4話 見栄を張りたい
「やっぱり、あれは俺が使えるレベルじゃなかったのか」
俺は近くの本屋で『誰でも出来るかもしれない会話術』という本を立ち読みしながら、深い溜息を吐いた。
どうやら、この本をよく読むと、『どしたん? 話聞こか?』というテクニックは上級者向けで、俺に使いこなせるようなものでは無かった。
立ち読みだから、細部まで目がいかなかった。
失敗は約束されたようなものだった。
あの日、酒場にいたあの人を泣かせてしまい、計画が完全に破綻した夜。
あの夜から一週間が経過した。
この一週間は少し落ち込んでいた。
それも原因なのかは分からないが、やけに日常生活で視線が気になることが増えた。
被害妄想なのは分かっているが、本当に視線を感じるのだ。
それに、家から色んなものが失踪したり、謎の液体が部屋に出現したり……。
実害的なものも出ているとなると、流石の俺も恐怖を覚え始める頃だった。
はぁ……これがヤンデレの狂気的な行動で、背後の視線も失踪した物も、全部ヤンデレのストーカー行動の一環だったりしねぇかなぁ……。
俺は深く溜息を吐きながら、本を閉じ、いつもの職場に向かった。
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俺の職場……それは冒険者ギルドだ。
冒険者と聞くと、夢と希望に満ち溢れた王道のような物語を想像するかもしれない。
しかし、俺はFランクの冒険者だ。
見回りの任務とか、城壁の補修とか、誰でも出来るような仕事しか回ってこない。
俺にもスライムをまとめてワンパンできたり、目を閉じてでもゴブリンを圧倒できる実力があれば……。
それだけで、ゴブリンとかに襲われている美少女を助けて、ヤンデレに育成したり、色々選択肢が増える。
まぁ、俺にはそんな大層な実力は無いので、大人しく地道にヤンデレを探すしかないのだが。
「今日は……これだけか」
俺は冒険者ギルドの掲示板で、小さく溜息を吐いた。
近年、冒険者の増加により、Fランク冒険者に回される仕事はどんどん少なくなっている。
今日は街の警備隊の代わりをするという任務しか、掲示板には貼り付けられていなかった。
まぁ……どうせ、ゴブリン退治とかがFランクの俺に回ってきたとしても、相当な覚悟がない限り受けないけど。
「あら。まだFランク冒険者なの? 恥ずかしくないの? 本当に情けないわね」
俺が掲示板の紙に手を伸ばすと、背後から馬鹿にしたような、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……ミリナ……な、何の用だよ……」
俺はフルフルと手を震わせながらも、怒りを抑えそう言った。
俺の背後には、侮蔑の目で俺を見下ろす銀髪の少女がいた。
こいつの名前はミリナ……俺の3つ年下の幼馴染だ。
ミリナとは同じ村の出身で、同時期に王都に出た戦友のような仲なのだが……。
コイツは、ことある事に俺のことを馬鹿にしてくる。
俺より3つ年下のクソガキのくせに……!!
「は? 用がなければ話しかけちゃダメなの?」
ミリナは癪に障る言い方で、俺のことを挑発する。
俺は怒りで手が出そうになる気持ちを抑え、冷静を保とうと務めるも、やはり腹が立ってしまう。
このクソガキ……。
コイツだけはヤンデレになっても嬉しくない。
いや、それは嘘かもしれない。
それにしても、どうしてコイツは何度も何度も俺にちょっかいを掛けてくるだ?
コイツは王都でも有名なSSSランク冒険者だ。
Fランクの俺より、8ランクも上だ。
SSSランク冒険者というと、そこに到達した時点で伝説的な存在だ。
コイツの思考回路は理解できないな。
これが天才ってやつなのだろうか。
「な、何で話しかけて来たんだよ……」
俺はそんなミリナに負けじと、もう一度尋ねる。
「そ、そうね……。ただ、今は何してるのかなーって……。ま、まだFランクなんでしょ?」
ミリナは何故かよそよそしい態度で、視線を逸らしながら言った。
な、なんだ……?
今までは煽り散らかすだけ煽ると、すぐに姿を消していたはずだが……。
まさか……俺のことが好きなのか?
コイツにもヤンデレの資格があるのか……?
