2話 誰かに依存したい
『期待してるよ』
『エレナは失敗しないもんね』
『君に任せておけば良いな』
ずっと、ずっと、そんな言葉に縛られていた気がする。
私はその言葉に応えるように、その言葉の通りに動いた。
最年少で騎士団に入団し、最年少で騎士団長に選ばれた。
王国を守る12の騎士団の中でも、私は最強だった。
それはつまり、私が王国最強だということに他ならなかった。
そう、私はひたすら頑張るだけで、王国最強の騎士になってしまった。
────何のために?
私には王国最強の騎士となる動機が一つもなかった。
別に王国を守りたいとは、思ってないことは無いけど……別に命を懸けて、ここまで頑張ってやることではないと思っている。
弱者を救済したい……とか?
いや、あの人のように、そんな高尚な目的は持てない……。
じゃあ、何のために頑張って来たんだろう……?
ひたすら忙しさが加速する日々。
心とは真逆に、どんどん大きくなっていく責任。
つい最近、私の騎士団から死者が出た。
私が騎士団長になってから、初めての死者だった。
私のせい……?
私のせいで、私の騎士が死んだ?
頭がガンガンと痛くなる。
「────どしたん? 話聞こか?」
そんな時だった。
私の目の前に彼が現れた。
彼は、不思議な言い回しで喋りかけてきた。
「あ、あなたは……?」
そんな彼に私は上手く反応できず、そう尋ねることしか出来なかった。
「そ、そ、そ、そうですね……あっあっ……あ、あははは……そ、その、なんか……悩んでそうな顔をしてらしたので……」
すると、彼は何故か激しく動揺したような反応を見せる。
意味が分からない……。
そっちから話しかけて来たんじゃないのか?
私は少し怪訝な顔をしながらも、その裏では少しだけ彼の言葉に思い当たる節があった。
「悩み……そうですね……。私は悩んでいるのかもしれません……」
そう、私は悩んでいるのかもしれない。
生まれてから1度も挫折なんてしたことは無かった。
言うまでもなく、悩みなんて無縁の存在だった。
今回、私は、その悩みを認めるべきなのだろう。
そう、私は悩んでいるんだ……。
そう認めた瞬間、何故か心がすっと空くような。
心に埋まってたものが取れるような……少し心が軽くなった気がした。
な、なんだろう……この気持ち……。
「で、ですよね……。分かります。あなたは……とても大きなものを背負っているんですよね」
すると、男は私の境遇と悩みを完璧に的中させた。
「えっ……どうしてそれを……」
私は彼の言葉に、目を見開き驚く。
私は確かに大きすぎるものを背負ってて、そのせいで悩んでいる。
騎士団長としての責任。
失敗したことが無いゆえの、失敗への重荷。
この人は私の心を……完全に見透かしている……?
「ふ、ふふ……そ、そりゃあ、わ、わ、分かりますよ。誰にも言えないことなんですよね……」
男は不思議な喋り方で、またしても私の心の内を的中させてしまった。
私は王国最強の騎士団長だ。
そんな私が弱音を吐くなんて、そんなものは言語道断である。
それは国の威信……騎士団としての誇り……そういうあらゆる方面で避けるべきものだった。
「あなたの言う通りよ……。私……そうなの……本当にすごく悩んでるの」
私は彼に負けを認めた。
私は悩んでいる。
そして、それをこの人に吐露したい。
そうすれば……きっと、私は明日からも頑張れる。
そんな気がした……。
「私……うう……えぐっ……ううう……」
悩みを打ち明けようと思った瞬間、心の奥の方から激情が込み上げてきて。
まるで決壊した堤防のように、私の目から涙が止まらなくなる。
泣いちゃいけないのに……。
騎士団長として、私は堂々と男らしくしなくちゃいけないのに……。
「そ、その! 泣かせてすみません!! ど、どうか許してください」
え……?
どうして謝ってるんだろう……。
いやでも……私にとっては好都合なのかもしれない。
「なら……付き合ってよ……私の愚痴に……」
私は彼の袖を強く掴み、私の向かい側の席に座らせた。
私は今まで、誰にも打ち明けなかったことを打ち明けた。
本当は騎士じゃかくて魔法使いになりたかったこと。
私のせいで死んだ騎士のこと。
パン派じゃなくて、ご飯派だと言うのを隠していること。
実は君の顔がすごくタイプだと言うこと。
全てを打ち明けると、私の心は軽くなり、まるでさっきまでは深海に沈んでいた心が、やっと地上に出れたような。
最終的に私は何度も泣いてしまった。
しかし、彼は態度を変えず、『分かる』と言ってくれた。
『分かる』『それな』『だよね』と、多彩な方法で彼は私に共感してくれた。
それだけで私は嬉しかった。
彼が帰ってしまった時、私はどうしようもない孤独感と、どうしようもない寂しさに支配されてしまった。
彼と、ずっと一緒にいたい。
彼と、ずっと繋がっていたい。
彼と、ずっとパン派の悪口を言いたい。
私の想いは数秒ごとに大きくなって、自分では抑えられないほど、膨れ上がってしまった。
いつの間にか、私は彼の家の目の前にいた。
尾行は職業柄、慣れたものだった。
「────えへっ……ふふっ……あそこが……あの人の家……」
私はダメな事だと分かりながらも、魔法を使い、彼の家に入り込んだ。
===============
「あ”あ”〜、ヤンデレ美少女が落ちてねぇかなぁ……」
先程の集合居酒屋から家に帰ったところだった。
未だに失敗を引き摺ったまま、ベットで大の字になりながら溜息を吐く。
「はぁ……とりま風呂入るか……」
俺は服を脱ぎ捨て、風呂に入ろうとする。
あ、着替え……どこやったっけ……。
あれ? 着替えがない……?
「え……? どこかやったっけ……?」
タンスにしまってたはずの着替えが無くなっていた。
まぁ別に沢山服は余ってるから、一つや二つ失くなっても良いんだけど……。
「ま、どっかに忘れたんだな……。って、寒いわ。はよ風呂」
俺は裸のまま部屋を徘徊していたことに気づき、急いで風呂場に飛び込んだ。
「あ、結局着替え忘れた……」