるアレンの声だ。
彼はAランクの冒険者で、私より遥かに弱い男だ。
う、うん……まぁ、それでもアイツよりは遥かにハイスペックだし、将来有望ではある。
Aランクと言うと、既に人生の目標を達成したような、そんな最高峰の仲間入りと呼ばれるランク帯だ。
頑張れば爵位すら与えられてしまう……そのくらいAランクというのはすごい。
まぁ、私からしてみればAランクなんて全員雑魚なんだけど。
話が逸れたけど、私のパーティーメンバーは全員優秀だ。
アイツなんかより、何倍も強くてかっこいい。
……そうだよね。
アイツなんかに会わなくても……別に構わない。
「今行く」
私はそう言って、部屋の扉の向こうの彼に答えた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
SSSランク冒険者になり、色々余裕が出てきた頃。
私は、わざとアイツのことを気にしないようにしていた。
そんな時だった。
「え……?」
冒険者ギルドの端っこで、知らない女と話しているアイツの姿が目に映った。
ほんの少し視界の隅に写っただけで、何故か私の脳裏にはその光景が鮮明に焼き付いた。
「……いたい?」
次の瞬間、私の胸にはズキっと謎の痛みが走る。
痛い……。
どうしてだろう?
胸がギュッと苦しくなるような……少し息が詰まるような。
とにかく心臓に異変を感じる。
「…………な、なに?」
心臓の鼓動がバクバクと鳴り始め、額から汗が滲んでくる。
おかしい。
明らかにおかしい。
ど、どうして、こんなに苦しいの?
「あ、アイツのせい……?」
視界の隅に入ったアイツのせい?
あいつが……あいつが何かしたんだ……。
それ以外考えられない。
私はアイツの方へ歩き始める。
歩きながらアイツの顔を見てみる。
何故だか、苦しい胸の痛みは若干引いた気がする。
でも、あいつの隣にいる女を見ると、また胸の痛みが激しくなってしまう。
意味わかんない……!
無能の出来損ないのくせに……。
私は怒りを覚えつつも、アイツの背後に立つ。
「……ねぇ、なんなの? あんた」
私はアイツの背後に立って、そう呟く。
「えっ!? な、な、な、なんですか……? って、お前かよ!」
すると、あいつは私の方を向いて、驚いたような顔をする。
何だか、懐かしい顔つきに、少し安心してしまう。
い、いやっ! 違う!! こいつに文句を言わなきゃ!
「あ、あんたのせいで……」
な、なに……? 胸が痛いって言うの……?
あんたのせいで胸が痛いじゃない! って……なんか恥ずかしい……。
何故か溢れ出る羞恥心に耐えられず、私は口を噤んでしまう。
「そ、その……っ」
「何だよ……お前……またバカにしに来たのか?」
すると、あいつは勝手に私が来た理由を解釈したようだった。
「そ、そ、そうよ!! ま、まだFランクで恥ずかしくないの!?」
私は水を得た魚のように勢いよく、彼を馬鹿にした。
「恥ずかしいに決まってるだろ! お前がSSSランクになったせいでな!! お前のせいで周りの評価が辛いんだよ!」
すると、アイツは逆ギレのような勢いでそう言った。
「……え? な、なに……? そ、それって、褒めてる?」
私は何となく気になって、彼にそう聞いてみた。
「え? まぁ……捉え方によっては……いや、知らんけど」
すると、彼はそう言って、私の言うことを肯定した。
コイツは……私のことを褒めてくれた。
まぁ、悪い気はしない。
うん、悪い気はしないし、むしろ嬉しい。
い、いや……嬉しいは言い過ぎ……だと思う。
でも、何だか……心地いいような……。
「ふふっ、お2人は仲がいいんですね。意外な組み合わせですね」
すると、アイツの隣に立っていた女がそう言った。
「ねぇ、この人は……?」
私は彼に聞いてみる。
「ああ、この人は俺の泊まってる宿の管理人で……」
彼がそう言うと、私は一気に胸がモヤモヤする。
「それだけなの? そ、その……恋人……とかじゃなくて?」
自分でも意味の分からないことを聞いてるという自覚はあった。
だって、この人がコイツの恋人とか、別に気になることじゃないし……。
そのはず……。
「そ、そんなわけないだろ。なんでそんなこと聞くんだよ」
すると、彼からそんな答えが返ってくる。
その瞬間、何故かホッと安心するような……何故か本当に良かったと思ってしまった。
そのせいか、私の表情筋は緩みきってしまい、情けない表情になっていた。
「お、お前……なんかニヤニヤしてない?」
アイツは私の表情が緩んでいることに気づいたようだった。
「はぁ!? なに!? あんたみたいなクソ無能は喋りかけないでよ!」
私は彼にそんな顔を見られたことが恥ずかしくなり、誤魔化すように大声で罵倒した。
「あんたみたいなFランク冒険者に話しかけるだけでありがたいと思いなさい! 馬鹿!」
私は彼に反論の隙を与えず、そう叫ぶと、そのまま逃げるようにその場を去った。
あんなことを言ったけど、どうしてか私の心は今までに無いくらい軽く感じた。
久しぶりに話せて、嬉しかった。
今はそんな気持ちでいっぱいだった。
い、いや、違うけど……嬉しかったわけじゃないけど。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
その日から、アイツにちょっかいをかけることが増えた。
その度に、アイツは面白い反応をしてくれるし、私にとってちょうどいい暇潰しになった。
今日も、ちょっとは話しかけてやろう。
私は自然に緩む表情を抑えながら、彼の背後に回る。
「あら。まだFランク冒険者なの? 恥ずかしくないの? 本当に情けないわね」
そして、そう彼にちょっかいをかける。
「……ミリナ……な、何の用だよ……」
彼はフルフルと手を震わせながらも、怒りを抑えそう言った。
「は? 用がなければ話しかけちゃダメなの?」
私はわざと癪に障る言い方で答える。
「な、何で話しかけて来たんだよ……」
彼は私にそう尋ねる
うっ、それを聞かれると……答えようがない……。
私の最高の暇つぶしの、唯一の弱点はこれだった。
何の用? と言われたらそれまでなのだ。
今までは「別に」とか「うるさい」とか言って、適当に突き放していたのだけど、今回はちょっとだけ話を長引かせてみよう。
「そ、そうね……。ただ、今は何してるのかなーって……。ま、まだFランクなんでしょ?」
私は何とか話を長引かせようとする。
ちょっとは面白い話をしなさいよ。
私は、彼の次の言葉を待った。
「そ、そうだなぁ……。最近は、金髪碧眼の美少女とデートしたり……したなぁ」
彼は少しだけニヤケながらそう言った。
「……え」
その瞬間だった。
私の頭は真っ白になって、何も考えられなくなってしまった。