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くだらなデウスエクッキー

作者: ライス中村


今日は、『政府公認』とか謳っている自然派食品店に潜入捜査に来た。というのも私は政府の人間で、政府の人間的に、その店を公認した覚えが全くないから来たのである。


目の前には恵比寿様のような顔に緑のエプロンをした胡散臭い店員がいる。


「まずは試食をどうぞ!」


そう言って、どう見ても自然の色とは思えない派手な青色のクッキーに白いクリームのようなものが添えられた(おそらく)食べ物を、銀の小さい試食用トレーに載せて差し出してきた。


店員がずっとこちらを見ているので口に含むしかないか。気をつけながら少しかじった。


その途端、相手が妙に馴れ馴れしくなる。


「どうですか?元気さが出てきたでしょう?忘れられない味でしょう?格安ですから買いますでしょう?では量をどういたしますか?」


自分もなんだか変な気分になってきて、目の前の相手の言うことを全部聞きたいような感じになる。……たぶん何かしら変な成分が入っているのかもしれない。こう、睡眠薬とか違法薬物とかそういう類の成分が。


二重にまずいな……。これはこの変なクッキーがまずいというのもそうだし、変な成分にやられそうなのも状況としてかなりまずい。

ちょっとだけ店員が目を逸らしたところで、解析に回すために急いでクッキーを懐に仕舞った。


「100g?200g?思い切って、初めから1000g、行ってみますか?」


ったく、相手の恵比寿な笑みがますます増してきやがった。仕方がないからここで正体を明かそうか。

持ってきた黒鞄から必要な書類を取り出す。


「すまないが、その商品を買うわけにいかない。私は政府の者だ。この書類には、この店が政府の認可などちっとも受けていないということがつらつら書かれてある。とりあえず、責任者を呼んでくれ。話はそれからだ。


相手の恵比寿は一瞬笑みを崩したが、すぐ元の調子に戻って

「責任者?ああ、私が店長ですよ。認可についてはあとからお話ししますから、まずはクッキーを買いましょうか。100g?200g?1000g?」


それもそうだ。とりあえず1000g………いや、おかしい。相手を妙に素直に受け入れるような思考になっている。あのクッキーにはいったい何が入っていたんだ。

……薬物使用は故意でなければ罪には問われないと思って油断してしまった。本来役人が法の穴を付くような真似をすべきではないとは思うが、なにも私は、この能力を買われて、あとから政府に引き抜かれてこの捜査に加わった身なのだ。ちょっと色々な事情があって、私は基本どんな薬物にも耐性があるのだが、その耐性をくぐり抜けて私に効いている時点で、あのクッキーに入っていた成分は普通のものではない。やはり今すぐにでも営業をやめさせなければ。


「……買いません。あなたが責任者なら、まず、あの入り口の『政府公認』という謳い文句について説明してください。」


と、そう断言したらとうとう相手の笑みはしっかりと崩れた。


「……はあ。別にいいじゃないですか。なにも悪いことをしているわけじゃないんだ。そもそも、僕の政府とあなた方の政府っていうのは違うんだ。」


「……どういうことだ?」


「私は別の星から来たんですよ。そこの星の国の政府が公認しているんです。まあ、あなた方が駄目って言うんならいいですよ。別に争いたかないので。平和主義商売でいこうと思ってた。」


「いやしかし、あのクッキーには変な成分が……」


「あとで解析してみてはどうです?なにも悪い成分は見つかりませんから。まあでも、私はもう諦めてこの店を閉じますよ。別にこの星以外にだって、需要はたんまり見出せるんだ。」


店員のエプロンが脱げた。……いや、脱げた、というよりは、仕舞われた、というのが適切か……。ヒュルヒュルと音がして、レジスターのところに、店員の服と、店の中の商品全部と、その他店の装飾などがそこそこのスピードで吸い込まれていく。乱暴な吸引に見えて、意外にも繊細な感じなのが癪だ。


店員の身体の色は、アハ体験みたいな感じで肌色からクッキーのような青に変わっていた。相手は私に背を向ける。隠れていた背中には、ダンゴムシのそれのような足(あるいは触手)がビッチリと生えていた。



「では。もう二度とこの星には来ません。さようなら。」


途端、テレビの通信が悪化した時のようにザラッと相手の身体がぼやけ、そのまま消えて見えなくなってしまった。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


あの店は私が外に出たら、恵比寿店員もとい店長が消えたのと同じようにして消えてしまった。

上司には叱られた。お前は何をやっているんだ、と。我が身に起きた顛末をいちおう説明してはみたのだが、もちろん硬い頭の上司が信じるわけもない。


……実際、私もお役所人間となってからは、初めて遭遇するようなことに対してうまく動けなくなった。マニュアル通りに対処するのに慣れ過ぎてしまったのだ。

今回の出来事によって、それに改めて気付かされた。


どうしようか。周りに頭がおかしくなったと思われるかもしれないが、それでも、ちゃんと対宇宙人の法や手続きを整える仕事をするべきかもしれない。私は今盛大に迷っている最中である。



……さて、ちなみにあのクッキーの解析結果だが、あの恵比寿が言った通り、悪い成分は検出できなかった。


私の身にも、今のところ大きな問題は起きていない。なんなら、むしろ最近疲れが取れやすくなったくらいである。


右足の裏のところに、500円玉くらいの大きさで、あのクッキーのような青色に変化した部分が出現してしまっていると言うのは、恥ずかしくて誰にも言えない秘密である。

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― 新着の感想 ―
[一言] 謎の宇宙人が売り付けてくる青いクッキー……怖くて食べたくないような、疲れが取れるなら食べてみたいような……。 最後の一文でくすりとしてしまいました。 宇宙への進出が更に進んで、宇宙人がどんど…
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