俺はミリナの行動に興奮を抑えられなかった。
「そ、そうだなぁ……。最近は───」
さて、俺がここで考えるべきことは一つ。
コイツにはヤンデレの資格があるのか? ということだ。
生意気なクソガキとはいえ、俺とミリナは長い間を一緒に過ごしてきた友人だ。
SSSランク冒険者になって遠くに行ってしまったと思っていたが、どうやらまだ可能性はありそうだ。
だって何回も俺に話しかけてきてるから……。
圧倒的根拠の薄さに自分でも笑ってしまいそうになる。
まぁいい。
ヤンデレの素質を確かめる為には、コイツの本性を探る必要がある。
そもそも俺に好意を抱いてなければ、ヤンデレにはならないからな。
「最近は……そうだな。金髪碧眼の美少女とデートしたり……したなぁ」
俺はニチャっと気持ちの悪い笑みを浮かべ、ミリナにそう言った。
さぁ、ここで嫉妬するようなことがあるのなら、ミリナはヤンデレの素質があるとみなせるだろう。
「そうなんだ。楽しそうね」
俺のドヤ顔自慢に対し、ミリナは極めて冷静にそう返答した。
あっ、普通に興味無いんだ……?
今まで話しかけてきたのって、普通に馬鹿にしてるだけだったんだ。
俺はミリナの極めて冷静な対応に、酷く落胆してしまう。
「ちょっと……トイレに行ってくるわ」
すると、唐突にミリナは俺の目の前から居なくなろうと、足早にトイレに向かった。
……気持ち悪すぎてトイレに逃げられた。
流石に幼馴染に逃げられるのは辛い……。
もしかして、俺のこと好きなんじゃね……? とか勘違いした俺が馬鹿だった。
やっぱり、ミリナはミリナだったようだ。
何でもかんでもヤンデレにならないかと期待するのはダメなのだろう。
俺は少し期待を持ち過ぎたことを後悔する。
「……ちょっといいかな? そこの君」
俺が呆然と立ち尽くしていると、また背後から声が聞こえてきた。
今度は全く聞いた事のない声だった。
「な、なんですか……って、えっ……」
すぐさま振り返ると、そこにはいわゆるイケメンと言うやつが立っていた。
燃えるような赤髪と、絶対に高いであろう金ピカな鎧。
この人は確か……ミリナが入っているSランクパーティーのリーダーじゃないか?
語彙力全く無いけど、この人はすごい人だ。
マジですごい。
だってSランクパーティーのリーダーだぞ?
この人の月収は多分俺の生涯賃金くらいだろう。
この人を敵に回すと……多分死にます。
「ど、どうなさいましたか……?」
俺は態度を改め、恐る恐る粗相をしないように対応する。
「さっき、ミリナと話してたよね? あれ、困るんだよ。今、魔神の復活なんて噂されてて、うちのパーティーも大事な時期なんだよ」
Sランクパーティーのリーダーのイケメンは、苛立ちを隠さずそう言った。
「そ、そ、そ、そ、そうですよねっ!! 思いました! 話してる途中、めっちゃ思ってました!! いやぁ、アイツ、ほんとに緊張感がないというか……」
俺は全力で彼に同調する。
「違うよ。君がいるから彼女が集中できないんだ」
イケメンは低めのトーンでそう言った。
「で、で、で、ですよねっ!! 僕がダメでしたよね!!」
また俺は全力で同調した。
「Fランクの君ごときが、彼女に喋りかけるなんて、本当に烏滸がましいと思わないかい?」
「わ、わ、分かります!!! ですよね!! ほんとに!! 思ってました!! ほんとにすみません!!」
怒られてる……。
やばい。
アイツのせいで死にかけてる。
全力で同調し、必死に謝罪しているものの、俺の命はこのイケメンの手のひらの上である。
「……はぁ、もういいよ。早く目の前から消えてくれ」
すると、イケメンは呆れたような表情でそう言った。
どうやら、普通に許してくれたようだった。
「し、失礼します!」
俺は頭を直角に下げて、イケメンの目の前から消え去った。
い、命拾いした……。
これからはミリナとあんまり関わらない方がいいのかな……?
まぁ、俺がどうこうしたところでアイツから関わってくるから関係なのか?
うーん……。